2.シン・クルーベルト
シン・クルーベルト様、手紙のシン様であろう方であり私の婚約者候補のうちの1人。しかも私が半年間眠ることになる前に会った最後の人物。
これは調べる価値がありそうだ、とナルディリアは密かに思った。とにかくシンが屋敷を出ていく前に何とか接触出来ないか。アリスに頼むことにしたけれども、アリスの口からかえってきたのは
「それだけは出来ません。」この一言だけだった。
ナルディリアは少しでも何か聞ければと思ったがあまりにもアリスの機嫌が悪いように思えたため、そのまま黙って支度が終わるのを待った。
アリスはナルディリアの支度を終えるとすぐに
「それでは失礼致します」
とだけ言い残し部屋を後にした。
何か悪いことした?シン様の話しを出した途端機嫌が悪くなったように思えたけど気のせい?
そんな思いを抱えたままナルディリアは部屋の中をもう一度調べてみることにした。
改めて見るとナルディリアの部屋はとても広い、1人で使うには十分すぎる広さで逆に持て余してしまう程である。
部屋を順番に探していくが、どこか頭の中にはシン・クルーベルトという人物が離れないでいる。
記憶を思い出すためにもシン様に会いたいけれど、さっきのアリスの態度も気になる。それに、さすがに黙っていなくなったらそれこそきっと怒られるよね。
「……何もない」
それなりに頑張って部屋中を探したが結果的にはめぼしいものは何も見つからなかった、と、言ってもいいだろう。そう少し濁して言うのも気になる物は少なからず見つかったから。まずは写真、この部屋には驚く程に写真がない。確かに写真がないと言っておかしいということは無いのだろうがこの部屋にはアルバム1冊もみあたらない。あるのはたった1枚の写真だけだった、その写真には少女とその周りに少年4人が写っている。
多分これは私とその婚約者候補たちの昔の写真なのね。
────これだけ探したのに、あまりにも成果が少ないことにため息が漏れる。ただし見つからないものは見つからないためとりあえず日も落ちてきた今部屋を探すのは一旦諦めることにした。
部屋を探し回ったとはいえ少し時間をかけすぎたとは思う。ただ私が部屋中探している間もナルディリアの部屋には誰も来なかった。と、いうことは特にそれ程ナルディリアを気にかける存在はこの屋敷にはいないということなのだろう。 そう勝手にナルディリアは解釈しながら部屋の窓の傍にある椅子に座り外の景色を眺めていた。
見れば見るほど広い庭ね。
部屋の外に見える景色を堪能しているとふと、外に人影がみえた。
あれは、たしか────
「お嬢様」
後ろから急にアリスの声がした。
「御夕食の準備が整いました。旦那様もお待ちですので」
急に話しかけられたことでナルディリアは一瞬ビクリと体を震わせたがすぐにアリスの方に向き直し「はい、わかりました。」と言葉を返した。
今の人影は、写真に写ってた人だ。
そう思いながらナルディリアはアリスに連れられ夕食に向かった。
「お嬢様」
「あ、何でしょうか」
部屋に移動中前を歩いていたアリスが突然脚をとめ私に声をかけてきた。
「お嬢様、その、私に敬語はおやめ下さい」
アリスは少し気まずそうに私に言った。
そっか、確かにメイドさんと雇い主側だと敬語使われる方が気まずいよね。
「あ、そうですよね、すみません。じゃなかった!わかったわ」
アリスはそう答えた私の返事に小さく、はぁ、と言った後また振り返り食事の部屋へと足を進めた。
部屋には既に人が集まっていた。
部屋には大きなテーブルがありそこに向かい合うようにして人が座っている。
「ナルディリア様!もうお身体はよろしいのですか?」
部屋に入ってすぐに声をかけたのは肩にかかるほどの綺麗な金髪の青年だった。
急に声をかけられ驚いていると
「ディアス、ナルディリア様はお前の事も覚えてない」
そう金髪の青年に声をかけたのはその隣に座る赤髪の青年だ。
「あ、申し訳ございません、ナルディリア様」
ディアスと呼ばれた金髪の青年は少し悲しげに言う。
そう青年達が会話する中で1人ナルディリアは
何このイケメン率
と、密かにそんなことを考えていた。
「ナルディリア、こちらに来なさい」
ふと父の声が私を呼ぶ。
