2.眠る人
準備をしておけ、という言葉を受けてハロルドは自分の異空間収納に必要そうなものを適当に、そこらにあるものをありったけ詰めた。
妖精たちを全員起こして連れていく。本当ならば、温室の薬草なども持っていきたかったがそんな時間はなさそうだった。
王城に着くと、いつもとは違うただならぬ様子に眉を顰める。
案内された先でアンリが眠っており、その傍らに宰相カーティス・アメシストとルートヴィヒ、ブライトがいた。
「こんな時間に呼び出してすまない」
青い顔のルートヴィヒから、今回呼び出された理由を聞かされて、アルスの神託を思い出して頭を抱えたくなった。
とりあえず呼び出された用件を果たすために鑑定をした。
——ヒュドラの囁き
砂漠地域にいるヒュドラという名の翼持つ蛇の毒。身体を構成する全てに毒があると言われる。
急速に身体機能が低下し、徐々に筋肉が動かなくなっていく。最終的に多臓器不全で死亡する。苦しみはほとんどない。
!解毒剤
材料
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天上花
大体はこの国でも手に入るものだ。最後の天上花以外はハロルドも所持している。
とりあえず、問われたことにきちんと答えておいたけれど、いつの間にかいた医師はヒュドラの名がついた毒に顔色を変えていた。
解毒剤どころか症状を抑える薬がないのである。
彼らの様子を見たハロルドは、少し考えてから国王リチャードへの謁見を申し込んだ。
閉じ込められ、引き離された聖女ははめ殺しの窓から見える月を見上げた。
ジョシュアはどうしているだろうか、と憂う。
(まさか、こんな事態になるなんて)
自分の魔法に何らかの干渉があったことには気がついていた。けれど、その暴走が王太子の暗殺に繋がるだなんて思ってもみなかった。
周囲を魅了で支配した男たちで固めていた、そのうちの一人の凶行であった。
しかも、今回の事件を万里絵のためだと言っているという。その狂ったような様子から必ずしも万里絵が悪いのではない可能性も踏まえて調査がされている。
王位やそれに関することに興味はない。確かにジョシュアはそれが欲しいと思っていたようではある。けれど、彼には誰かの命を奪ってまで頂点に立つ度胸なんてない。ジョシュアはただの寂しがりやで愛されたがりの、大人になりきれない青年なのだ。
(私のせいだ……!)
唇を噛むと血の味がする。
干渉を放置したせいでジョシュアが疑われているのは許しがたかった。
彼女が好きになった愚かで愛しい彼は、誰かにはめられて終わっていい人間ではない。こうなってはこれからの生きる場所などもう気にしている場合ではない。自分の死をもってしてでも教会の連中に痛い目を見せてやるとある種の覚悟を決めた。そんな時だった。
——扉の開く音がした。
そこから入ってくる少年に、見張りの兵は深く頭を下げている。
その少年に月光が当たると、その美貌が顕になる。
天使のような愛らしさと、どこか儚げな、守ってあげたくなるような外見をしている。
にこりと笑った姿に目を奪われた。
「こんばんは、お姉さん。俺と、取引をしましょう」
どこか甘い声音、縋りたくなるような慈愛に満ちた笑み。
見る人が見れば、それは悪魔の囁きのようであっただろう。
けれど、彼女は縋るしかないのだ。
それしか、今の彼女が生き残る道は残されていない。
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ハロルド「関わりたくなかったけど生命維持装置として利用することを思い付いてしまった」
なお、フォルツァート教のヤベー神官たちの中にはそういう精神に作用する能力をもったやつもいる。今回の件はだいたいそいつらのせい。




