26.相談は迅速に
王都に戻る時の扉は相変わらず王城だ。
今回は目的を踏まえても有難いことではある。後ろにいる妖精たちは成長した姿のままだ。ハロルドのもっている手提げの中には新しい水晶花が二つ。以前育てた時よりもなぜか大きい。ハロルドは何も考えないことにはしている。三妖精がにっこにこで世話をしているので問題はないのだろう。
ルートヴィヒが出迎えてくれるが、最近いつも一緒にいるブライトは彼の後ろで怯えながら隠れていた。
「ブライト、それはちょっと違うんじゃないか?」
「違わない!今は!僕の身の方が!!危ないの!!」
久しぶりにくしゃっとした顔でぎゃん!っと泣きそうになっている彼を見てハロルドとアーロンは驚き、ルートヴィヒは困ったような顔をした。
ただ、現在の最優先事項は「女神おかんむり案件」なのでハロルドはそこで三人とは別れ、ちょうど迎えに来たエドワードと一緒に王の執務室へと向かうことになった。謁見室を使うとハロルドが萎縮してしまうだろうという気遣いである。
その部屋に向かう途中、ルートヴィヒがいた庭園とはまた違う花が咲く場所があった。少し離れたところにあるのは温室だろう。
そこに黒髪の愛らしい顔の少女がいた。ハロルドよりも3〜5歳年上に見える。隣には金色の髪に美しい緑の目の華やかな青年が寄り添うように立っていた。
ハロルドが見ている方向に視線をやったエドワードは「ああ」と頷いて、立ち止まった。
「ハロルド殿、あちらの金髪の男性の方が我が国の第二王子、ジョシュア・イヴァン・エーデルシュタイン殿下です。そのお隣にいらっしゃるのが今代の聖女、マリエ・ミツシマ様です」
「なんか、聞いてたよりも穏やかな関係性に見えますね」
第二王子は遊び回っていて、仕事も手につかない様子だなんて小耳に挟んでいたハロルドは二人の間にある柔らかな雰囲気に首を傾げる。とても仕事をサボるような人間とヤバい女にヤバいスキルを貸し出した人間には見えない。
「そうですね。ですが、あの方の婚約者は聖女殿ではありません。仕事は最近はまた、熱心に取り組み始めたようですが、今は周囲が多少きな臭いので、できればハロルド殿には近づいてほしくはありません」
エドワードの言葉を聞きながら「まぁ、フォルツァートの聖女だしな。口出ししてくるバカもいるか」なんて思って頷いた。
部屋に辿り着くと、何かしらの報告はあったのか国王リチャード、王太子アンリ、側妃エヴァンジェリン。
そしてもう一人、赤髪の女性がいた。目力が強いせいかキツめの印象も受けるが、華やかで美しい人だ。
「お初にお目にかかります、女神フォルテの神子様。わたくしはパトリシア・ルビー・エーデルシュタインでございます」
「私の母だよ」
さらっとアンリがそう言ってカップを傾けた。ハロルドは自己紹介を返しながらそっと胃をさすった。
(王妃様だ……)
アンリに激似だ。しかしその華やかさを受け継いでいるのはジョシュアの方かもしれない。アンリは王妃と似てはいるのにもっと硬派な印象がある。
促されるままにマーレ王国の竜騎士との事件を説明し、その結果女神フォルテが怒っているので軽く神罰が降るということを話すと、リチャードはこめかみを叩きながら「やってくれたな」と呟いた。
「やはり滅ぼしましょう。温情など要りませんわ。何なら、不出来な王家の人間の首を悉く刈り取ってあの悪趣味な城門に晒してやればいいのです」
エヴァンジェリンの持つ扇がミシミシと小さな音を立てている。いつも優しくお淑やかな友人の母が思いの外苛烈で驚いたハロルドは目をまんまるにした。
エヴァンジェリン・マーレ・エーデルシュタインは側妃としてこの国に嫁いでくる前はマーレ王国の王女だった。当時の王が王妃に仕える侍女を無理やり手篭めにして生まれたのが彼女だ。王は「誘惑されたのだ」などと嘯き、王妃は信頼する侍女に裏切られたと非常に怒った。そのせいでエヴァンジェリンたち母子は他の側妃や王の子どもたちに貶められ、周囲の者たちに蔑ろにされてきた。娘を必死に守ろうとしていた母親は心労である日倒れ、そのまま亡くなり、喪もあけないうちにエヴァンジェリンはこの国に嫁がされた。
「エヴァ、落ち着いて。彼らは今から、数々の愚かさのツケを払うことになるわ。わたくしたちが手を下すまでもなく」
「とりあえず、オブシディアン家の領地には援助をする必要があるな」
リチャードは目を向けないようにしているが、パトリシアを見つめるエヴァンジェリンの瞳は恍惚としている。
「ルイはやっぱり母親似だな」
「え」
アンリのしみじみとした言葉にハロルドは思わず声が出た。
そのパトリシアの位置に誰がいるのか。ハロルドは知りたいような知りたくないような気持ちでリチャードと同じように目を逸らした。
──おまえや
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