Reason 11
「でも、君は自分で好き勝手に人を殺した!」
いい加減にしろ。
我慢できなくて、ルイは糾弾した。
白々しい、知ったような口を、ルイが分からないことを、病気持ちのくせにつらつらと、気持ちが悪い、すごく、ムカムカする。
「そのとおり」
孔世ユウヤは、泣きわめく幼児の映像に手を伸ばして、落ち着いたトーンで言った。
「人を不幸にすれば、心は傷む。ボクらは、そんな大事な感情さえも分からないから、不安で仕方なかった。だから、ボクは憧れて手を伸ばしたんだ」
幼いあの日、泳葬場のガラス板越し、遙かに見えた光へ。
「そうして、ようやく掴んだ」
彼女の歌に導かれて。
孔世ユウヤの伸ばした手が、拳を作った。
掴んだのはきっと、埃だけだ。
「籐派セラさん。君に罪は無いよ。ボクはね、さっき、ああは言ったけれど、地球機構の連中がモルフの彼らを『駆逐』することを批難した訳じゃあ無いんだよ。その行動自体は仕方ないと思っている。ボクらは単純な生物じゃない、『人』なんだから」
そんなことは言われるまでも無いことだ。
地球機構の救助活動は、健全な社会を守るために行われた。そのことが悪いことであるはずが無い。
孔世ユウヤのような頭のおかしいヤツが罪だのなんだのと、偉そうに判断することじゃあ無い。
「モルフの彼らは役割に純粋になって、籐派セラさんと地球機構の連中は生存の努力をした。だから、きっと罪は存在しない。どちらも本質は同じもので、それはすなわち『悪意』と呼べるものじゃ無いから」
だから、と。
「咎人は唯の一人だよ」
孔世ユウヤは言うのだ。
「ボクだけが、このエリア27でただ一人、自分のために積極的に人を殺めた罪人だ」
戦争フィルムは再生を終えて、室内はピュアホワイトの照明に照らされた。
孔世ユウヤはルイの方をじいと見つめていた。
「途方もなく長い人類の歴史は、ボクらから『不必要』を剥がした」
一歩、孔世ユウヤは歩き、ルイは一歩を下がった。
「時代の変遷はリモート社会を選択し、接触を嫌った。人は人に触れなくなった。五感を媒介にした共感する能力は機会を失った」
今度はどんなおとぎ話を始めたのだろう。
辟易だ。
それよりも近づいてくるな、病気をうつそうとするな。
「地上を捨ててリセットしても、その因子を消しさることは出来なかった。モルフの制御のためにあつらえた、徹底した戒律は、ボクらを再び生んだ」
籐派セラは完全に自分だけに没頭している。
横を孔世ユウヤが通り過ぎても、永遠とぶつぶつと呟き続けるだけだ。
ルイは、孔世ユウヤから距離をとり続け、とうとう後ろに下がれなくなっていた。
「来るな!」
叫んだ。
頭が痛い、胃がぐっと持ち上がるような感覚、レーションの野菜スープが戻らないように口を押さえる。
孔世ユウヤは立ち止まった。
「恐ろしいよね。見たものを見たとおりにしか分からない。触れたものを触れたとおりにしか分からない。味もそのとおりに、音をそのとおりに、匂いをそのとおりに、それ以上には受け取れない。全てを自分の中だけで決めなくちゃいけない。共感し、感動することが出来ない。自分を侵すものが、どれだけ害になるのかさえ分からない」
まるで、孤独。
ルイは耳を塞いだ。
聞くな、理解しようとするな。
頭のおかしい孔世ユウヤを理解しようとするな。
だけど、孔世ユウヤの声は手の厚みを抜けてルイを揺さぶった。
「分かるよ、一人きりの世界は、怖いよね」
孔世ユウヤは眉を寄せ、今にも泣き出しそうな顔で言う。
泣きそうだなんて!
そんなことを理解出来るだなんて!
「ボクは虚勢を張って、君はカリキュラムに依存した。そうやって、不明瞭な世界から自分を守ろうとした」
「ちがう、ボクは、きみとは違う!」
ルイはカリキュラムに真剣だった。
幸福を信じて努力をした。
それなのに、それなのに!
