1.転生は人的災害から
のんびり書いていこうと思います。よろしくお願いします!
男が最後に見た光景は、赤い火だった。
男の職場であった火の不始末。よく怒鳴る上司が煙草の火を消さないままに灰皿の上に放置。空調の風に舞った書類がそこに重なり、火が大きくなった。
一人で資料室の整理をしていた男は火事に気がつくのが遅れた。ふと「暑いな」と外を見た時に赤いものに気がついて焦ってドアを開こうとすると、すでにドアノブが熱されて開かなくなっていた。
扉が燃え、棚に、資料に火は燃え移り、一酸化炭素中毒で彼はその一生を終えた。
死んだあと、霊体となった彼は死者の列に並びながら「どうせ死ぬなら積んでたゲームやっとくんだったな」とのんびりと思いながら真面目に順番を待った。
平々凡々なサラリーマンだった彼は、強い後悔もなければ、強い執着もなく、「あの火事の感じからすりゃあ、そら死ぬだろうな」と納得していた。
そして、門番の前に立った彼はそこで「リストに載ってねぇぞ!!」と騒がれて首を傾げた。リストに載ってないは流石に草、と思う余裕すらある。
別の場所に案内されると、疲労から草臥れた感じの黒髪のイケメンが死にそうな顔でやってきて、思い切り頭を下げた。
「申し訳ございません…っ!!手違いです!!」
「てちがい」
男は真面目に何のことか分からず首を傾げた。
頭に一つ、角の生えた青年は鬼だという。死んだなら、役人っぽいのが鬼だというのも然もありなん、と斜め上なことを考えながらも続きを促した。
「佐藤晴様、貴方は火事に遭われますが、間一髪窓から目撃した人の通報で助かる予定でした」
「はぁ……」
「ですが、その……。その方がなぜか急に暴走する自動車に撥ねられて消えてしまい、しかも犯人も既に車に乗ってなかったという、こちらでも意味のわからない事になっており……」
あわあわと真っ青な顔で弁明する鬼のお兄さんがなんとなく不憫で「まぁ、特に生に執着もなかったんで」と苦笑しながら伝えると、緊張の糸が切れたのか泣き出した。イケメンなのに泣き顔が汚い。
「申し訳ございません…!本来なら大往生予定だったので…ッ、天国にも地獄にもお迎えできないと上司に言われてしまい…
もう無理だよ俺にどうしろって言うんだよぉ!!流石に既に骨になった人間を生き返らせるとか出来るわけねぇだろぉぉぉ!!」
晴は死んだこっちよりもビィビィと泣き出した鬼にドン引きしながら落ち着くのを待った。待機場とかあるならそこでいれば良いじゃんと思ったりもするが、きっとそうもいかないのだろう。上司が意味のわからない指示を出してきたり、クライアントが急なオーダー変更を言いつけてくるよりマシか、と鬼が泣き止むのを待った。落ち着いてきた鬼はぐずぐずと鼻を鳴らしながら資料を捲る。
「取り乱してすみません……。あの、そういうわけで異世界転生してくれませんか?」
「理由がわからないし、俺別にそこまで生きたいと思っていないので……」
晴はそういう感じの小説やアニメは楽しく見ていた。けれど、ああいうのは他人事だからこそ良いのだ。厄介ごとの気配を感じて一歩後ろへ下がった。自分のせいで死んだわけではないけれど、家族も死別しているし、むしろ大人しく待って死後の世界で一緒に酒でも飲んでみたい気持ちである。守るべきものがないからこその自身の生への関心の無さだった。
「いや、君に選べるのは私の加護やスキルと共に異世界へ渡り転生するか、何もなく異世界に転生するかの二択だ」
柔らかな声が後ろから聞こえて、振り向くと見事なプロポーションの美女がいた。クリーム色のストレートの髪、垂れ目気味な青い瞳、なにかを企んでいるような面白がっている表情すら美しい。女神や天使というものがいるとすればこういった容姿だろう。
「待って。結局行かないといけないの?俺、死んでから親父と酒でも飲むかと思ってたんだけど」
「無理だよ。だって君、こちらの世界の死者管理の管轄外になっちゃったんだもの。私がいる世界の無能な一柱が与えた異世界召喚の魔術とやらのせいだから引き取ってあげるけれど、拒否するならそのまま転生させて終わり。ま、私のせいではないから正直なところ選択肢を与えてあげるだけ慈悲というやつだね」
地雷臭がやばい。
晴は正直嫌だったが、何もなく送り込まれる方がよりヤバいことになりそうな気配がした。何かあったら向こうでぽっくり楽に死ぬ方法を探すか、なんてこちらもそこそこやばいことを考えながら、仕方ないと異世界転生を承諾した。
どうやら今回の出来事は聖女を呼ぼうとした異世界人が原因となっているらしい。車を運転していたのが聖女で、召喚された事で無人になり制御を失った車が通報してくれるはずだったという青年を轢き殺した。青年は異世界転生に大喜びだったらしい。
若いって良いなぁと三十路を過ぎたサラリーマンは苦笑した。
そして、晴は異世界にお迎えされることになった。一般人としてだ。
それはそれとして、その神の一柱でもある、という美女はスキルと加護を与えるという。ひどく面倒そうだ。
「俺は楽に暮らしたいから生活が楽になるスキルとかが良いな。就職先に困りたくないし、ホワイト企業的なところで無難に働いて普通に暮らしていきたい」
「なんだ。勇者になりたいとか女を侍らせたいとかはないのか?大抵無双系か魅了、次点で癒しや生産系を望むけれど」
「そういうのは絶対に後々後悔しそうだから。多分俺の性格に合わないし身の丈に合わない。どっちかというとその生産系?が良いな」
上司に怒鳴りつけられ、残業代は碌に出ず勝手に削られている。そんな社会人だった彼は自分が物語の主人公のような性質でないことは理解していた。である以上、無双系のスキルを持っていても持て余すだろうと考える。
「でもあれは欲しい。よく見る異空間収納的なスキル」
創作物でよく見るそれは大変便利そうだった。場所によっては溜め込むのが難しい食糧などを保管できるだけで大変便利だろう。
「君、本当につまらない男だね。まぁ、いいや。私が担当になったからにはそこそこ成功してもらわないと…ほら、権威に関わるだろう?」
そもそも嫌がっている人間に色々強要している時点で権威とはなんぞやと晴は遠い目をした。
話し合いの結果、生産系のスキルの方がいいと言った彼に、その職業女神だという地雷臭漂う彼女は錬金術師のジョブスキルを与えた。マジックバッグやら鑑定眼を「必要だ」と渡されて、あっという間に「じゃあ準備はいいね」と返事もしないまま送り込まれた。
晴は落ちていく感覚を覚えながら「俺、何も言ってないんだけどなぁ」と呟いた。
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