日本の少女
まずは始まり。
どこが始まりなんだか、ちっとも分からないが、多分、私が日本で死んだのが最初だろう。
私は大学受験を前に、ちょっと心を病んでいた。
今思えば、私の人生は母親に取り上げられ、彼女のものとなっていたのだ。
小説はともかく、現実では人生に失敗したと思っても、ループして二週目に挑戦なんて、できやしない。
だから、私の母親は美少女だった私を支配し、人生を奪った。人生に失敗して、ネットゲームに逃げて廃人になってしまうのはよく聞く話だが、彼女はあろうことか、娘をアバターにした、リアルな人生ゲームを始めたのだ。
うまく行っている間はいい。母親はご機嫌だ。
だが、私が母親の理想に答えられないときが最悪だ。
うまく動かないアバターや、フリーズするゲームの画面にキレる人のように、罵詈雑言を放ち、気が狂ったように責め立ててくる。
結果、私は試験が近づくと情緒不安定になり、足元もおぼつかない状態に陥っていた。
きっと、一晩眠れば精神も安定して、勉強も捗ったんじゃないかと思う。
でも、追い詰められていた私は眠るのが怖くて、カフェインを求めてコンビニへと向かった。日本では女の子、しかも美少女だったので、今考えれば危険だったと思うが、あの時の私にまともな思考は難しかったのだ。
幸か不幸か、私はお巡りさんに条例違反だと咎められることもなく、コンビニで買い物を済ませ、帰ろうとしていた。
暗い住宅街。人気のない道を歩いていると、道の先に小さな影がフラフラと歩いていた。
真っ先に考えたのは、酔っぱらいや不審者じゃないか、ということ。
警戒しつつ、距離をとって追い抜こうとして、私は気づいた。
大きな荷物を持ったおばあちゃんが、フラフラと歩いていることに。
心配になって声をかければ、おばあちゃんは近所のマンションに住んでいるらしい。
私は荷物を持って、おばあちゃんを送ってあげることにした。
それが、間違いだったのかもしれない。
私は見知らぬ他人という、愚痴をこぼしやすい相手を見つけて、受験勉強の辛さを訥々と語った。
そのおばあちゃんは黙って話を聞いてくれて、相槌もうまく、私は短い間にだいぶ、心を開いていた。
だから、彼女に渡されたものを疑いなく飲んでしまったのだ。
気休めだけど、と渡された神社のお守りを彷彿とさせる小さな紙袋。
その中に入っていた小さな石の欠片。
持っているだけで、記憶力が良くなる石。
飲み込めば、決して忘れなくなる、なんて都市伝説みたいな迷信。
礼を言って受け取って、一人の帰り道。
私は薄紫の透明感のある石を街頭の明かりにかざした。
別に、本気で信じてた訳じゃなかった。
でも、プラシーボ効果って言葉もあるし、と深夜、睡眠不足でストレスに押しつぶされそうだった少女は、その小石を飲み込んでしまったのだ。
その瞬間、後ろから車の爆音が聞こえ――。
私はその短い生涯を閉じたらしい。