「それこそ違う、ボクだけがこのエリア27できみと同じだった」
孔世ユウヤの声が聞こえた。
拒絶しても、感覚の向こう側から、ルイを攻撃してきていた。
ふと、気配が、柔らかくなった。
「大丈夫、ボクらが奪われた感覚は無くなってない。ちゃんと残っていた。だから、君は、カリキュラムを捨てなきゃ行けない、自分で考えなくちゃいけない。無意識に張り巡らしている拒絶の壁を払って、彼女の声を聞かなくちゃあいけない」
次の瞬間、
「ああ、あああアアアアッッ!!」
叫んでいた。
全てを吐き出そうと、気持ち悪さを、理不尽さを、現実を吐き出そうとルイは声を張り上げていた。
孔世ユウヤに触れられていた。
頬に、手を添えられていた。
いつそうなったのかを、ルイは理解していなかった。
自覚したときには、孔世ユウヤはルイの右頬に手を添えていた。
「ちがう、ちがう、ちがう!!」
こんなことは間違っている。
ルイは孔世ユウヤとはちがう。
カリキュラムに真剣に打ち込んできた。
みんなが憧れて、手に入れようとする『幸福』になるための努力をしてきた。
決まりを守り、社会を尊重し、カリキュラムを大事にしてきた。
「ねえ、カリキュラムが無くても、ボクらは生きていけるんだよ」
君は、自分の意思で決めることをしなくちゃならないよ。
ルイの努力を、全てを、否定する言葉を、孔世ユウヤは言う。
「目を覚ますんだ。ボクらの世界はずっと鮮やかで、触れても良いものだった。君だけが孤独でいる必要なんてないんだ」
触るな、離れろ。
ああ、でも、もうきっと手遅れだ、ルイの健康は無くなってしまった。
もうルイは全うじゃ無くなってしまった。
もうどうにもならない、病気をうつされてしまった。
「ああ、ああ……」
身体の力が抜けていく。
これからどうやって生きてけば良いのだろう。
病気になったルイでは健全な社会に居場所はない。
「助けて……」
いっそ、孔世ユウヤの言うとおりにしたらいいのだろうか、いつか彼は欲しいものがあると言っていた。
そして、どうやら彼はそれを手に入れたようだ。
それがあれば、ルイもまだ生きていけるのかもしれない。
へたり込んだルイに、孔世ユウヤは視線を合わせて、安心させるような微笑を向けていた。
「さあ、ルイ君――」
彼が空いた手をルイへと向けていた。
シェイクハンド
彼とは二度としないだろうと思っていた、友情の確認。
「ルイ君から離れてっ!」
劈くような、籐派セラの声。
孔世ユウヤが、並べてある机を巻き込んで横っとびに倒れる。
籐派セラが突き飛ばしたのだった。
目元を赤く晴らした彼女は小刻みに震えていた。
それから、くしゃりと顔のパーツを真ん中へ寄せて、そのままルイに覆い被さってきたのだ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ルイ君がいれば、私は大丈夫。ルイ君が見ていてくれるなら、私は大丈夫」
ハグしたまま、彼女はルイの耳元で『だいじょうぶ』を言い続けていた。
彼女の声はとても綺麗だ。
ぐちゃぐちゃだった頭の中に、彼女の声だけが響いてくる感覚は、とても心地が良かった。
孔世ユウヤなんて必要ない。
ルイには、籐派セラの声がある。
この声さえあれば、きっとまだ幸福を追求できる。
「そうか、そういうことか、地球機構の連中はとうとう目的にありつけたというわけか」
孔世ユウヤが笑っていた。
くつくつくつと、顔を押さえて、泣き出す直前みたいな顔で笑っていた。
彼が、横に伸ばした手で転がっていた机の脚を掴む。すると、脚はデスク部分から簡単に抜け、そして、先端部分は一人でに鋭利な突起状に変化した。
「あっ」
ルイが声を出し、籐派セラが振り向く。
ズチッ
ルイの目先、ほんの数センチ先、濡れた突起の先端がぬらりと光っていた。
それから、とっとっ、音が、落ちた。
特別教室の床に、赤い滴がぽつぽつと撥ねていた。
「ごめんね、籐派セラさん。君は重要な存在だ、地球機構の連中はなんとしても君を生かそうとするだろう。ボクらには時間が無いんだ、だから、ごめん」
孔世ユウヤはそう言うと、机の脚だった棒から手を放して、後ろに下がった。その目は、ずっとルイを向いていた。
「セラさん?」
ああ、なんてことだろう。
取り返しのつかないことになってしまった。
「か、はっ」
水に溺れたみたいな声。
籐派セラは二度と綺麗な声で話すことは無い。
「セラさん」
「……ぁ……」
彼女は二度とルイに答えてくれない。
籐派セラの喉は、貫かれていた。
ルイにとって一つだけの『綺麗』は、たった今、永遠に失われてしまったのだった。




