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第二王子に挑む公爵令嬢




 王宮での一件から、私は精力的に動き始めた。

 これから、どうすべきかをあれこれ考え、問題点や解決策、やるべきことなどを書き出し、根回しや人脈づくり、調査等と、全力で行動を開始した。

 そして、王妃教育にもこれまで以上に真剣に取り組む中で、今まで寄り付きもしなかった学園の第二図書室へ足を踏み入れたのだが……。


 ――見られていた。彼に。あの、ヒステリックに泣きわめいていたところを!


 なぜか私は、第二王子に追い詰められている。

 あまりの失態に、血の気が引く思いがした。

 腹黒そうな、この油断ならない第二王子の前で物思いにふけるなんて、私はなんて馬鹿なのだろう。

 フィルメリア殿下の金髪碧眼で、思わず見惚れるような甘い顔に比べ、第二王子の方は落ち着いた雰囲気だ。政治的なバランスを取るため、軍に出入りしているからだろう。体は引き締まっているが、理知的な瞳と穏やかな笑み、柔らかな物言いと、人気は高い。

 だが、どことなく冷たい光を放っているように見える瞳と、当たり障りのない物言いが、酷く警戒心を掻き立て、私はできるだけ距離をとって接してきた。

 そんな彼にあの会話を聞かれてしまったなんて、自分のあまりの失態に目眩めまいがした。


 誤魔化すべきか。それとも、何の話だか分からない、と認めずに押し通そうか。

 それとも、誠心誠意、謝罪をして許しを請う?

 どうすれば、穏便おんびんに事を収めることができるのかと、思考を巡らせる。ポーカーフェイスを保ってはいるものの、内心では激しく動揺していた。

 けれど……。目の前の冷たい瞳に気づいて、心は決まった。


 ――落ち着いて。これは、きっとチャンスだわ。


 この瞳を変えることができたなら、きっと、何かが変わる。

 最後に見た婚約者の、傷ついたような瞳を想い、第二王子の顔を真っ直ぐに見返した。


 相手に、真正面からぶつかるのは怖い。

 迂遠うえんに、彼の思考を誘導するような話をしたくなる。

 でも、それではきっと、何も伝わらない。

 庭での話を彼が悪く取ったように、同じ話でも、その目的、真意が曲解されてしまうに違いない。

 あの話は、誰かを非難したかった訳ではないのだ。


――勇気を出せ。


 自身を鼓舞するように、手を握りしめる。


「この件について殿下と話す機会が持てたのは僥倖(ぎょうこう)でしたわ」


 私はなんとか、笑みを作ってみせた。

 彼はわずかに目を見開いたものの、すぐにいつもの隙のない笑顔に戻ってしまう。

 だが、それでは困るのだ。

 息子の心配をし、手を回してくれる陛下もいつかは年を取り、この世を去る。

 その時、フィルメリア殿下の味方が私一人では困るのだ。

 そして、あの婚約者が国王として立つには、きっとたくさんの手助けが必要になるだろう。

 それなのに、一番身近にいる弟が敵ではフィルメリア殿下にとっても、私にとっても――そして、この王宮、王国にとっても、害になるにちがいない。

 だから、私は思い切って、兄弟の仲について、踏み込んだ質問をした。


 綺麗な笑みでかわされてしまうに違いない。

 そんな予想とは裏腹に彼は沈黙し、居心地いごこちが悪そうに見えた。その姿に、これは絶対に逃してはいけないチャンスなのだと確信する。

 私は彼に理解してもらうため、陛下からの要望と、それを一人で成そうとして失敗している現状を語った。話しているうちに、自嘲するような物言いになってしまったが、返ってきた反応は意外なものだった。


「いや……。貴方あなたらしいとは思うが、馬鹿にしようとは思わないな」


 第二王子の言葉に私は顔を上げた。

 いつも綺麗な笑みを浮かべ、けれど、どこか冷たい目をした彼がそんなことを言うなんて……。無表情ながらも、真っ直ぐと向けてくる視線には、いつもの壁も偽りも感じない。

 思わぬ人にこれまでの努力を、私自身を認めてもらえたことに、喜ぶより先に戸惑いがくる。

 その瞳をただ見つめ返すしかできずにいると、彼のそんな表情はすぐに皮肉っぽい態度に変わってしまった。


『文句と批判だけは偉そうにいつまでも続ける人間』


 そう吐き捨てるように言う彼の瞳はどこまでも冷たい。柔らかな表情から一転した、その冷たい視線の先には、兄であるフィルメリア殿下がいるのだろう。

 家族から――一番、身近なはずの人間から、こんな視線を向けられたら……。

 そんな考えが頭をよぎり、身震いする。

 一体、フィルメリア殿下はいくつの時から弟にこんな・・・目で見られるようになったのだろうか。

 先日の殿下を思い出す。

 あの、傷ついたような顔。

 私はあの時、どんな顔をしていたのだろうか。

 こんな、冷え切った視線を他人に向けていたのだろうか。


 ――他人から向けられる嫌悪の感情が、どれほど心をさいなむのか。私が誰よりも知っていたはずなのに……。


 心に余裕ができ、ようやく思いいたる事実に胸が苦しくなる。


 ――私は、誰かを傷つけたりなど、したくないのに……。 


 私は誰かの心をすくい上げることができるような。悩んでいる誰かを目にしたら、すぐに何か言葉をかけられるような。そんな、セラフィオーネのような人間になりたかったはずなのだ。

 いつの間にか伏せていた顔を上げ、私は切り出した。


「……単刀直入に申し上げます。私はフィルメリア殿下を助けたい。そして、殿下にはその手助けをしてほしいんです」


 何度も私は間違えた。

 答えが、正解が分からないから、間違っていると分かっていながらも、その選択しかできなくて。良かれと思ったことも、結果から間違いだったと思い知らされて。

 どうすればいいのか、正解を教えてほしいと嘆いて、憎んで。

 それでも、正解を見つけるためには、また、立ち上がるしかないのだろう。模索し続けるしか、ないのだろう。

 今選んだ道の先は、どうなるのか見当もつかない。不安はもちろんある。……それでも。


「彼が国王として、責務を果たせるようにじゃなく。彼自身が、悩んでいることを――苦しんでいることを、解決できるように。国の、組織や周囲のためじゃなく、彼自身のために。……どうか、お願いします。」


 私は深々と頭を下げた。


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