28.礼拝と意図せぬ神意
買い出しに向かったついでにハロルドたちは女神フォルテの神殿に向かった。その手には温室に咲いていた花もある。
アーロンの足元には弾むような足取りのフェンリルがいた。
「面倒なのを引き受けてくれたし、お礼言っとかないとね」
これでしばらくはマーレ王国が何かをすることはない。というよりは、できないだろう。巻き込まれるであろう平民が可哀想な気はするけれど、そこはハロルドがどうこうすることではないし、その責任の所在は彼にはない。
神殿に入って花を供えると、作法通りに礼拝を行う。花の中に薬効のある植物が交ざっているのはよくあることだ。花が美しいので女神フォルテからもクレームが来たことはない。
パッとお祈りしてサッと帰ろうとすれば、「夕暮れ草じゃないか……」という元気はないのに興奮しているような声が聞こえた。驚いて前を見ればすでに花束は消えている。
「ハル、なんか上からキラキラしたもんが降ってる」
「え、何それ……何コレ」
咄嗟に周囲を見回して、フェンリルから「おまえたちいがいに、みえてないぞ」と言われて安心したようにホッと息を吐く。
「なんかあの花が気に入られたのかな。ちょっと嬉しそうな声が聞こえたし」
「ああ、あの結構派手目のオレンジ色のやつか」
声の主が男だったことに怪訝な顔をするハロルドと、女神は結構華やかなものが好きだからと納得するアーロンの考えは少し食い違っていた。ハロルドはあの声がアーロンにも聞こえていると思っていたが、聞こえてはいなかった。
そして、夕暮れ草は上級薬の材料だったりする。
(フォルテ様の知り合いかな)
フォルテの神域に現在もう一柱神がいるだなんてハロルドは知らない。さっきのキラキラも礼代わりの演出だろうと結論付けた。
まさかあのキラキラが加護だとは気がつかないままである。
ところ変わって、女神の神域では真っ青な顔で立つことも困難といった様子の眼鏡をかけた青年が、ゼェゼェと言いながらオレンジ色の派手な花を抱きしめて頬擦りしていた。異様な光景であるが、この神域に建てられた神殿の主人である女神は現在、自らの寵児へ害を加えられた報復で忙しく気づいていない。
緑の瞳が嬉しそうに花を見つめている。
青年は医神アルス。
当時優れた医術で多くの生命を掬い上げた末に、オーバーワークでぶっ倒れ、それでも血反吐を吐きながら研究と治療に携わってきた半神が天界に召し上げられて神になったという異色の経歴を持つ生粋のワーカーホリック神である。
死して神になってもなお、医学・薬学・回復術を愛してやまない彼は実を言うと医学の研究が盛んな国ではフォルツァートやフォルテを凌ぐ神力を持つ。
けれどフィールドワークでそんな土地を離れていたし、研究に没頭していたところを引っ張り出されて信仰の薄い土地に放り出されたこと、その後直接召喚までされて扱き使われたことで消耗し、弱っていた。神の座からも堕ちようかというときに女神に拾い上げられて、ようやく休養の機会を得た彼だけれど、元々がワーカーホリック気質なためか意識が戻ってすぐに花畑にダイブしに行こうとした。
フォルテの神域にはハロルドが「まぁ、今回はこれでいいかな」と雑に色合いだけ考えて供えた花々が咲いており、希少薬草や薬効のあるものも交ざっている。自分の神域よりも生き生きしているかもしれないと、満足に立てもしないのに興奮して這って外に向かおうとしていた。そこに供えられたのが夕暮れ草と呼ばれる、文字通り夕暮れ色の花をつける希少な薬草である。
簡単に言えば彼は秒で欲望に負けてそれを受け取った。そしてその品質の高さに惚れ込んでうっとりとしながらさっきまでヨタついていたとは思えない足の速さで部屋に戻り、水鏡を用いて供えた人物を見た。
「おお……錬金術師か。その年齢で薬学を頑張っているとは殊勝な心がけだ」
女神の加護が見えたけれど、別に一人に一柱の加護とルールが決まっているわけではない。
医術・薬学・回復術と品質の良い希少薬草に弱い医神は、これからもお供えが欲しいというすごく単純な理由でハロルドに加護を与えた。
「しかし、しばらくはフィールドワークは無理だな」
まだまだ研究しなくてはいけない病が、怪我があるのにとアルスは少し悔しげにした。
ハロルドは自分を鑑定しないので気づかない──っ!
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
感想も嬉しいです。ありがとうございます!!




