25.辺境伯爵との会談
王都には翌日に帰ることにした。ハロルドの祖父母は寂しそうであったけれど、「やることができちゃったんだ」と本人がもっと寂しそうな顔で言うものだから呑み込んだ。
スピードが勝負だ、とハロルドは領主と会えるなら会いたいとアシェルに願った。少し前に言った事柄もあってか希望はすんなりと通った。
要望が通らなくても後からゴリ押しは可能だ。ハロルドはあまり自分の立場を使って政を動かしたくはなかったけれど、結果家族に害があるならば遠慮なく女神の愛を利用する。権力がなくとも平穏に生きていけるならばそうするが、今はそういう時ではない。
アシェルに案内されて駐屯地まで向かうと、一際身体の大きな甲冑の男性がいた。黒い髪の中に白いものがいくらか見える。黒い瞳が自分に向けられて、ハロルドはにっこりと笑みを見せた。ここにいるのは平民ハロルドでなく、女神の使徒であると己に言い聞かせた。
「初めまして、女神フォルテの加護をいただいております。ハロルドです」
初っ端から女神の名前を出したことに思うところがあるのか、甲冑姿の男性、現オブシディアン辺境伯爵リアムは眉を顰めた。息子からの報告では「第三王子のお気に入り」だという点と巻き込まれ体質に見えるという点しか知らされていない。リアムの息子は勇者と同じ学年だ。自然、ハロルドと関わる機会は少ない。ただ、あまり自分から面倒を起こすようには見えなかったとは知らされている。
リアムの知っている加護持ちは三人だ。一人目は彼らの世代で現王妃を略奪しようとした20年前の腐れ賢者、二人目は侯爵家の嫡男だった青年を追い込んで女性不信にまでした10年前の好色聖女、三人目はまだ少年といえる年齢から異性を侍らせスキルで周囲を捩じ伏せる現在の強欲勇者。ろくな人間はいなかった。
それ故に身構えてしまう。
簡単に挨拶を済ませると、さっさと話を済ませたいとばかりにハロルドは話し出した。内心、「緊張するからさっさと帰りたいな〜」と思っているため仕方がない。本来ならまだ祖父母に甘えて村でゆっくりしているはずだったのに女神案件で報告と相談をしに回らないといけなくなった。一応助けてもらっている以上、筋は通さなければならないと思っているあたりハロルドは真面目だった。煩雑な事務処理や、面倒な貴族・教会の人間への対応など任せっきりなのだ。それを潜り抜けてまでやってくる奴らが異常者なのであって、全てを防げなくとも責められるものではない。
この度の件についての報告を細々としてから、マーレ王国に降るであろう神罰の話をすると、リアムは顔色を変えた。
「うちの女神様、一応は向こうの王様に一番キツいのを、次にユリウス・オルカ、あとはこっちに逃げないように山の向こうあたりにも何かしらやるっぽいんですよ。もしかしたら魔物の生態系とかに変化が出るかもしれません」
「なるほど。亡命者が出る可能性もあるな。軽めの神罰とは言っても神基準だ。命の危険を感じればそれこそなりふり構わず国を越えようとする者もいるだろう」
ユリウスは「神子に何かがあっても損害を被るのはこの国だ」と思っていた。けれど、フォルツァートとフォルテではやり口が違う。
フォルツァートは「我が愛し子を守れなかったこの土地の人間が悪い」という考え方をする一方、フォルテは「やらかした人間が悪いに決まってるじゃないの」という考え方だ。
ハロルドがもしもフォルツァートに選ばれた少年であれば、彼の考え方は間違いではなかった。神は彼の予想通りにこの国境の領地を窮地に陥れただろう。しかし、現実は違う。フォルテは愛し子に害を成そうとした者そのものに罰を与えようとしている。
ハロルドが話す内容に安心する反面、これは女神の警告であることをリアムは察した。
目の前にいる少年はただただ、「周りの人に害が及ぶのはなぁ」という常識的な思考でもってリアムに報告と連絡、警備に関する相談をあげた。けれど、女神は世界の均衡と平和はある程度調整し、守る意思を見せているが特定の人間以外にかける情は薄いように感じられた。ハロルドが現れるまで女神フォルテを信仰する人間は多くなかったのだ。それを広めるきっかけとなった自分の神子は他の人間より可愛いに決まっている。
ハロルドの性格が一般的な人間とそう大きく変わらないものだから、この程度で済んでいる。自分を傷つける者全てを壊してほしいと願う人間が神子であれば、もしかしたらもっと神罰は大規模なものだったかもしれない。
(彼に何かあれば、この土地どころかこの国があらゆる恵みから見放されるのでは)
そんな漠然とした不安が降りかかった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
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ハロルド「うちの女神、人間に甘いよな」
アーロン「そうだよなー」
関係ないその他「んなわけあるかい」




