呪いの指輪を嵌められた!
余裕ができたので、もう1話投稿しました。
辺境伯の城に来て、三日経った。
あの後も、セラを陥れた商人の捜索が行われたが全く進まず、膠着状態が長らく続きそうな勢いだ。
唯一の目撃情報は、辺境領境の関所で、慌てた様子で先を急いでいたらしい。彼が向かった先には、王都がある。
何でも
『早く、王子に報告しなければ』
とぶつぶつと呟いていたとか。
セラは今、辺境伯ジンに雇われている。いくら狙われているからと、城に籠ってばかりはいられない。お給料を貰っているのだ。その分の仕事は、しっかりと熟さなくてはならない。
それに、セラの給料は歩合性だ。危ないからと籠もってばかりいないで、しっかり仕事をしなくては、生活がままならなくなってしまう。
今日は、そんなセラたちに初の仕事が任された。
なんでも、領地の山間の村に、暴れている怪物がいるのだとか。
山間の村は、城から馬車で二時間かけたところにある。村を囲むように山が迫ってきていて、閉塞感が村を包んでいた。
「領主様が派遣された、聖女様? で、よろしいのでしょうか」
村に入ったところで、村長から挨拶を受ける。そのまま、村を脅かす怪物のところへと案内されていた。
「ここ最近、急に出てきたのです。目撃者は五人、そのうち怪我を負ったのが二人。村の貴重な野菜畑も、その怪物にやられてしまいまして……」
この村は、実り豊かとは言えない。見渡してみると、周りの作物は根こそぎ、根っこから引っこ抜かれている。
「このままでは、どうやって冬を越せばいいのやら……ううっ」
鬱々とした暗い顔だった村長は、泣き始めてしまう。頬が刮げた姿では、今日までも碌なものを食べてこなかったのだろう。これは、早急な解決が必要だ。
「ここら辺に、出てくるはずですが」
キョロキョロと見渡しても、怪物らしき姿は見えない。怪物と一口に言っても、姿形は様々でどう判断して怪物とするのかは曖昧なところが多い。
そんな怪物にも、一目で分かる判別方法がある。
「来ますよ」
ヴァルが見つめる方向から、かさかさと草木が擦れる音が聞こえた。どんどん、擦れる音が大きくなり、次第に木々が揺れ始める。
「あ、あれです!」
悲鳴を上げた村長の視線の先には、黒い靄を纏った熊がいた。その熊には、黒々とした角が生えていて、熊というには不気味過ぎる。
「魔の怪物ですね」
セラのような人間には、怪物の種類は判断できない。
黒い靄を纏っていれば、怪物と分かるが、元がどんな生き物だったかは分からない。ヴァルが言うことには、怪物には三種類いるらしい。魔性から怪物になったもの。動物から怪物になったもの。そのどちらにも、当てはまらない正体不明の怪物。
あの黒い靄を纏うことで怪物に成り果てるようだが、どうして黒い靄——瘴気を纏うのか、どこから黒い靄が生まれてくるのかも分からない。
「よし、今日の夕飯ですよ」
弓を構え、熊に矢を連射する。矢は一直線に飛び、熊の体に突き刺さった。
矢からじわりと血が滴り落ちるが、熊は痛そうな素振りも見せない。体のふらつきもなく、だらりと涎を垂れ流しながら、襲いかかってくる。
振り下ろされた腕を躱すと、持った弓を熊の腕を叩くように振り上げる。
すると、熊は勢いよく吹き飛び、体が飛んでいく。その方向には、光る四角いものを持ったヴァルがいた。
熊が地面に着く直前に、四角いものを大きく広げると、その中に納めた。その中に入った熊は、先ほどまでの凶暴さは何だったのだろうか。と思わせるほど、人形のように静かになっていた。
「お願いしますね」
渡された、隔離された熊に手を翳す。
すると、手から緑色の光が発せられ、瘴気が消し飛ぶ。黒い靄が晴れると、茶色いふわふわの毛皮に蜂蜜色の角を生やした熊が中に座っていた。
冒険者になってから分かったことだが、セラの治癒術には瘴気を消す力があるらしい。
「蜜熊ですね。この熊には、蜜袋があるので、甘いものには困りませんね」
「み……蜜熊!」
珍しい魔だ。魔性の中でも、一番位が低い魔に属するが、その次の魔物と劣らない強さを持つ生き物だ。また、同時に温厚な魔性としても有名だである。
蜜熊は一部界隈では、強さやその性格より、有名なものがある。それが、熊が持つ蜜だ。
蜜熊は胃の隣に、蜜を溜め込む蜜袋という臓器を持つ。甘味が強くも、さっぱりした味わいに魅了された、食の亡者が後を絶たない。けれども、蜜熊は数が少なく、存在そのものがレアモノだ。
結果、プレミアがつき。その手の愛好家の中では、高値で取引される。
「今回は食べないで。臨時収入にしましょうか。ああ、でも、蜜袋の蜜も気になる」
お金も欲しいが、色には目がないセラにとって、どちらか選ぶのは、難しい話だ。
ふと、ジッと見つめる視線が気になり顔を上げた。
「どうしたです?」
「こちらを嵌めて欲しくて」
ヴァルはモジモジしながら、強引にセラの手を取り、左手の薬指に指輪を通す。
淡く発光していた指輪に気を取られていると、いつの間にか指輪は奥まで嵌め込まれていた。
「な、何を勝手なことを」
「勝手とはなんですか。私たち夫婦ですよ、指輪を嵌めなくてね」
「なっ、私はまだ認めていません!」
勝手に嵌められた指輪を外そうとするが、なぜか抜けない。
血管が浮き出るほど、力を入れても、何ともならない。
(なにこれ、呪いの指輪!?)
何とかして、指輪を取ろうと悪戦苦闘していたセラは気付かなかった。
ヴァルは嵌められた指輪を見て、艶かしい笑みを浮かべたことに。
面白いと思いましたら、ブックマーク・評価を頂けるとありがたいです。
執筆の励みになります。