14.捕食者の瞳
真っ直ぐに近づいてくる何かの気配を一番に感じ取ったのはハロルドだったかもしれない。
屋内に居ろと念押しされているのに外に出るのはどうかとも思ったハロルドだが、どうしようもなく嫌な予感がした。何もなければそれで良いけど、と思いながら確認のために妖精たちと一緒に外に出た。
一面の雪景色が美しく見える。短剣を持って、一方向を見た。
(何かは分からないけど、狙いは俺……か?)
直接ではないと感じるものの、どこからか視線を向けられていることは確かだ。
どこからだ、と魔眼を発動させる。ある箇所で「黒龍」という表記が現れて眉間に皺を寄せた。
倒せるか、倒せないか。それを考えればおそらく倒せない。そして、アシェルのあの焦りようがここにいる戦力では足りないという可能性が高いことを示していた。
目を閉じて、しばらく考える。そして、妖精たちに声をかけた。
「目的が俺の命だったら、ちょっと頑張って助けられる?」
「当たり前」
「え、相手によっては無理かもぉ」
「相手がドラゴンとかだったら逃げちゃお?」
三者三様の反応に困ったような顔をした。フンスフンスと気合いたっぷりのネモフィラ以外は「難しい」という判断らしい。おそらくローズとリリィが正解なのだろう。
ハロルド個人としては自分のために家族と友人を危険に晒すのは嫌だった。
「俺だけが逃げて済むのならいくらでも逃げるんだけど」
ハロルドには特に自己犠牲の精神はない。けれど、大好きなものが自分を狙う人間のせいで、全て灰燼に帰すよりは捕まってやった方がマシだろうとも思う。しかし、もっと心配なことは。
(帰る場所を無くすために、ここを焼き払う……なんてことを考える恐れもあるな)
現実というものはいつだって厳しいものだ。己を落ち着かせるように深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
どれが正解か、何が正しいか、自分の大切なものを守る方法は。
いくら考えても、選択が難しい。
しかし、相手は長く考える時間を彼に与えてはくれなかった。
「おまえが女神の加護を持つ子供か」
気がつけば、相手はすぐそばにいた。
ハロルドよりも先にネモフィラが反応した。そして、炎と水がぶつかって何かが爆ぜるような音がした。同時に、ハロルドは呪符を投げる。
男が逃げていく少年の後ろ姿を見つめる。少年の家に向かって攻撃をしようとして──それをやめた。
(どこで習ったかは知らんが、あの結界を破るのは骨が折れそうだ)
発動した魔道具によってできた結界の出来に感心しながら男はハロルドを追いかけることを優先した。
近くで発動した魔道具の結界を見て、アーロンは顔色を変えた。それはハロルドが緊急用にルートヴィヒと共同で開発していた「とっておき」であることを知っている。
そして、彼がそれを使ったのであれば対峙する相手が強い存在であるということも理解してしまった。
いっそ、バカであれば何も考えずに友人の危機に走っていけたかもしれない。けれど、アーロンは父親を亡くした時の悲しみを知っている。母が、どれだけ悲しんだかを知っている。
大きな音と同時に、たくさんの魔物が村に入ってきていた。悪臭が周囲に満ちる。
(間に合わなかったみてぇだな)
辺境伯家が周囲を閉鎖し、避難経路を確保して少しずつ村人を移動させていることは知っている。彼らはハロルド一人よりも他大勢を先に避難させることを選んでいた。女神から神罰を下されたとしても、より多くの命を救う道を選んだ。
だから、自衛手段を持つ人間が後に回されている。次の便でハロルドやアーロンを含めた全員の避難が終わるはずだった。
どうすればいいのか。
何が正解か。
目を閉じて、自問自答する。
危険を顧みず、飛んできてくれた友人は大切だ。けれど、自分に何かあれば悲しむ人間がいることも知っている。
勝算があれば躊躇いを捨てられただろう。
(両方、守る力があればいいのに)
握った拳が震えている。
そんな彼の前に現れたのは、少し前に拾った白い卵だった。
──覚悟を見せよ。
そう話しかける存在に彼は──
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