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図書館の前で待っていたら、
咲良ちゃんのお母さんがやってきた。
「あなたは…」
「友達の一之瀬泰雅です!昨日はお話の途中だったので、お話がしたいと思って待ってました!咲良ちゃんは俺がいることは知らないんで!ちゃんと図書館にいると思うっすよ!」
「そう…それで話って何かしら?忙しいから手短にお願いできるかしら?」
「わかりました!んじゃあ!単刀直入に聞くんすけど!成績ってそんなに重要なんすか?」
「は?あなた何を言ってるの?」
「咲良ちゃんの成績が悪くなったから、勉強しろって言ってるんすよね?あんまり詳しくは聞いてないっすけど、休みの日も勉強させてるんすよね?」
「…はぁ…それが何か?」
「それって成績が何よりも重要だって考えてるってことなんすか?咲良ちゃんの幸せは考えてないんすか?」
「…あなた、本気で言ってるのかしら?」
「本気っすよ!良い成績を取って、良い大学にいって、そしたら幸せになるんすよね?」
「…そうじゃないかしら?何も間違ってないと思うけど?」
「それってホントすか?今、幸せじゃないのに、その時に幸せになれるとホントに思ってんすか?」
「何が言いたいのっ!?」
「咲良ちゃんの気持ちをちゃんと聞いてあげて欲しいんすよっ!勉強は大事なのかもしれないっす!俺がバカだからそんなんわかんねぇだけかもしんねぇけど!もっと大事なもんもあるんじゃないんすか!?友達とか!自分の好きなこととか!それを全部捨てさせて!行き着いた先に幸せってホントにあるんすかっ!?」
「あなたに何がわかるのっ!?」
「わかんねぇっすよ!!わかんねぇからこうやって話してんじゃないんすか!おさえつけられてやった勉強なんて楽しくもなんともねぇんすよ!そんなの意味あるんすか?咲良ちゃんが幸せになる為に思ってんなら!今の咲良ちゃんを幸せにしてあげてくださいよっ!!何で未来の咲良ちゃんの為に、今の咲良ちゃんを大切に出来ないんすかっ!!」
「…話にならないわ」
「逃げてんじゃねぇーよっ!自分の娘のことだろっ!!ちゃんと考えろよっ!あんたがどんな生き方してきたかなんて俺は知らねぇよ!だから、どう思って咲良ちゃんに伝えてんのかもわかんねぇ!でも、大切に思ってんだろっ!大事なんだろっ!!だったら、ちゃんと向き合えよっ!自分の気持ちだけぶつけてさ!娘の気持ちを受け止めねぇなんてズルイだろっ!!」
俺がカッとなってそう言うと、
キッと睨まれてしまった。
「好き勝手言ってくれるじゃない…じゃあ、あなたに咲良の幸せが何なのかわかるって言うの!?咲良が幸せに生きていける責任を取れるっていうの!?私は咲良の母親よ!咲良が幸せになるための責任も取るし、咲良の為を思って言ってるの!その気持ちがあなたにわかるって言うのっ!?」
「わかんねぇよ!わかんねぇけど!咲良ちゃんのことを大事に思ってることはわかったよ!でもよ!それをちゃんと咲良ちゃんに伝えたのかよっ!思ってるだけじゃ気持ちなんて伝わんねぇーんだよっ!」
「あなたねっ!?」
「お、お母さん?」
大きな声で言い合いをしていたからか、
咲良ちゃんが図書館から出てきた。
「と、トラくん?」
「ほら!ちょうどいいじゃねぇか!ちゃんと伝えろよ!大事なんだって!大切なんだってさ!大切な家族なのによ!気持ちを伝えられねぇなんて悲しすぎんだろっ!」
「あなたに言われなくてもちゃんと伝えてるわよ!私は咲良のことが大事で大切だってことっ!だから、大人になった咲良がしっかりと幸せに生きていけるように!ちゃんと勉強をして!良い大学に行って!幸せになって欲しいんじゃない!」
「でもよ!友達の俺から見たら辛そうに見えんだよっ!将来の幸せの為に今の幸せを捨てる必要はねぇだろっ!」
「咲良はどう思ってるのっ!?お母さんは咲良のことを思って勉強しなさいって言っているのに!なんなの!この友達は!」