アリスに誘導されながら父の横までくるとそこに置いてあるイスに座らされた。
改めて周りをみると私はこの場違い感に居た堪れなくなった。
なぜなら今私の周りに座っているのはキラキラと輝いて見えるほどのイケメン達だからである。
ナルディリアの見た目もどちらかと言えば整った顔立ちであるとは思う、しかし今目の前にいる青年達は整っているというより整いすぎているくらいにレベルが高い。
もう、はやく部屋に戻りたい…。
そう考える私とは反対に父は
「ナルディリア、もう少し待ってからでも良いとは思ったのだが、お前には必要なことだと思い今日はお前の婚約者候補たちに集まってもらった」
私が記憶を無くしてしまったために父が呼んだのだろう。婚約者候補達はそれぞれが改めてナルディリアに自己紹介をはじめた。
今ここにいるのは3人だ。婚約者候補は4人いるはずだから1人は来ていないということなのだろう。
そんな事を考えている内に3人の自己紹介が終わってしまった。最初に自己紹介をしてくれたのは先程声をかけてくれた金髪の青年だった。名前をディアスと言うらしい、ディアス・マーキンス、マーキンス侯爵子息だそうだ。その次にディアスの隣に座っている赤髪の青年、アレン・ロンウィークス侯爵子息。最後にその向かいに座っている茶髪の青年がカトル・バンラート侯爵子息だそうだ。
ん、てことはシン様?がこの場にいないということなのか。
私にとっては1番会いたかった、いや、会わなければならないと思っていた人物がここにはいなかった。
「お父様、あとのお1人は本日はどうなさったのでしょうか。」
「ん、ああ、シン殿は今日はこちらに来れないとのことでな」
そう言いながら父は少し怪訝な顔をしていた。
「そうなのですね、わかりましたお父様」
そう言いながらも私は父の怪訝な顔からシンには何かあるのだと内心好奇心を隠せずにいた。
さっき窓の外にいた方、この3人と一緒に写真に写ってたってことはあの方がシン様なのだろうか。
が考え事に浸っているうちに父の話は終わっていたようでぼうっとしているのを見られ本調子でないと父に促され私は皆より先に部屋に戻ることになった。
部屋に戻る途中、
「ねえ、アリス私ね…」
そう言いかけたとたん前を歩くアリスが突然立ち止まった。
「シン、クルーベルト、様」
アリスの驚いたような声がする。
下を向いていた私は前をみるとそこには黒髪の背の高い青年がいた。青年はこちらをみるとゆっくりと私の方へと歩き出す。静かに目の前にくると微笑みながら
「やあ、ナルディリア?そうだ、ナルディリアは記憶が無いのだったね。すまない、私はシン・クルーベルト。君の婚約者候補の1人だよ」
そう、シンは微笑みながら優しい声で話しかけた。
しかし、目の前の得体の知れない恐怖に私は声を出すことが出来ない。私は彼にあったことは無い、というか記憶が無いのだから会っていたとしても覚えてない、でも、私の身体はやはり動かない。
声を出せず固まっているとシンの手が私の頬にそっと触れ、シンの顔が私の顔へと近づく。 ナルディリアは力を振り絞りギュッと目をつぶると耳元でシンの声が聞こえた。その時
「お嬢様!」
アリスがナルディリアとシンの間に割って入る。
「シン・クルーベルト様。今あなたはこの屋敷は来られないはずですお引取りを」
「アリス、そんな怖い顔しないでくれ、今日はもう帰るよ。ナルディリアに会えたからね。」
そう言ってシンは私のから離れた。
「じゃあ、またね、ナルディリア」
ナルディリアはシンが立ち去った後もすぐには動けなった。身体が小刻みに震える、これが恐怖というものなのだろうか。
「お嬢様、大丈夫ですか。シン様になにか言われたのですか」
アリスが今まで見せたことないほどに焦りながら私に尋ねてきた。でも、
「いえ、なにも、ないわ」
私はそれだけ言って、後はなにも言わなかった。
私は自分の部屋に着くと、ベットにうつ伏せ、先程シンに言われた言葉を思い出していた。
────ねえディリー、ほんとに僕のこと覚えてないの? まあいいや、でもちゃんとネックレスは忘れずに付けてくれてるんだね、君が僕の物の印だ。君が僕の物ってこと、忘れちゃダメだよ?じゃあ、また会いに来るね。
お読みくださりありがとうございます。