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語り始める公爵令嬢




「兄上について? 何か話すべきことなどあったかな?」


 あの愚物について、何を語ると言うのだろう。適当にあしらい、あとは捨て置けばいい。あれには一応、監視もつけてある。さらに、陛下の手の者も周囲に配置されているようだ、と報告が上がっている。

 特に異変がなければ、気にかけなければならない存在じゃないだろう。


「……殿下は、彼のことを良く思っていないですよね? いつも、どこか距離を置いていて、ほとんど関わらないようにしていますもの」

「……」


 あの日、彼女の心の叫びを立ち聞きしていた時、脳裏をよぎった考えが甦る。

 兄を下に見て、切り捨ててきた自分。現状を打破しようと動き続ける人間カティナベルたちを馬鹿にするだけで、思考を放棄し、行動を起こさない自分。そんな自身の姿はひどく愚かしいもので、情けなく、醜悪な存在なのでは、とずっと正しいと信じてきた自分の考えに疑いを覚えた。

 とはいえ、昔からの価値観が突然、変わるわけではないようだ。今まで私の中に鎮座ちんざしていた思想は、気がつけばいつもどおり、どっかりと中心に居座っている。

 今、この瞬間、いつもどおりの思考をなぞっていたことに気づき、なぜだか居心地いごこちの悪さを感じた。


「……殿下は知っておられましたか? わたくし、陛下から直々にフィルメリア殿下のことを頼まれていますの」


 予想外の言葉に、眼を見張る。


「陛下が……?」


 カティナベルが言うには、婚約が決まった後、王妃に招かれて訪れた城の庭園に、ふらりと陛下が現れたそうだ。……いや、陛下が内々ないないに彼女に会うため場を整えた、というのが正しいのだろうか。

 陛下は彼女の家名だけでなく、彼女自身の資質にも期待して王太子妃として選んだと告げ、彼女に頼んだそうだ。愚息を頼む、と。

 フィルメリアは未だに王太子としての責任や義務に向き合うことができず、そのため、必要な知識の習得すら、まともにできていない。彼の隣に立つのは苦労が多く、容易ではないだろう、と。

 そう詫びると同時に、彼がなんとか王太子としての責務に向き合い、国をになえるよう、支え、導いて欲しい、と。


 ――なんだ、それは……。


 私は愕然とし、怒りを感じた。

 そんなことを彼女に頼むぐらいなら、私を王太子にすればよかったのだ。兄など、さっさと見切りをつけてしまえば、彼女に大きな責任を負わせなくても済んだだろう。

 派閥からの反発に、兄の立場。様々なことを考えれば、慣例に則った方が混乱は少ないと判断したのかもしれない。けれど、そのしわ寄せは彼女一人に集中しているのではないだろうか。

 それが分からない陛下ではないはずなのに……。

 脳裏にいくつのも光景がぎっていく。

 兄に罵倒されたところを私に見られ、目を伏せた彼女の姿。

 学園で兄上の振る舞いに対しての陳情ちんじょうを述べる子息に囲まれて、真剣に対応していた彼女。

 夜会でお歴々に可愛がられる中、隣の兄の顔色を気にしていた彼女。

 そして、庭園で聞いた彼女の悲嘆。


「わたくし、きっと、おごっていたんです」


 自嘲するような物言いに、はっとする。

 視線を向ければ、彼女は情けなさそうに笑っていた。


「笑顔が大事なのよ、っていうのが母の口癖なんです。笑顔は一輪の花のように、その場の空気をささやかに、でも、確実に、明るく変えることができるんだ、と」


 そして、実際にそれは今まで効果があったのだ、と彼女は言う。

 領地の偏屈へんくつな老人が。孤児院の子どもたちが。学園の子息令嬢、城で出会う目上の人間から下働きの者まで。笑顔で接するだけで相手の表情は和らぎ、時には笑顔を返してくれたのだ、と。そして、相手が笑顔になり、心を開いてくれれば、それは自身にも喜びを与え、笑顔にしてくれるのだ、と。


「だから、きっと、わたくしは自惚うぬぼれていたのです。自分ならきっと、大丈夫。王太子だろうが人間ですもの、きっと打ち解けて理解し合える。自分が諦めなければ、きっと良い方向に変えていけるはずだって。楽観的どころか、能天気が過ぎて滑稽こっけいでしょう?」


 笑顔一つに、どれほどの力があるというのか。バカバカしいし、一つのことを盲信して頼り切るなんて愚かだった。そう話す彼女にいつもの力強さはなかった。

 意外なことに、私の中にあざけりの気持ちは生まれなかった。私なら、頭がお花畑の世間知らず、と彼女をせせら笑いそうなものだが、と自分のことながら不思議に思う。


「いや……、貴方あなたらしいとは思うが、馬鹿にしようとは思わないな。言われたことを信じて、一生懸命、実践していたのだろう?」


 生真面目な彼女のことだ。母親を真っ直ぐな瞳で見つめ、真剣に、一字一句を聞き逃すまいと耳を傾け、実際に行動したのだろう。

 もしかしたら、陰で練習を重ねたかもしれないし、緊張して逃げ出したかったとしても、逃げることを自分に許せるような性格じゃない。果敢かかんに挑戦し続けたのだろう。偏屈な老人に、緊張しつつも笑顔で挨拶する少女のイメージに微笑ましさを感じる。

 きっと、笑顔のことだけでなく、全てのことにいてそうやって真面目に、地道に向き合ってきたのだろう。これまでの彼女を見ていれば容易に想像できた。

 そこまで考えて昔の兄の姿を思い出し、苦々しげな笑みが浮かぶ。


「言われたこと、指示されたことをやりもしない――少し手を出したものの、努力もしないで無理だとを上げ、できるわけがない、と文句と批判だけは偉そうにいつまでも続ける人間なんかより、よっぽどできた人間だと私は思うよ」 


 カティナベルは驚いたように私を見つめ、目を瞬いていたが、誰の話をしているのか気づいたのだろう。表情を曇らせ、そっと目を伏せた。


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