3.怪力×制御不能
真っ直ぐに突撃してくる大きなボアの足元が揺らぎ、足を取られたその眉間に矢が刺さった。微かに聞こえたのは絶命の瞬間の悲鳴。
アーロンはボアを荷車に乗せたハロルドに「村のボアのがデカいな」と言うと、ハロルドもまた頷いた。
「こちらの方が定期的に狩られてるだろうしね。でも向こうとは土が違うから少し土魔法の行使の感覚が違う。慣れた方がいいかもな」
土の中に含まれる魔力が彼らの住む村の方が大きかった。それは、あまり人の手が入っていないために土中の魔力が消費されていないと言うだけの話ではあるが、感覚が変わればタイミングなどにも影響は出てくる。それらを懸念した意見にアーロンも「そうだな」と言って次の矢を番えた。瞬間、ものすごい勢いで走る茶色の塊が見えた。二足歩行である。
アーロンが矢を放つと、それを踏み越えて、さらに踏みつけてこようとしていたところをハロルドが首を蹴り付けた。転がるダチョウ擬きの魔物の首が折れたようで数度痙攣すると、動きは止まった。
「助かった」
「間に合ってよかった」
鑑定したハロルドは「アシハヤドリとか考えたの日本人だろ」とか思いながら追加で荷車に投げ込んだ。採取の欄にあったシオミダケも確保している。
「シオミダケ余分に取ってたけどなんで?」
「実験したいから必要なんだよ」
ハロルドの言葉にあっさりと納得したアーロンは荷車の後ろに陣取った。いつも通り、ハロルドが獲物を持って、アーロンは周囲への警戒担当である。村で交代で試してその方が効率が良かったのでこれで定着している。
そして歩き出そうとした瞬間にハロルドの目の前を豪速で飛んでくるナニカがあった。
恐る恐る飛んできたものを見ると、アシハヤドリの首だった。首だけだった。
「待って、僕の討伐部位〜!!」
待っても何もない。飛んできた首はもうモザイクがかかるレベルで潰れている。嘴が硬く、武器素材にもなるはずなのにまともな形を保っていない。
ひょっこりと顔を出したのは冒険者ギルドでドアを壊していた少年だった。その貴公子のような見た目に反して手に持っている獲物に視線がいく。
((棍棒……))
荒削りな木の棒だ。べしょっと付着しているものに関しては気にしないことにした。
少年は潰れた首を持って「よし!」と頷いたけれど全然「よし!」ではない。
「すみません、これをやったのはあなたですか?」
顔が引き攣るのを感じながらハロルドはなんとか笑顔を作った。話しかけたハロルドに振り返った少年は子犬のような笑顔を向けた。尻尾でも振っているかのようだ。
「うん!僕に何か用かな?」
どこか嬉しそうに二人にそう問う彼に、ハロルドはあくまでも穏やかに「君が来たところと俺たち、その首の位置を直線で結んで何か言いたいことはありませんか」と告げる。数秒考えて、それから「何?」と首を傾げた。
「俺たちは今、帰ろうとしていました」
「うん」
「一歩踏み出そうとした瞬間に、あの首が凄まじい速度で飛んできました」
「……え?」
「ぶつかってたら死んでいました」
貴公子然とした穏やかそうな笑顔から口に出された言葉は冷え冷えとしていて、自分の失態を悟った少年はまたくしゃっとした泣きそうな顔になった。
「どういった状況でそうなったんですか?」
ハロルドは「泣かせると面倒だな」と思っていたし、後ろにいるアーロンもハロルドと同様だった。
恐る恐る、といった様子で話す少年の言葉を要約すると、「怪力というスキルを持っていて、思い切り棍棒をぶち当てたら勢いよく飛んでいってしまった」ということらしい。
「僕はスキルの制御ができなくって」
しょぼくれた顔で伯爵家の子息なのに、と俯く彼にアーロンは「教師とかついててそれはよっぽど強いんだな」と言うと、きょとんとした顔で「なにそれ」と言ってきた。
冒険者ギルドで二人が聞き齧った話では、貴族でスキル持ちが生まれた場合は類似スキルを持った家庭教師をなるべく早く用意して家のためになるよう育てることが多いということだった。貴族であるからこそ、周囲に害を及ぼすことがあってはならない。最低でも制御可能にしておくことが義務である。
「僕は次男だし、妹もいるから少しも制御できない怪力なんて無駄だと言われたけど」
これっぽっちもコントロールできない化け物なんか教育したって無駄だと貴族としての義務を放り出したらしい。ハロルドは笑顔を保ったまま舌打ちをするのを我慢した。「貴族の義務も守れないような当主とかマジ無能」などと口に出さなかっただけ自制が利いていた。
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