16.雪の中の攻防1
相手と自分の力量の差は感じている。だが、引き離しながら逃げるしかない。
ハロルドはそんな状況に追い込まれていた。基本的には居場所を時々示すようにできる限り遠くから攻撃を仕掛け、即座に撤退する。その繰り返しだ。相手もなかなか辛抱強いのか、内心はどうあれ苛立ったような仕草すら見せない。強者の余裕というやつかもしれない。
(多少、感情を揺らしてくれる方が……いや、冷静だからこそ今の状況が続けられてるのか)
妖精たちが姿隠しの魔法をかけてはいるが、なぜか逃げ切れる気はしなかった。いつ、隠れん坊の時間は終わりだ、などと言われるか分からない。かといって、さっさと遠く離れたところに行って仕舞えば、その後に村がどうなるか分からない。いや、おそらくは滅ぼされるだろう。
おまえが、逃げたせいだ。
そう言わんばかりに。
「ねぇ、一応ハルにくっついてきた人たちが妨害工作してるんだけど助けてあげた方がいい?」
「大怪我をしそうだったらお願い」
相手にドラゴンがいるからか、護衛についてくれている人間も慎重だ。今やっている時間稼ぎの意味もしっかりと理解しているだろう。
辺境伯家はハロルド一人よりも多くの村人を先に助けることを選んだ。けれど、彼らが仕えるのは国であり、国王が命じたのはハロルドの警護である。辺境伯家の意思がどうあれ、彼らはその任務を遂行する。
(俺が逃げてる間に、せめて全員が避難できてれば捕まったとしても次の機会が狙える可能性は……少しくらいはある、はず)
実力で勝負ができない以上、選べる手段は限られている。
ルートヴィヒとの出会いがなければ、あの守護呪符を作ることもなかったことを考えると、まだ運が良かった。夏の時からバージョンアップを重ねて、それなりになってはいる。相手がハロルドを直接追いかけてきてくれているのもそれが理由だろうと考えながら、少しずつ移動を重ねる。
(けどこれ、多分誘導されてるな)
逃げるルートを自分で決めているつもりではあるが、方向や頭の中に入っている地形から、どんどんマーレ王国へと近づいてきているように感じていた。
そんな時だった。
後ろにあった大きな白い木が動いた気がした。嫌な予感を感じて飛び退くと、さっきまでハロルドが立っていた位置には白い木の杭のようなものが突き出していた。
足元にある何かがぶつかる。それは、ガラスの小瓶だった。
「マズい、ローズ!!」
「でも、場所が!」
「バレてるし、それよりも厄介なものがいる!!」
雪が強く吹き付ける。
その中にある真っ白な木は場所が分かりにくい。低く、響くような鳴き声を発しているのはレア種のトレント系の魔物だ。
そちらに気を取られていると、ゾクリとするような感覚が押し寄せてきた。咄嗟に短剣を振るうと、それは金属のぶつかり合う音ともに地面に転がり落ちて、何も持たないハロルドを庇うように土の壁が作られる。
「いい加減、逃げるのはやめにしてもらえるのなら、助けてやらなくもないが」
「いきなり襲ってくるような人を信用しろと?」
「こちらはおまえが従順に従うのならば、その身体が多少損傷しても構わないんだ」
吹雪のせいでその顔は見えない。だが、その後ろから聞こえる唸り声に彼がドラゴンとなんらかの関係があることを察した。
その間も、トレントは執拗にハロルドを狙っているようだ。
女神からの加護を得たハロルドはある程度の力を得た魔物にとっては比類なきご馳走に見える。リリィが「ねぇ、付いてきてくれた人たちがトレントの気を引いてくれてるみたいよぉ?」と耳打ちをしてくる。
(彼らが望むように逃げれば、多分この男は躊躇いなく彼らごと魔物を処分するだろうな)
人の生き死にが関わる判断は自分には重い、と唇を噛む。
(だから俺にはこういうの、身の丈に合わないっていうんだ)
良くも悪くも、彼は普通だ。
勇者や英雄を夢見ているわけではない。だから万能感に酔いしれて戦うことを選びきれないし、誰かを犠牲にして自分だけが生き残る手段を選ぶこともできない。
彼が選択を迫られようとしていた時だった。
「──降り注げ」
それは、炎の雨のようだった。
集中して降り注いだそれは、確実にトレントにだけ当たっている。そして、強い雷撃のような一撃が、追手の声の方向に落ちた。
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