「わ、私は…」
「はっきり話しなさい!お母さんが間違ってるとでも言うの!?」
「間違ってるとかじゃねぇんだよっ!そうやって咲良ちゃんに自分の気持ちを押しつけてよ!ちゃんと咲良ちゃんの気持ちに寄り添わないから言ってんだろっ!!」
「あなたは黙ってなさいっ!!」
「う、うるさい!うるさい!何で!お母さんとトラくんが喧嘩してるの!?意味わかんないんだけど!!」
咲良ちゃんが大きな声でそう言った。
「お母さんはいつもそう!私の気持ちなんて考えないで!勉強しろ勉強しろって!勉強できる娘の方が自慢できるから勉強させたいんでしょ?良い成績をとって良い大学に行けば、もっと自慢できるもんね!結局、私なんてお母さんのステータスの一つでしかないんだよっ!」
「は、母親に向かって!何て口を聞くのっ!?」
咲良ちゃんの顔を叩こうとしたから、
俺がそれを止めた。
「な、何するのよっ!?」
「何するのよじゃねぇだろ…ちゃんと咲良ちゃんの気持ちを聞けよ…」
「お母さんは私の幸せって口実を作って!私に勉強させたいだけなんでしょ!私の気持ちもしらないで!将来が幸せになるなんて嘘だよっ!だって!幸せじゃないもん!辛いもん!どんなに勉強したって頭に入ってこないんだもんっ!でも、勉強しなきゃお母さんが怒るからっ!勉強するけどダメなんだもん…成績…上がんないんだもん…」
咲良ちゃんはそう言って泣きはじめた。
咲良ちゃんのお母さんはそれを静かに見ていた。
「咲良ちゃん。咲良ちゃんのお母さんは…本当に咲良ちゃんのことを考えてたみたいだよ…。でもさ〜、考えすぎて将来のことばっかりでさ…今の咲良ちゃんを見てあげられてなかったんよ。だから、ちゃんとお母さんに気持ち伝えようぜ」
「わ、私ね!と、友達が優しいから…友達でいてくれてるけど…いっつも誘いを断って悪いなって罪悪感でいっぱいなの…私も遊びたいって思う。勉強は嫌いじゃないけど…お母さんに怒られて勉強するのは嫌なの…。お母さんは私の好きなこと知ってる?お母さんが私に聞くのはいつも成績のことばっかり…私の成績しか知らないんじゃないの?」
「…そ、それは…」
「私はお母さんも大事だけど友達も大事!好きなこともしたいし、遊びたい!ちゃんと勉強もするから!それじゃ、ダメなの?勉強だけしかしちゃいけないの?」
「…ちょっと、考えさせて…お母さん先に帰るから…」
「あ、あの!さっきは口が悪くてすんませんでしたっ!」
俺は咲良ちゃんのお母さんに頭を下げた。
咲良ちゃんのお母さんは何も言わずに帰って行った。
咲良ちゃんは泣いている。
ヤッベ…俺…やりすぎちゃったかな?
今更ながらに焦りながらも咲良ちゃんのそばにいると、
咲良ちゃんがありがとうと言ってくれた。
「トラくんは私のことを思って言ってくれたんだよね?」
「お、おう!…なんか、最近の咲良ちゃんがさ…元気なさげだったから…でも、俺言い過ぎちゃったかな?なんかカッとなって色々言っちゃったんだけど…咲良ちゃんが元気に笑ってくれたらいいな〜って思ったんやけど…失敗だったかな?」
「ううん。トラくんのおかげでお母さんに言いたいことが言えてスッキリしたよ…だから、ありがとう」
「そ、そっか〜…それなら、いいけど…家族のことに口出ししちゃう感じになっちゃってごめんな〜」
「ううん。本当に大丈夫だから」
「そっか…とりあえずさ、帰ったらちゃんと話し合ってみてよ。お互いに落ち着いてさ…。咲良ちゃんのことを思ってる気持ちは本当だったと思うんよ。だから、ちゃんと話し合えば分かり合えるって信じてんだけど…」
「うん、ありがとうね。帰って…ちゃんと話してみる」
「うん、それがいいと思うよ。てか、咲良ちゃんのお母さんに謝っててな…めっちゃ言っちゃったからさ…」
「うん、わかった。ありがとう…また明日ね!」
「おう!また明日な!」
小さく手を振って帰って行った咲良ちゃんは、
少しだけスッキリした笑顔を見せてくれた。