Reason 10
「さてどうしようか、ボクからは何を話したら良い?」
「教えてください、私たちの場所で何が起きているんですか!」
「なにって、君の見たとおりのことだろう? 人が人を襲って、地球機構が救助にやってきて、君たちは救助されようとしている。それ以外になんて言えば良いのさ?」
「ちゃんと答えてくださいっ!」
なんだかおかしいことになってきた。
さっきから籐派セラばかりが大きな声を出している。
孔世ユウヤは、意外なことにきちんと理性的な回答をしているのに、これじゃあまるでおかしいのは籐派セラみたいじゃないか。
「何で急にみんなおかしくなったんですか、だって、そうなる前は、みんな普通に過ごせていたじゃないですか。毎日起きて、学校に来て……」
「カリキュラムをして?」
「……っ!」
孔世ユウヤはわざとらしく肩を竦めた。
「避難生活で気づいたはずだよ、カリキュラムは極端に思考を統制、制限しようとしている。まるでそれ無しで生きていくことは罪だというようにね」
そんなものがなくたって、人は生きていけるのに。
孔世ユウヤが何を何を言っているのか、やっぱり理解できない。
カリキュラムを非難するようなことを言っているのは分かるが、それこそ間違いだ。カリキュラムがあるから、社会生活は維持されている。カリキュラムがあるから生活に、幸福が保証されている。
「本来、罪の所在には、心の在処が伴わなければならない。箇条書きされた文字の羅列に照らし合わせて根拠にするなんて、不道徳だよ」
違う。
罪とは社会全体に不利益をもたらすことを言うのだ。
ルールは多数の幸福を維持するための迅速なシステムで、それを守ることは社会の責任を持つ一員として当然のことなのだ。
「それなら、人殺しが正しいことだって言うんですかッ!」
孔世ユウヤは顎に手を添え、首を傾げてから答えた。
「彼らにとってはイエスだ」
何を言っているのだ。
イエスな訳がない。
ルイや多くの人間がこれまでの生活に支障を来し、不自由を強いられる事態になっているのに、それが正しいことだって?
「言ったはずだよ、断罪には心の在処が伴われるべきだ。人を殺す役割を持って生まれた彼らにとって、それを薬剤とプロパガンダを使った思考統制で歪めようとする方がよっぽど不健全だ」
「役割?」
籐派セラが初めて聞いた言葉を復唱するみたいに、ぎこちなく繰り返した。
「『共食いモルフ』」
孔世ユウヤが言うのと、後ろのスクリーンで砲弾を浴びた人間の首が飛ぶ映像が重なった。
「過密化したコミュニティには、それを抑制するために生態系が仕組んだプログラムが働く。同種の捕食を役割とする彼らは異常な発達と、その役割を果たそうとする欲求を生まれながらに持ち合わせている」
つまりと、孔世ユウヤは芝居がかった動作で机から降りて、腕を組み、続けたのだ。
「彼らはおかしくなってなんかいない。彼らは純粋になっただけで、利己的意思や目的、思想をもって人殺しをしているわけじゃない。だから彼らの存在を悪として、断罪だって、死んで当然だって地球機構の奴らが排除するのをボクは邪魔した。ささやかな抵抗だって分かってる。だけれど、きっと数日はようやく手に入れたボクらや彼らのバカンスを続けることができる、これはどんなことよりも価値のあることだよ」
「……」
絶句だ。
あれほど勢い込んでいた籐派セラも言葉を失っていた。
孔世ユウヤがイカレだとは十分承知していたが、それでも足りなかったらしい。
悪意が無ければ人殺しをしても良いなんて、バカバカしいにもほどがある。
人命を尊ぶことは、カリキュラムでも重要に設定されている。
社会生活を維持しなければならないのも、今と未来の人命を多く守るためだ。それを害することはもちろん悪で罪だし、それらを破壊した彼らは病気持ちで、まともじゃ無い。
ルイは努力をしてきた。
幸福に生きるためにカリキュラムを遵守してきた。
ルイ以外にもたくさんの者がやってきたことだ。それを破壊しておいて、どうして大きい顔をされなくちゃ、ならないのだ。
「違う! ちがう、ちがう、だって、だって、そんなの!」
そうとも、違う、言ってやるんだ、籐派セラ。
間違っているのは孔世ユウヤだ。
