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〈元〉第一王子の回想1・音楽と師




 私は王国の第一王子、フィルメリア――基本的に長男が王位を継ぐ、という馬鹿馬鹿しい慣習により、王太子という、ありがたくもない大役を押し付けられた男だ。しかも、その代わりとばかりに自由を奪われ、夢を奪われ、敬愛する師を奪われた。あげくに、親には駒のように扱われ、弟には蔑まれ、周囲からも嘲笑されている。

 結論。人生はクソだ。人間はクズだ。ルールや世間体、マナーなんて反吐ヘドが出る。私は絶対に、周囲の思い通りになどなってやらない。おまえらが私の意志と心を否定するのなら、おまえらの意向、思惑だって、完全に否定してやる。

 そう、これは戦争なのだ。私達の意見は対立している。だが、互いが考えていることは、究極的にはまったく同じことだ。


「自分が思ったとおりに事を運びたい」

「自分の考える『合理的』と『正論』こそがもっとも正しい」

「自分の正しさを邪魔するあいつは、悪者だ」

 私は正義ヅラをして、私から搾取さくしゅしようとするあいつらを、絶対に許さない。


 別に、私だって生まれたときからこんな人生だったわけじゃない。どちらかといえば、出だしはかなり好調だったはずだ。

 まず、自分で言うのも何だが、私は顔がいい。人類史上、どこの国でも美の基準となるであろう、ほぼ左右対称の配置。最近流行の金髪碧眼きんぱつへきがん。王族なだけあって、手入れの行き届いたサラサラの髪と手。肌もつやつやしているし、まつげは長いし、歯並びも良い。

 王族故に、金も地位もある。

 そして、何よりも声質が良い。さらに指先が器用で、耳まで良い。……あまり、自慢気に言いふらすのは品がないが、なかなかの素質じゃないか?

 普段は柔らかで落ち着いた声だが、歌うときは低音から高音まで幅広く、自由自在に歌える。たとえば、ハープを爪弾きながらクリアな高音で歌えるし、リュートを抱えて、低音で優しく、囁くようにも歌える。そして、もちろん舞台や劇場で映えるよう、伸びやかに、高らかにだって歌える。

 私の指は細やかに、なめらかに動き、どんな弦楽器だろうが、どんな木管楽器だろうが、すべての楽器を扱えた。

 さらに、音程もリズムも、全てを聞き取れ、聞き分けられる。

 今の私からは想像できないだろうが、大人顔負けの演奏をしていた私は、神童として扱われていたのだ。


 子供の頃は良かった。いまでも、ふと思い出してはため息をついてしまうぐらい、私は恵まれていた。王侯貴族にとって、音楽はたしなみだ。気づけば、当たり前のように最高の教師と練習用の楽器が与えられ、日々、決まった時間が練習に充てられた。そうして出会ったのが、私の心の師、ウィズナー先生だ。

 彼は数十年前、世界を震撼させた歌姫シェラーハの息子であり、これまで彼に師事した多くの者が華々しい活躍をしている。

 彼の演奏は圧巻だった。魂が震える、という言葉の意味を初めて理解した。すでに高齢であった彼の演奏が持つ気迫に、魅了された。

 彼は母親と違い、ヴァイオリン奏者であったが、歌の指導も素晴らしいものだった。だが、彼の真に素晴らしいところは技術ではない。音楽の本質、その無限の可能性を理解し、信じていたことだ。

 偉大な師に出会えたことは、私の人生最高の出来事だった。


***


「師匠っ!」


 幼い頃、私は大好きな師にいつも、まとわりついていた。時間の許す限り、彼と一緒にいたかった。


「殿下、わたくしのようなものを師と呼ぶのはおやめください」


 だが、彼はいつもやんわりと私を諌めてばかりだった。優しく、穏やかで、私のことを大事にしてくれていることは、子どもであっても理解していた。だが、だからこそ、なぜ彼が私と距離を取るような態度を取るのかが、分からなかった。


「なぜだ? わたしの知ってる大人の中で、一番、尊敬できるのはあなただ。私はあなたのようになりたい。技術や生き方を尊敬し、教えを乞うことを『師事する』というのだろう? そうであるなら、私の師はあなただ」

「……もったいないお言葉です。ですが、あなたは将来、国民全ての上に立つ御方。私ごときが師を名乗るなど、烏滸おこがましいことです」

「師匠はすごい人だ。国王の師になるのに、不足はないだろう?」

「……困った御方だ。どうか、他の者の前で師と呼ぶのだけはお控えください。嫉妬の炎で、私が焼き殺されてしまいます」


 何も分かっていなかった私は、彼が冗談を言ったのだと思い、能天気に笑っていた。



***




 あの頃の私は、なんて馬鹿だったのだろうか。師匠のあの困ったような顔。悲しむような、労るような、言葉にならない想いをたたえたあの瞳。

 私は寝る間も惜しんで、楽器の練習をした。歴史を学ぶ間も、剣を握っている間も、指が、喉が、身体の全てが音楽を求めていた。

 最初の頃は、皆が私の才能を褒め称えた。多くの者が、私の演奏に涙し、歓喜した。

 だからこそ、私は一層、音楽に没頭した。

 そう、眉をひそめる者がいることに気づけないほどに熱中し、のめり込んだ。師が注意しても、本気には受け取れなかった。誰もが褒め称えているのに、何がいけないのか、私には理解できなかったのだ。

 誰よりも尊敬し、愛した師の言葉を、私は愚かにもおざなりにしてしまった。

 その報いは、師の追放という形で訪れた。



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