23.脱出
もう止めを刺すタイミングになって神様パワーと神託を渡されたハロルドは「派手にやれってことか?」と思いながらゴーレムのコアを氷の槍で貫いた。
神託に関しては、「何やかんや人間に甘いはずの女神がキレてんな」と思った。可哀想だとかそんな感情を持つのは、村に攻め入ってこなければの話だ。
非常識な香水を振り撒かれて、魔物を大量発生させられ、こうして妙なダンジョンに呑み込まれた。だいたい全部目の前の男のせいなので「やむなし」という判断である。
ハロルドが戦闘を終えた頃、ユリウスたちもまた牛頭馬頭みたいなペアの魔物を倒していた。その途端に宝箱が現れた。RPGのような演出に驚くものの、ダンジョンはまだ解明されていないことの方が多い。一説には神からの試練、などという人間もいる。
「中身は……何だ、マントか」
ハロルドはスッと目を細めて鑑定にかける。非常に高性能な防具であるらしい。火の魔法への耐性が特に高く、臙脂色のどこか厨二心くすぐるデザインとなっている。
ユリウスがつまらないといった顔をしているのは、すでに良い装備を身につけているからだろう。
自分の足元にも同じように宝箱が出現していたので開く。すると、色とりどりの魔石が入っていた。とりあえずゴーレムの落としていったものと一緒に回収する。
牛頭馬頭的な魔物が出てきた扉が開くと、外の風景が見えた。外に出ると同時に苦無のようなものと矢がユリウスに向かって降り注いだ。それを彼は恐るべき技量で払い除ける。
(強いんだよなぁ、この人)
すでに少し先に何かが起こると知っているので凪いだ気持ちで見ているけれど、威圧感が増し増しの女神からのメッセージがなければハロルドも参加していただろう。
「ハルは返してもらうぜ」
「そうはいかない。俺たちには彼の力が必要だ」
そんなことを言うユリウスから、ハロルドはもうとっくに離れていた。そこにあるのは幻影だ。
ハロルドは抱えられながら「魔法ってすごいな」とのんびりと考えていた。何かを感じ取ったのかハロルドの幻影を叩くと、幻影は崩れて水が落ちる。
「ぶい」
ネモフィラのピースサインを見て、魔法の使い方、その多様性について考えさせられる。
「あれ、俺もできるかな」
「俺らには使わないでよ〜?」
いつもよりも若干動作が荒っぽいアシェルがハロルドの呟きに応えた。対誘拐犯とか魔物にしか使う予定はない。
「いつの間に」
やはり淡々とした口調だが、その瞳には怒りが見えた。正直なところ、ハロルドの方がよほど怒りたい気分だった。
「そういえば、ここまで連れてきてもらったお礼がまだだったね」
ハロルドは眉を下げてそう言った。
アーロンもアシェルも、「何言ってんの」という顔をしている。
小さな鞄から取り出す素振りを見せて、大きめのハチミツでも入れるのか、という瓶を出した。その中身は空色の美しい液体だ。それをユリウスに投げた。
「ユール熱の特効薬だよ。三人分しかないけど、まぁ薬草はほとんど渡してしまってるし俺が持っているのはそれだけだ」
嘘と本当を織り交ぜて、ハロルドは話し続ける。アーロンが何か言いたげにしていたけれど、リリィが唇に人差し指を当てて「しー」とウィンクをしたのを見て、何かあるのだろうと察した。
「元々は俺と俺の家族のものだ、と渡されたものだけどあなたの主人と違って俺は優先的に治療が受けられる立場だからね」
ハロルドは自作の薬をさも「作ってもらった」というように話す。実際、彼は自分の作った薬物は親しい友人にしか渡していない。ハロルドが特効薬のような繊細な作業が必要な薬を作ることができる、だなんて目の前にいる竜騎士も考えてすらいなかった。
薬草は王都、今ある薬はこれだけ、そして近づいてくる足音がこのまま滞在していると体力のなくなった自分たちでは対応が難しいということをいやでも考えさせてくる。結局、「感謝する」とだけ告げてアルマに飛び乗った。
「待て、」
攻撃を仕掛けようとするアシェルを止めて「じゃあね」とばかりに手を振った。
「ハロルド、お前……!」
「逃した方がもっと酷い目に遭うんだから、放っておきましょう」
ハロルドの口からまろび出た言葉に、アシェルは戸惑ったような声を発する。
(さっさとマーレに帰ってくれよな。こっちにも準備があるし)
必要な報告の算段をつけながら、飛んでいった方角を見つめる。その瞳には少しだけ憐憫が滲んでいた。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!!
感想もありがたく読ませていただいております!!
一緒に戦ったくらいでポンと許せるほど、ハロルドにとってこの事は軽くないんだよなぁ…。