幸福には努力が必要だ、それを諦めた病気持ちどもにしてやる配慮なんて要らないんだ。
「じゃあ、じゃあ、あなたたちは『人間』なの?」
弾劾を期待したのに、籐派セラの声はとても小さくて、自信がなさげで、震えていた。
「セラさん」
励まそうとしたが、籐派セラは首をゆっくりと動かしてルイを見た後、ぎゅうと瞼を瞑ってしまった。
いったい、なんだというのだろう。
籐派セラのことがまるで分からなかった。こんな反応は、これまでのルイの人生の中には無かった。
彼女が怒っているのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのか、ルイにはまったく分からなかった。
だというのに、孔世ユウヤには分かったみたいだった。
「そうか、やけに必死だから不思議に思っていたけど、そういうことか」
孔世ユウヤの声は自分勝手な病気持ちらしくない、気遣いをする声音だった。
「籐派セラさん、君にとって、彼らが人であることは受け入れがたいことなんだね」
君は、と言いよどみ、孔世ユウヤはとんとんと、机を指で叩いてから、もう一度口を開いたのだ。
「君は、殺めてしまったんだね」
「っ……」
ひゅうと息を呑むのが聞こえた。
籐派セラはバンっと机に手を突いて、その場に座り込んでしまった。
口元を抑えて、目を大きく開いた彼女は、「だって、だって」と繰り返していた。
不衛生な環境と思い通りにならない状況は、ルイが思っていた以上に彼女のストレスを与えていたようだ。
「セラさん、落ち着いて。大丈夫だよ、セラさんは間違ってなんていない」
禿げ中年教員の受け売りだった。
彼はルイを呼び出して座らせると、毎回『どうしてあんなことをしでかしたんだい?』から初めて、ルイが答えると、『そうか、うん、君の考えは分かったし、正しいとも思う、だけどね、こうも考えて欲しいんだ』と続けていた。そうしてから、一通り、ルイが改善すべき点と、かくあるべき理想を語り、その倍の時間の自分語りをした。
まさか、あの無意味に思えた特別カリキュラムの経験が役に立つとは、分からないものだ。
「私は、人を殺したんだよ? あの人は、倒れて、動かなくなって、私はそれを放って逃げて、忘れようとした、蛇口から流れる水で全部流してしまおうとした」
やっぱり役に立たない。
籐派セラは少しもリラックスしていなかった。
命は尊ばなければならない、カリキュラムでも言っている。
でも、それを先に破ったのは病気持ち達だろう。自分の生命の維持のために努力をして、結果、病気持ち達の側が死ぬなら、何の問題があるだろう。
カリキュラムを放棄し、社会的責任にツバを吐いた彼らと、それらを遵守する意思がある命なら、圧倒的に後者が優先されるべきだと思う。
だって、そのほうが、より多くのカリキュラムを全うできるのだから。
だいたい、病気持ちどもを殺すことは地球機構がやっていることだ。つまり、病気持ちどもの命は地球機構の保護下ではないのだから、どうなったって、構いやしないだろう。
分かりそうなものなのに、籐派セラは、気づけていないのだろうか?
「分かるよ、命を奪うことは、どこか、自分を殺しているような感覚になる」
孔世ユウヤが言った。
よりにもよって、きっと一番性の悪い病気持ちが、あの日、ルイの目の前で何人も殺して、教室を不衛生にした人殺しが、人殺しに悩む籐派セラに『分かるよ』なんて言った。
声のトーンを落とし、一言強くしすぎない程度に、しかし、しっかり発音する。
誰かにアドバイスや共感を示すときに使うトーン。
ルイには分からないのに、またしても、孔世ユウヤが、理解をしている。
「……え?」
籐派セラが小さく首を上げ、彼を見る。
「命を奪う感触は、例え、どんなものを間に通したとしても拭えない。まるで、高い場所に立ったような、胸の下あたりが切り取られて、自分のものじゃ無くなったような、それこそ、自分が死にかけているみたいな、そんな不安に空虚に引き込まれる」
孔世ユウヤは、投影される戦争フィルムの、次々と切り替わる凄惨な映像を見ながら語った。
籐派セラは、孔世ユウヤの一言の度に、身体を震わせて、自分を抱き締める力を強くしていた。




