冒険者協会=夢への第一歩
5日間かけて、セラたちは追放先である辺境伯領クジュ地方に着いた。
辺境伯領は王都以上に高い城壁で囲まれている。よく使われているのか、城壁の至る所に染みが付いていた。
辺境伯領は少し特殊な土地だ。
王都や他の地方と同じく、聖女・聖人がいるが、守りだけではない配属をしている。
聖女・聖人の代表的な仕事は、街に結界を張ること。それ以外の仕事はないが、その代わり張る地域が一人一人大きくなる。運よく余った場合は、重要な場所に二重の結界を張り、さらに守りを固めている。
それに比べると、辺境の結界は特殊だ。
結界そのものは住民一人一人の、少量の保有魔力から作られている。その代わり、聖女・聖人が張る結界に比べ、かなり脆い。
その代わり、辺境には桁違いに強い騎士や魔術師が揃っていた。
しかし、そんな猛者が集う辺境伯領でも、セラの獲物は注目を浴びていた。
「こ、これはワイバーンの爪。それも、無傷だと!」
「おい、これを見ろ。こっちはレッドウルフだぜ、毛皮の損傷は五割未満の。とんでもねぇ、上物だ」
冒険者協会に入り、獲物の素材鑑定を行ったところ、その周りに人がどんどん集まってくる。
狩った獲物に集まる集団に圧倒されているセラの隣で、ヴァルがシクシクと涙を零していた。
まだ、セラが冒険者を諦めることに希望を抱いていたようで、今現実を受け止めきれずに、落ち込んでいる。
「ベテランの冒険者でも、なかなかいないんですよ。あんなに、損傷の少ない狩りをしてくる人は」
冒険者協会の受付嬢、クリスが困った顔で笑う。
「では、冒険者登録始めましょうか。こちらの丸い方に手をお翳しください」
示されたのは、カウンターの隣にある丸い物体と、それから出たコードに繋がれた薄い四角い板だった。複雑な機械には見えないが、中が全く見えないので、どういう技術が使われているのか分からない。けれども、高度な技術を使っているのだろうと、なんとなく思った。
言われた通りに手を翳すと、四角い板が光り、文字がさらさらと自動で書かれていく。
釘付けになって眺めていると、クリスがクスリと笑った。
「こちらは測定器です。板に書かれた内容で、上にあるのが魔術師としての強さ。下が物理職としての強さが分かります。普通は、1から100の中で、強さが表示されます。この地域は強い人が多いようで、500とかも結構見ますよ。えっと、お嬢様の適正と強さは……」
板を確認していたクリスが、ピタリと固まる。
何かがおかしいのだろうか、と板を覗き見し、セラもピタリと固まった。
「魔術師の項目が、ご……5000。に、人間やめてますね」
少し、現実世界に帰ってきたクリスが唇を振るわせる。
人間ではないのは、私ではなく、隣のヴァルの方だ。その本人は、今涙に暮れて、強さも威厳もへったくれもない。
「ますます、セラが冒険者を諦めなくなってしまいました……」
「当たり前でしょう。私、冒険者に憧れていたのですよ」
「私も絶対、付いていきますからね」
そう言って、顔を上げたヴァルの目は真っ赤だった。唇からは、まだ嗚咽が溢れている。
「で、では、あなたもこちらの丸い方にお翳しください」
セラに冒険者を諦めるように言っていたヴァルだが、わくわくした眼差しで手を翳す。多分、その行為が面白いのだろう。どこが面白いのか、よく分からないが。
「わぁ!」
球形から、強い光が放たれた瞬間、パリンと音を立て、球形が壊れた。
セラの顔色が、スーッと青ざめていくのが分かる。
(ど、どうしよう弁償。そんなに、お金持っていないんですが)
受付嬢クリスも初めての経験だったようで、破片を眺めては、板の内容を確認している。
「え。こ、これ。魔性にも対応しているものなので、上限10万なはずなのですけれど……」
獲物に釘付けだった人たちも、背を伸ばしながら、私たちの様子を確認している。ざわざわとしているのが、背中越しでも感じる。明日には、町中で噂になっていそうだ。
『測定器、壊した人現る』
と、ただの恥さらしではないか。
どうにかしなくては、と頭を悩ませていると、隣では壊した本人は欠片を一つ取り、じっくり眺めている。
しかし、すぐに興味をなくしたのか、カウンターに戻した。
「ぼ、冒険者としての強さの基準を満たしているので、登録はしておきますね。では、近くで腰をお掛けしてお待ちください」
ペコリと頭を下げると、慌ただしくクリスは奥へと走って行く。
冒険者協会はカフェも経営しているようで、テーブルに座ると、二人でアイスティーを頼んだ。
長時間歩いてきた後の、ゆっくりとした休憩なので、アイスティーがことさら上手く感じる。
「べ、弁償どうしますか」
「ん? 何の話でしょうか」
壊した本人は、あっけらかんと笑っている。一人でうんうんと悩んでいたことに、恥ずかしさと怒りが沸き上がってくる。
「ヴァルが壊した、玉の話です」
「あーあれですね。大丈夫です、元に戻しますよ」
座ったまま、壊れた破片に向かい指を振る。
すると、欠片が浮き上がり、時間が巻き戻ったかのように、元の玉の形になった。
「あれで、いいでしょう」
「…………そ、そうですね」
何も言えなかった。弁償どことか、壊したものが戻ったのだから。
唖然としたまま、元に戻った玉を遠い目で眺めるしかなかった。
眺め続けていると、クリスが筋骨隆々な男を連れて、カウンターに戻って来る。
二人は、カウンターで頭を抱え、厳しい顔で何か話し合っているようだ。
十中八九、元に戻った玉を見て、困惑しているのだろう。
できれば、あの場に行って頭を下げたいところだが。小市民のセラでは、そんな勇気は微々たりとも沸いてこなかった。
「すみません。セラさんとヴァルさんで、よろしいでしょうか」
「はい」
テーブルの前には、クリスと同じ格好をした女性が立っていた。多分、クリスと同じ冒険者協会の受付嬢なのだろう。
「こちらが、冒険者協会の会員証となります。では、よい冒険を」
丁寧な仕草で、薄っぺらい金属でできた会員証を渡すと、一礼して去っていった。
獲物の換金は済んだ後なので、もう冒険者協会の用事は終わりだ。
これ以上いたら、トラブルになりそう。ここは、退散するにかぎる。ヴァルを促し、席を立つと、すぐに冒険者協会から出る。
ここに定住することを考えると、やることはたくさんある。
まずは、今日の宿と当面の住居を探さなくては。
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