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第6章 夢

〜あの時は本当に驚きました。

あんなに元気だったあなたのおばあさん・・・ 

朝、いつものように教室に行くと、隣の席にあなたの姿はありませんでした。

いつもそこにいるのが当たり前だったあなたの姿がないだけでこんなに世界が違って見えるのを痛感しました。

そして、平野先生が朝礼であなたのおばあさんが亡くなったことを告げました・・・






 学校が終わると、史也は真弓の家までひた走った。

僕が彼女の家に行くと、いつも、手作りのお菓子と紅茶を持って来ては自分の若いころの恋愛話をするのが好きだったおばあさん・・・ 昨日もそうだったのに・・・


 葬式になど出たことのなかった僕は、受付の前でどうすればいいのか分からず、ただじっとたたずんで、黒い服を着て葬儀に掛け付ける人たちを眺めていた。

 受付のテントの奥から、制服を着た真弓が姿を現すと無意識のうちにそっちの方へ歩いて行った。

「島田さん・・・」

史也に気がつくと真弓はニッコリ笑ってテントの外まで出てきてくれた。

表情は明るかったが目は真っ赤で瞼は少し腫れているようだった。

きっと、たくさん涙を流したに違いない。

「来てくれてありがとう」

「大丈夫?」

「うん・・・」


 史也は真弓に案内されて、おばあさんの霊前に向かった。

線香をあげると飾られている写真をじっと見つめた。

そして、(ひつぎ)に横たわるおばあさんの顔をみた。

今にも起き上がって微笑みかけてくれそうなほど安らかな顔をしていた。

 焼香を終えるとなおらいの席には着かず、そのまま式場を後にした。

帰り際に真弓がそっと耳打ちをした。

「明日、お別れがすんだら一緒にいてくれる?」

「ああ。気をしっかりな」

「大丈夫だよ。いつまでも泣いていたらおばあちゃんに怒られちゃうよ」

「そうだな」

「じゃあ、お手伝いがあるから行くね」

そう言って真弓はお勝手の方へ走って行った。

 史也が帰るのと入れ替わりに、担任の平野がやってきた。

「里中、島田の様子はどうだ?」

「結構、辛そうです」

「そうか、あすの告別式はクラスを代表して出てくれるか?先生は出られそうにない」

「もちろんです。学校をさぼってでも出るつもりでしたよ」

「こいつ!」

平野は史也の頭を軽く小突いた。

「しかし、なんだかんだ言っても、お前たちはいいコンビだと思うよ。これからもしっかり支えてやるんだぞ。それが男ってもんだ」

そう言うと、平野は受付の方へ歩いて行った。


 告別式には史也と書記の二人がクラスを代表して出席した。

「いいおばあちゃんだったよね」

書記の一人久保(くぼ)佳子(よしこ)が言った。

「そうだよ!だって、一昨日(おととい)もクッキーを焼いてくれたんだよ。信じられないよ」

もう一人の書記、原田(はらだ)直美(なおみ)も故人を(しの)んでそう言った。

書記の二人は真弓と同じ小学校の出身で、真弓の祖母をよく知っているようだった。

 史也は焼香のとき、遺族の席に座っている真弓の様子をチラッと見た。

そこにはいつものように平然とした真弓の姿があった。

史也は昨夜の真弓の言葉を思い出した。

『いつまでも泣いていたらおばあちゃんに怒られちゃうよ』


 真弓のたっての希望で、史也も火葬場まで付いて行くことになった。

「じゃあ、先生には私たちから報告しておくわね」

本来なら、史也たちはこの後、学校に戻って午後の授業を受けなければならない。

史也が家族の希望で火葬場まで行くことになったことを担任の平野に久保佳子と原田直美が伝えておいてくれることになった。

「よろしく」

そう言って史也はマイクロバスのドアを閉めた。

佳子と直美は、他の参列者とともに走り去っていくバスを見送った。


 火葬場の煙突からは穏やかな煙がまっすぐ天に昇って行く。

屋外のベンチに並んで腰かけていた史也と真弓は、その煙を黙って眺めていた。

やがて、真弓が口を開いた。

「私ね、看護婦になるわ。本当は医者になりたいけど、今から頑張っても医大なんか無理だし・・・だから看護婦になる。ごめんね。一緒に行けなくて」

「昭和女学館に行くんだね・・・」

昭和女学館は看護科がある女子校だ。

中でも、看護科は看護実習があるので、全員、母体の大学病院の看護婦寮に入ることになる。

そろそろ進路を決めなくてはいけないこの時期、史也と真弓は地元で共学の普通科高校を一緒に受験するはずだった。

「じゃあ、寮に入るわけだ」

「うん・・・」

「がんばれよ!」

真弓が史也の体を預けてきたので史也は真弓の肩をそっと抱いた。

煙突の煙は相変わらずまっすぐに立ち上り、やがて空に吸収されて行った。


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