市場と連行
【修正】雑貨屋の店主の容姿を付け足しました。
すみません、間違えて前話が混ざっていたので、修正しました。
市場は家から少し遠いところにあり、歩いて20分はかかる。周りの景色を楽しみながら、市場への道のりを歩いていく。
ヴァルはデートだからと手を繋ごうとしてきたが、それはもちろん回避した。拒否された彼は、見るからにショックを受けた顔になったが、罪悪感を押し殺し、ただ並んで歩く。
市場は、年がら年中いつでも開いているが、季節や時間によって、店が変わっているのだとか。セラたちは、朝市場にしか来たことがないので、他の時間の店はよく知らない。
「お、セラちゃんじゃない。生きのいいお肉、入ったわよ」
「その肉、どれですか?」
肉屋のおかみさんが、にこにこしながら声をかけてきた。
「これよ」
そう言って、彼女が指したのは、ちょうどセラの真ん前にあるお肉だ。赤身がたっぷりあり、焼いても煮ても美味しそう。
じっくり眺めていると、口の中が唾液でいっぱいになる。垂れる前に、慌ててごくんと飲み込むと、その肉を買うことにした。
「まいど! また、来てね」
美味しいお肉が手に入ったことに、意気揚々としながら市場を練り歩く。買ったばかりのお肉を眺めていると、今日の夕飯はこちらにしてしまおうか。と、誘惑に駆られてしまう。しかし、すぐに魚を思い出し、肉より魚とあっさり魚へ寄りを戻す。
今日の夕飯の魚を目当てに、魚屋に向かっているとき。ふと、1つの雑貨屋に興味が注がれた。
視線に釣られるように、ふらふらとしながら雑貨屋の前に辿り着く。
「わぁ!」
雑貨屋には、色んなアクセサリーが売られていた。その中で、私が気になったものは、花を象った髪飾りだ。ピンク色の花びらは、毛先に向かって少しずつ白くなっている。薄緑と濃い青緑のビーズが、交互に一本になったものが、10本ほど花から顔を出していた。
この髪飾りに妙に惹かれる。
喉から手が出るほど、欲しい。この手のデザインのものに、ここまで渇望が湧くのは珍しい。こういった花を模したものは、元から好きである。しかし、好みの色は青や紫といった、涼しげな色合いが好みだ。
「いいものはありましたかね」
ニヤついた笑みで、雑貨屋の店主が声をかけてきた。声そのものも、どこかネットリしたものに聞こえる。
店主は朝市の商人というには、変な格好をしていた。
素人目にも一目で分かる、絹織物の服を上下に着ている。風通しの良さそうな、薄い上着だけではなく、 下のシャツまでも絹でできていた。
しかし、仕立てのいい服装をしている割には、全体的に薄汚れている。泥汚れにも、黒く酸化した血にも見える汚れは、不穏な雰囲気を感じ取ってならない。
容姿そのものは、茶髪に濃い緑の瞳という、これといった特徴のない顔立ちである。ただ、笑った口元が歪なのが印象的だ。
じっくり見れば見るほど、雑貨屋の店主は怪しい男だった。
「この髪飾り、可愛いと思いまして」
「凄く綺麗でしょう。これ、ガラス細工なんですよ。どうです、買ってみません?」
それにしても、こんな可愛らしいものが、果たして似合うのだろうか。
黒く癖づいた長い髪に、紫色の瞳は妖艶な悪しき魔女の色合いを思わせる。あの馬鹿王子にも、何度「お前、本当は聖女ではなくて、悪い魔女なんだろう!」と言われたことか。だからこそ、色合いと容姿だけは、聖女を体現した妹の手を取ったのだろう。
買ったところで、似合わない。と笑われるのがオチな髪飾り。
「その髪飾り、私が買いましょうか?」
悩んでいるセラを見兼ねて、聞いてくる。
もうすでに、ヴァルの手には財布が握られていた。セラが買わなくても、髪飾りは彼が買っていくのだろう。その証拠に、握った財布の口を開き始めている。
「大丈夫です。私が自分で買います」
悩みに悩んだ結果、自分で買うことにした。
(自由に生きる、と決めたのです。髪飾り1つ、自分のお金で、自由に買ってもいいでしょう)
服装がチグハグなのは頂けないが、小さな髪飾り1つくらい、好きに着けても大丈夫だろう。
「はい、こちらが商品だ」
店長へ代金を渡し、髪飾りを受け取ると、目的地である魚屋へと向かう。
歩き始めて5分経つ頃、道の後方がザワザワと騒がしくなり始める。
「何かあったのでしょうか?」
「……誰かが、こちらに向かって来ているだけのようですよ。それにしても、騒々しいですね」
ヴァルが煩そうに顔を顰めると、道端に小走りで向かう。
一緒に道端から眺めていると、セラと同じように多くの人たちが困惑しながら、様子を覗いている。
元凶が近づいて来たのか、市場に来ていた人が次々と足早に道を開けていく。すると、そこに騎士服を着た男が3人が険しい顔で歩いて来た。
黒の詰襟型の服に、片側の肩に三角形になるように掛けられた黒マントが翻り、ターコイズ色の裏地が見える。そのマントを留めるように巻かれた、マントの裏地と同色の房付き紐が動きと共に揺れた。マントに縫い付けられた、特徴的な辺境伯の紋章が目に付く。
「……辺境伯の騎士」
辺境伯の護衛から、領内の問題解決、街の治安など、多岐に渡って活躍している辺境伯の騎士は王都でも有名だった。だからこそ、辺境伯の騎士たちの衣装も有名で、強さに憧れる少年たちは、一度はあの騎士服を着ることに憧れる。
騎士たちは、周りをキョロキョロと確認しながら、市場の真ん中を歩いていく。彼らの視線は鋭く、巡回ではないのは一目瞭然だ。
何か問題でも起きたのだろうか、と不安を感じていると、1人の騎士と目が合った。
「いたぞっ!」
「え?」
騎士らは素早い動きで、私の体を沈める。地面に伏せられては、どうすることもできない。
「珍しい黒い髪に、紫の瞳。これで間違いない」
「盗人、逮捕」
ピタリと、私の体は固まる。
「わ、私。何も盗んだ覚え、ありませんよ!」
「話は詰所で聞く。まずは来い」
ずるりと、腕を持ち上げられ、連れて行かれそうになる。足や腕を振り回すが、騎士らは軽々と避けていく。
ヴァルはどこにいるのか。と視線を動かせば、彼は茶葉屋に目が釘付けになっている。助けを呼べそうにもない。
(やばい。本当に連れていかれる)
どうにか切り抜けようと、1人悪戦苦闘したが、拘束から抜けられない。あまりに暴れ過ぎたのか、拘束魔術を使われた。そうすると、体全身が縛られるので、指一本も動かせず、声を出すにも口が開かない。
そして、なす術なく辺境伯の騎士詰所に連れて行かれた。
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