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第17章 頼もしい仲間

~縁がなかった・・・ そう言ってしまえばそれまでですが、考えようによっては変えて良かったのかも知れませんね。 確かに、そう言う意味での縁はありませんでしたが今こうしてあなたへ手紙を書いている僕がいるのも“縁”と言えるのではないでしょうか・・・ そばにいられないのはとても残念ですが・・・






 パーティーが終わると、真弓と史也だけが取り残された。


真弓の両親は親戚の家の新築祝いに呼ばれていてまだ帰って来ていなかった。

史也が真弓の家に来た時、玄関ですれ違った真弓の母親が今夜は遅くなるかもしれないからその時は真弓を頼むといったような言葉を史也にかけた。

父親もその言葉を聞いて、何も言わず、史也に微笑んで出かけていった。


 真弓は台所で後片付けをしている。

史也はその後ろ姿を何となく眺めていた。

客間の仏壇の上の長押(なげし)には亡くなった真弓の祖父と祖母の写真がそれぞれ掛けられていた。

史也はその写真に目を移すと、真弓の祖母がまだ生きていた時のことが昨日のことのように頭の中にあふれてきた。

「もう3年半経つんだなぁ・・・」

史也がそう呟くと真弓は洗い物をする手を止めて史也の方を振り返った。

「なにが?」

「お婆ちゃんが亡くなってからからさ」

真弓は洗い物を中断して、史也の隣に座った。

「そうね・・・ ここに帰ってくると、今でもおばあちゃんの声が聞こえて来そうで。 あのクッキーがもう食べられないんだと思うと悲しいな」

そう言って真弓は史也の肩に頬を預けた。

「お婆ちゃんがなくなって、看護婦になるって決めたんだよな」

「そうね・・・ ねぇ、里中君? 今晩は泊まっていかない?」

真弓の目からは今にも涙が溢れ出てきそうだった。

史也は黙って頷いた。

そして、その時のために気力を蓄えなければと思った




 香奈が部室を出ると、廊下で西山孝信とすれ違った。

通り過ぎようとした孝信の手を掴んで引き寄せると無理やり引っ張って行った。

「ちょうどいいところに来たな。 ちょっと、サテンにでも付き合ってくれ」

孝信は香奈の手を振りほどいて怒鳴った。

「部長、人の都合も考えて下さいよ。こっちだって、色々と忙しいんですよ。 これから里中に・・・」

「いいから、付き合え! 里中は今それどころじゃないわ」

孝信の言葉を途中で遮って香奈は無理やり孝信を連れ出した。


 史也はあふれる涙を拭いながら、自分の気持ちにけじめをつけようとしていた。

孝信の怒鳴り声が聞こえたので、入り口のドアの方に目を向けるとさっきまでいたはずの香奈の姿はなかった。

史也は、香奈が気を使って一人にしてくれたんだと思った。

「よし! 進しかないな」

そう言って立ち上がると、史也は部室を出て香奈たちの後を追った。




 真弓の両親は、居心地のいい親戚の新居に一泊することになったらしい。

真弓が寂しそうだったので史也は真弓の家に泊まることにした。

真弓の部屋に布団を並べて敷き、史也が横になると真弓が部屋の電気を消した。


史也は昨夜の真弓の無邪気な姿を思い出していた。

あんな真弓の表情は本当に今まで見たことがなかった。

そう考えるとあの時の嫌な予感は確信変わった。

 電気を消してから真弓は一言もしゃべらない。

同じ部屋で一緒に寝ているのに自分の周りにだけ空気がないように息苦しい。

史也の予感・・・ 既に確信に代わっているそのことが事実ならそろそろ真弓が口を開くに違いない。

そうならないことを願って、史也はそっと目を閉じた。


 何時間たったのだろう? 史也はなかなか寝付けなかった。

時計を見るとまだ1分もたっていなかった。

そうこうしているうちにやがて、真弓が口を開いた。

「ねえ・・・」

史也は眼を閉じたまま、その言葉を受け入れた。

「・・・わたし、里中君のことが好き。 でも、ダメなんだ。 仕事のこともあるけど・・・」

史也は真弓が何を言いたいのかよく解っていた。

「・・・ごめんなさい・・・ うまく言えない・・・」

「大丈夫。 ちゃんと解った。 何年付き合ってると思ってるんだ?」

史也にはそれが精いっぱいの言葉だった。

「ごめんなさい・・・」

布団を頭までかぶって背中を向けた真弓の声にならない鳴き声がほんのかすかに聞こえたような気がした。 

『ごめん、もっと慰めてあげたいけど、俺にももうそんな余裕はないんだ』 

史也は心の中でそう呟くと、天井を見つめたままピクリとも動かず、唇をかみしめた。

そして、やがて自然に目を閉じた。




 校舎を出ると、相変わらず孝信の手を引っ張って歩いて行く香奈の姿が見えた。

史也は走って二人に追い付くと、香奈の肩に手をかけ、息を切らしながら言った。

「おいてけぼりはないでしょう! 僕もお供しますよ。 って言うか、これからみんなで気晴らしに行きましょうよ」

史也の迷いのない表情を見て香奈はニヤリと笑った。 

『どうやら吹っ切れたか』 

「よしっ! お前が総うなら付き合ってやる! 当然の前のオゴリなんだろうな?」

「もちろん・・・」

史也は即答したものの、“オゴリ”と言われて焦ったが、田舎から戻るときに母親から生活費を貰っていたので何とかなると思った。

その分少しだけ質素に暮らせばいい。

なにより、今は自分を前に向かせてくれた香奈になんでもいいから感謝したい気持だった。

「ところで、そこに連れて行ってくれんだ?」

「遊園地」

「はぁ? 遊園地? お前もまだまだガキだなあ。 まあ、いいや! 早く行こう。 モタモタしてたら日が暮れちゃうわ」

そう言って香奈は両手に男を抱えて歩きだした。

香奈に引っ張られながら、訳の分からない孝信は史也に向かって首をかしげながら呟いた。

「一体どうなってるんだ? なんだか、いつもおれだけカヤの外みたいな気がする・・・」

「グダグダ言ってないで、ついて来い!」

 史也は改めて思いなおした。

自分のまわりには、こんなに頼もしい仲間がいる。

そう! こんなに頼もしい仲間が。


熱気を含んだ風が一瞬、史也たちに向かって吹いた。

珍しくヘアバンドをしていなかった香奈の長い髪が風になびいた。

その瞬間の香奈の横顔は、今まで見ていた部長の顔ではなく、とても素敵な一人の女性の顔に見えた。


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