17.雪の中の攻防2
己をフェンリルだという子犬が巨大化したかと思えば、その背に乗せられたアーロンは空気を踏みつけ空を歩くそれに驚きを隠せずにいた。神獣というのも嘘ではないらしい。
以前よりも視えるようになった気がする目を頼りに友人を探す。
上空から魔弓を番えて、下界を見下ろす。
山のそれなりに高い場所でアーロンは相棒を見つけた。対峙する相手は剣を持ち、その後ろには黒い竜がいる。
護衛もついてはきているようだ。白い木がハロルドを襲うのを必死に妨害していた。選択を迫られているであろう彼を一瞥して、矢を赤く染める。炎の魔力を纏った矢は大きな魔力を孕んでいる。
「——降り注げ、」
火の雨よ。
アーロンがそう念じると、魔力の矢がトレントに集中的に降り注いだ。そしてすぐに二の矢を番えて、放つ。雷のようなそれは恐るべき技量で打ち払われたけれど、注意が逸れただけで良かった。
フェンリルが降下し、アーロンがハロルドの腕を掴む。相手との距離が開いた。
「無事か、ハル?」
「なんで、アーロンが」
「おいおい、助けに来たのになんでは酷くねぇか?」
呆れたような声音だが、ハロルドの言いたいことはなんとなくわかる。
家族と一緒にいなくていいのか、命を失う可能性だってあるのになぜ。
その疑問を払うように、雪に同化している毛玉を指差した。
「あれ、神獣フェンリルらしい」
「サモエドの子犬じゃなくて?」
ハロルドの言葉にフェンリルが抗議をするように唸った。ただただ可愛いだけである。
その瞬間、存在を誇示するかのように炎が目の前に迫っていた。ネモフィラとアイコンタクトをしたハロルドはそれを魔法で防ぐと、アーロンが弓を引く。迫る銀色の剣をリリィが土壁を作って勢いを削いだ。
「もぉ!!もぉ!!ウチの作った壁、なんであんなに軽く壊れちゃうのぉ!?」
「ドラゴンと一緒に生きる人間だもの。おかしくはないわ」
地団駄を踏むような動作で怒るリリィにローズが冷静に返した。妖精の魔法がただの人間によって壊されることなど、滅多にある話ではない。彼はその能力を買われてハロルドを奪う任務を言い渡されたのであろう。
雪を薙いで、男の姿が現れる。
黒く短い髪に、オレンジ色の瞳。頬には三本の傷跡があった。剣はまだ鞘に収められているというのにその威圧感はとてつもない。ドラゴンを抜きにしても、逃げ出したいと思うほどだ。
「驚いたな。まさか、神獣が現れるなんて」
その瞳は面白いものを見たとでも言っているようだ。後ろにいるドラゴンの羽ばたきで吹き飛ばされそうになりながらも自称フェンリルは唸り声を上げていた。
「ともあれ、こちらの要求は変わらない。我が主人のために女神の寵児を貰い受ける」
引き抜かれた剣に息を呑む。
ハロルドの後ろで妖精たちが「アタシたちのハルなんだから!」「ボクの大事な子。あげない」「ウチを差し置いて勝手なこと言いやがってぇ!!」とド怒り申し上げているが、目の前の男は面白そうに彼女たちの主張を聞くだけだ。
アーロンはその光景を見ながら、「それでも」と魔弓を番える。
生きて帰ると決めたのだ。その意思を誰にも邪魔はさせない、と前を睨んだ。
「犬っころ、狩の時間だ」
狼だというのならば、得意分野だろうと視線をやると、フェンリルもまた同意するかのように高らかに吠えた。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!!
感想も嬉しいです。ありがとうございます!!
最後のフェンリルくんは「誰が犬っころだ!?」って思ってると思うよ。