19.呉越同舟1
ハロルドを守るように協力して張った魔力障壁はしっかりと機能したけれど、隠していた自分たちの成長をバラすことにもなってしまった。ネモフィラはまだ誤魔化せると「ハルが危険だと思ったから、頑張った。進化した」と主張した。
「そうか、ありがとう」
なお、慈愛に満ちたような笑みでそう返事は返したものの少しも信じていない。おそらく進化自体はもう少し前にしていたはずだとハロルドは踏んでいた。予想時期としては水晶花が咲いたあたりだろう。
妖精たちはバレないと思っていたようだが、ハロルドは加護をもらっている関係で彼女たちの力が増した分、魔力が増していた。特に怒っているとかそういうのはなく、「内緒にして驚かそうとしてたのかなぁ」くらいの感想である。
「それにしても、雪崩に巻き込まれたって割にはなんというか……地中?っぽい感じだな」
そう呟けば、何かが地を這う音がした。
そちらを見れば、黒いドラゴンが何かを庇うように血を流している。その腕の下で気を失っているものの正体を察するけれど、そちらに意識を取られる前により大きなものに見つかってしまった。
黒く大きな体に、二本の角。手にした斧はハロルドの身の丈ほどもある。
牛頭人身のそれはミノタウロス。それも目視できるだけで三体はいる。咄嗟に結界の魔法を使ったのは英断だったと言える。振り下ろされた斧がギロチンのようにも見えた。
衝撃で後ろに少し飛ばされる。妖精たちが再びハロルドの前で雪崩を防いだときのような魔力障壁を作った。
「ハル、長くは保たないかも!」
ローズの叫びに頷きを返す。
後ろにいるのは虫の息のドラゴンと、ドラゴンのおかげで傷は重くとも生きてはいる男。
「神子、取引をしよう」
這い出てきた男が淡々とそう告げる。
「信用できるとでも?」
「死ぬよりはマシだろう。俺にとっても、お前にとっても」
男が提示したのは休戦と共闘、そして全てが終わった暁にはハロルドの身を守ったその報酬として彼の求めるものを渡すことだった。
「最後の件については、物による」
「では、休戦と共闘だけで構わない」
剣を杖のように立ち上がった男だが、足を怪我しているせいだろう。とても戦えるようには見えなかった。
目の前にいるのはどう考えてもまだハロルドの手には余る怪物だ。しかも、この三体だけとは限らない。目の前の怪物から逃げ切れたとしても、その次に出会った奴らと戦い、逃げ切れるかと問われれば難しいだろう。
(進化したらしいローズたちを以てしても、時間稼ぎは難しいっぽいしな)
すでに魔法使いとしてはそれなりに優秀だとされるハロルドではあるが、英雄クラスで強いわけではない。それどころか、経験が少ないこともあって冒険者としてもまだひよっこだ。
迷っている暇はない、とハロルドは男に中級身体回復薬を渡した。そして、それを後ろのドラゴンにも与える。回復した相棒を見た男は目を丸くして、ハロルドから渡されたそれを飲み干した。
「羽虫共、障壁をどけろ」
「妖精!」
「なぁに、この男ぉ!?」
完全に回復したのか、ギラつく目をミノタウロスに向けている。妖精たちが舌打ちしながら障壁を解除すると共に、男はミノタウロスへと向かっていった。
赤い炎を纏う黒い剣が煌めいて、次々に倒していく。雪山で会った時の動きとは段違いだ。
全てを倒したあと、彼は外套を翻しハロルドの前に跪いた。
「貴重な薬を敵である我々に使ってくれたこと、心より感謝する」
「いや、俺が生きて帰るためだから」
「それでもだ。我が名はユリウス・オルカ。必ずやこのダンジョンを踏破し、あなたを外へと導こう」
いきなりの服従姿勢やその男の名前よりも、ハロルドは最後の言葉にくらりとした。
“ダンジョン”。
魔力コアに一定の瘴気が溜まることで発生する特殊な迷宮だ。中には魔物が跋扈しており、その強さごとにダンジョンも階級分けされている。
先程遭遇した魔物から考えるに、明らかに自分のレベルに合うダンジョンではない。
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