真実を照らせ!
輝いた鏡面は少しすると、光が収まった。
覗くと鏡面には自分の顔が映らず、街の光景が映し出される。水面のように波立つ鏡面に、雑貨屋に向かう光景が、セラの視点で現れた。
雑貨屋の商品が映される中、映像が急に高度を上げる。
映し出された光景に、目を丸々と見開く。すぐに、鏡の中に現れた男を見て声を上げた。
「この人です!」
ニヤついた笑みを浮かべた、茶髪に緑眼の特徴のない顔立ちは、セラが髪飾りを買った店主その人である。
「本当に、この男で当たりだったようだな」
どこか感心した様子で、ジンが呟く。
鏡の中ではお金を払い、髪飾りを受け取っている様子が流れていた。
(これで、疑いが晴れるはずです)
盗んでいない証拠が、堂々と目の前に映し出されているのだ。これで、私がやっていないことは、しっかり証明された。もう、拘束されるのも終わりなはず。
「やっぱり、冤罪だったようだな。ここまで、用意周到なら、誰かが裏で糸を引いている可能性もあるな」
ジンの考察には、説得力がある。
髪飾りを買ってから、5分も経たずに捕まった。はじめから、セラが盗みを働くだろう。と計算されていた早さである。
店主も、セラを盗人扱いをしたが、追いかけて捕まえようとする気配もなかった。つまり、セラが見えなくなってすぐに、騎士に連絡したということになる。
「誰かに恨まれる覚えとかないのか?」
「恨まれるって……あ、一つありました」
恨まれている、というよりは、勝手に敵視し憎んでいる。というのが正しい。
「バルカ王子です」
「ああ、あの馬鹿王子な」
彼は、セラに追放宣言をしたとき「聖女の称号も剥奪する」と言っていた。
バルカ王子は何か勘違いしているのか、治癒術を使える女性が「聖女」になるものだと思っている。
その称号を剥奪するには、セラとヴァルの契約を破棄しなくてはいけない。聖女も聖人も、魔性と契約することで、得られる称号だからだ。
もし、本当にバルカ王子の策略だとすると、セラが犯罪を犯すことで、無理矢理にでも称号を剥奪するつもりだったのだろう。
『犯罪を犯すなど、聖女としてあるまじきことだ』
などと、言いながら。
ようやく離れられたと思ったのに、こんなところでバルカ王子の問題と付き合わされる羽目になるとは、予想も付かなかった。
「これで罪はなくなったが、これからどうするつもりだ?」
「今まで通り、冒険者協会で活動するつもりです」
「……しかし、な。お前に問題はないかもしれないが、またお前を陥れようと狙う奴が来るかもしれないぞ。一人で、なんとかできるのか?」
今までどこか、なあなあだったジンが、強く落ち着きの払った口調で聞いてくる。
また、来るかもしれないとは考えていなかった。今回は運よく無実を証明できたが、次が上手く物事が進むとは限らない。陥れるだけならまだしも、命そのものを狙って来る可能性もあるのだ。
危険性を考えれば、考えるほど、どうしたらいいのか分からなくなる。
「どうだ。俺に雇われてみないか?」
「え」
急な提案に、鳩が豆鉄砲を食らった顔になる。
「うん。思い付きだが、いいこと言った。待遇は保証するぞ。高収入に、希望した休みもできるだけ通そう。さらに、仕事もやりたいことを選んでもいい。どうだ、悪くはないだろう?」
悪くはない。それどころか、夢のような待遇だ。あまりの高待遇に飛びつきたくなるが、上手い話には裏がある。何か、裏があってもおかしくない。
いや、そうであって欲しい。
そうでなければ、今まで教会で無償で働いていたセラが、馬鹿を見ているようではないか。
疑い深い瞳でジッと見つめていると、ジンがキョトンとした顔で首を傾げた。
「もしかして、疑っているのか」
「……こんなに高待遇だということが、信じられなくて」
「そうか、そうか。安心しろ、裏はない。ただ、魔神の聖女様を辺境領に留めておきたいだけだ」
そう言って、からりと笑う。
本当に、微々たりとも裏のなさそうな笑みに、やっと現実を受け入れ始める。この待遇が続くなら、本当にいい話である。仕事を選べるというのなら、怪物討伐に優先的に回してもらうことも可能かもしれない。
そうすると、セラが冒険者になってやりたかったことと、ほぼ同じことができる。ならば、より待遇がいい方に傾いてしまうというわけだ。
「その話、受けます。是非、私を雇ってください」
「よし、とったぞ。これで、優秀な人材確保だ!」
セラが了承した瞬間、腕を振り上げ喜んだ。そんな領主の姿を見たゼクスも、少し驚いた表情で軽く手を叩いている。
「いや、よかったよかった。無能な魔神と契約した聖女だのという噂もあるが、魔神は魔神。仮にも、魔性の最高位がただの無能なわけがない。それに、聖女様は治癒術持ちだ。どんな形であれ、討伐が進むことは間違いない」
心の澱が消えるほど、晴れやかな笑顔である。彼にとって、悩ませていた問題の解決が見えたのだろう。
「ああ、一つ忘れていた」
思い出した。と慌てた声で、ジンが話を続ける。
「今回の一連の事件が片付くまで、この城に住んでもらう。下手に放流なんかしたら、いつ問題がやって来るか、分からないからな」
「はい、分かりました」
「あと、それと」
ジンは顔を、ヴァルに向ける。
「お前は、元筆頭聖女様の夫なんだっけ? 契約した魔神でなければ、ここには居させられない。ここは腐っても、辺境の城。国の重要拠点だ。簡単に人は増やせられない。それに、お前は聖女様と違って、身元も分からないからな」
「あの、すみません」
難しい顔で、ヴァルへセラへの同行を拒否するジンに、恐る恐る割って入る。
それに、隣にいるヴァルの顔は、悪鬼のような恐ろしい顔になっていた。見ないようにしていても、雰囲気そのものが冷たく、恐ろしさが伝わってくる。
「ヴァルは、私が契約した魔神でもあるのです」
目を大きく見開くと、ゆっくりとした動作でヴァルの顔を見る。目が合ったヴァルは、ニコリと冷たい微笑を浮かべた。
「え、お前。魔神だったのか」
「ええ。言っていませんでしたか?」
困り顔が、わざとらしく胡散臭い。
「そうか、魔神か……だったら、同行を許可する。契約者とは、離せられないのは、誰でも知っている鉄則だからな」
光が消えた目のまま、ゼクスにヴァルの部屋を案内するように指示している。脱力した姿は、思わず慰めてしまいたくなるほど、可哀想な姿であった。
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