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第19章 新しい恋の始まり


~今でもあなたは僕にとって理想の女性であり、最初で最後の初恋の人であることに変わりはありません。 大切な想い出として僕の心の中にしまっておこうと思っています。 人の気持ちなんて時とともに変わっていくものかもしれませんが、そのことだけは一生の宝ものとして、いつまでもボクの心の中で行き続けて行くんだと思います・・・






 香奈は史也の原稿に目を通していた。

結局締め切りには間に合わなかったが、史也にはそんなことはどうでも良かった。

初めて自分自身で書き上げた小説であり、納得のいくものができたと思った。

 無言で原稿を読んでいる香奈の表情を見守りながら、読み終わった後の香奈の評価が気になって仕方なかった。

やがて、香奈が原稿を静かに机の上に置いた。

香奈はメガネをはずし、両手を高くあげて伸びをする。

左右の手を交互に首の辺りにあてて再びメガネをかけてから史也の顔を見た。

そして軽い笑みをうかべながら立ち上がると、史也の頭を撫でてから抱きしめた。

「よくやったな! さすが、私が見込んだだけのことはある」

「でも、結局間に合いませんでした・・・」

「いいさ。 コンクールなんて関係ないさ。 締め切りに追われて無理やり仕上げた作品だったらたとえ間に合っていても応募しなかったからな」

「部長のおかげです・・・ でも、とりあえず、離れていただいても・・・」

「おう、ワルいワルい! こんな色気もない女に抱き締められても嬉しくないか!」

本当はもっと抱きしめていてほしかったが、なんといっても、ここは大学のなかの学食で、昼時だということもあって大勢の学生が見ていた。

「そんなことはありませんよ! 部長はとても素敵な女性だと思います」

香奈は豆鉄砲でも食らったように、一瞬、キョトンとして照れ臭そうに頭を掻いた。

「そうか・・・ よしっ! じゃあ、今から飲みに行こう! 里中のオゴリでな」

「なんでそうなるんですか? それにこんな時間からやってる店なんかないでしょう?」

「気にするな! いいからついて来い」

そう言って香奈は史也の腕を引っ張って学食を出て行った。




 真弓がナースセンターで担当患者のカルテをチェックしていると、沙織が近付いてきて額に手を当てた。

「もう、すっかり大丈夫みたいね」

「大丈夫も何も、私・・・」

「いいから、いいから。 それで、木下先輩とはうまくいったの?」

「えっ!」

「病院の中では秘密なんてあってもないのと一緒。 特に男女の話は飛脚より早いの」

「飛脚って・・・」

飛脚はともかく、どうやら、昨日、広之と食事をしたことが病院の中ではもう噂になっているようだった。

「気をつけなさい。木下先輩はともかく、佐藤先輩は歩くスピーカーと呼ばれてるくらいだから」




 休憩時間に広之と弘樹は喫煙所でタバコを吸いながら、お互いの担当患者の病状などを話していた。

すると、弘樹が急に話を変えて広之に詰め寄った。

「ところで、聞いたぞ! いつからそうなんだ?」

「なにが?」

「あの子とデートしたんだろう?」

「あの子? ああ・・・ 何で知ってるんだ?」

「みんな知ってるさ。 病院常の噂だぞ」

広之は急に血の気が引くのを覚えて、喫煙所を飛び出した。

そんな広之に弘樹は背中越しに声をかけた。

「おーい、今行ったらかえってややこしくなるぞ。 まあ、いっか」




 香奈は史也を連れて酒屋に入ると、缶ビールを両手に抱えられるだけ抱えてレジのカウンターに置いた。

「里中、何してるんだ? 早く来て金を払ってくれ」

史也は、納得いかない部分もあったが、つい、香奈のペースに乗せられて財布を開いた。

店の店主が 「二千三百八十円です」 と値段を告げる。

「えっ?」

財布の中には千円札が二枚しか入っていなかった。

「なんだ、シケてるなあ」

香奈が後ろから史也の財布の中を覗き込んで呟いた。

「いいや、今日は払っとくわ。 里中、貸しだぞ」

香奈は呆然と立ち尽くす史也の腕を掴むと、再び史也を引っ張って歩きだした。

10分ほど歩くと、真新しいマンションに入りエレベーターに乗り込んだ。

そして、いちばん上の“7”の数字を押した。

エレベーターを降りると、突き当りの部屋のドアに鍵を差し込んで史也を部屋に押し込んだ。

きれいに片づけられたリビングの真ん中にあるテーブルに缶ビールをおくと、冷蔵庫からキャビアを持って来てテーブルの前の腰を下ろした。

「なにそんなところで突っ立ってるんだ? 早く来て座れよ」

史也は、あっけにとられて、何が何だか分からないまま、とりあえず、香奈の向かい側に座った。

「部長、ここって・・・」

「おう、私の家だ。 人を連れてきたのは里中で三人目だ。 と言っても、前の二人は引っ越し屋だから事実上は里中が初めてだ」

「一人暮しなんですか?」

「おう、だけど親のすねをかじって買ってもらったわけじゃないぞ。 自分で稼いで買ったんだ。 これでな」

そう言って香奈は万年筆を1本取り出した。

「自分で? それで一体いくらしたんですか?」

「三千八百万」

「三千・・・ 部長って一体・・・」

「まあ、そんなことは気にするな!さあ、飲もうぜ」

史也は言葉に詰まって何も言えなくなった。




 香奈はほとんど一人で缶ビールを飲み干すと、その場で大の字になって寝てしまった。

史也はそっと香奈の眼鏡を外し、何か掛けるものはないか辺りを見回した。

すると、突然、香奈に腕を掴まれ引っ張られた。

そのはずみで史也は香奈の上に倒れ込んだ。

「里中、今日は泊まって行け」

そう言って香奈は史也を抱きしめて唇を合わせた。




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