第15章 いやな予感
~とかく、地方の町ではゆっくりとした空気が漂い、そこに住む人たちもゆっくりとした時間を過ごしているのだと持っていました。 だから、いつまでも変わらない・・・ そういう風に高をくくっていた僕が甘かったということでしょうか・・・ 僕は僕なりに、なるべく変わってしまわないように生きていこうとしていましたが、気がついた時には僕だけがおいてけぼりを食ってしまっていたとは・・・
この窓際の席からは夜の街が一望できる。
静かな地方都市といえど、繁華街は様々な色のネオンがきらめいている。
それに誘われるように彷徨う人々を眺めながら広之はバドワイザーの瓶を手にした。
一口飲んで、遠くの方に目をやると、その辺りは明かりもまばらで、ここが小さな田舎町だということを否応なしに思い知らされる。
しかし、広之はこんな田舎町が好きだった。
腕時計をチラッと見ると、8時を少し回っていた。
「ちぇっ! 弘樹のヤツ、相変わらず時間にルーズだなぁ・・・」
30分前に店に着いたから余計に待たされているように思えたのだが、こんなことにはもう慣れてしまっていた。
弘樹とは高校からの付き合いで、かれこれ10年近くなるだろうか・・・
そんなことをふと考えていると、背中の方から聞きなれた声が聞こえた。
「相変わらず時間には正確だな」
弘樹はそう言って広之の肩にポンと手をおくと隣に腰かけた。
手には既にハイネケンの瓶を持っていた。
「珍しいじゃないか。 今日は10分しか遅れてないぞ」
弘樹はひきつった笑いをかみ殺すようにハイネケンの瓶を掲げた。
広之もバドワイザーの瓶を持ってお互いの瓶を合わせた。
「まあ、たまにはそういう時もあるさ。 それより向こうのテーブル席を見てみろよ。 お前のムスコを可愛がってくれた子が他の男と来てるぞ」
弘樹が差した方を見ると、そこには島田真弓がいた。
確かに知らない男と一緒だった。
史也は真弓に案内されて入ったこの店が何となく気に入らなかった。
自分でもどうしてだか分らなかったが、何か嫌な予感がして仕方なかった。
「こんな店あったんだな・・・」
すると真弓は得意そうにこう言った。
「この町にはちょっと似合わないけど、なかなか良い雰囲気でしょう? デートにはピッタリよね」
未成年ながら、史也は佐々岡香奈に付き合わされてよく飲みに行っていたのだが、真弓がこういう店を知っているのは意外だった。
確かに、大学生のような若い客が多い。
メニューにもソフトドリンクの種類が豊富で、そういう客を相手にしているのはよく分かる。
「よく来るのか?」
「ううん、一度だけだよ。 新人歓迎会の時に・・・ ははぁ~ん、未成年なのにお酒を飲んでるんじゃないかと疑っているのね」
「いや、酒なら俺もけっこう飲みに行くから」
「じゃあ、浮気とか?」
「いや・・・」
「大丈夫だよ! そんな時間なんてみじんもないくらい忙しいし、今は早く仕事を覚えたいからそれどころじゃないわ。 それより、里中君こそ誰とお酒を飲みに行くのよ?」
「ああ・・・ サークルの部長で・・・」
「なんだ、つまんない! 同級生の女の子とかじゃないのね」
「まあ、同級生じゃないな」
サークルの部長だということで、真弓は、それが男だと思い込んでいるようだったが、史也もこの時は佐々岡香奈とは間違っても男女の関係になりえるわけもないと思ったので、敢えて否定はしなかった。
広之は、真弓が来ていることに気が付いてからはどうにも落ち着かなかった。
弘樹の話もろくに耳に入らなかった。
「おい、聞いてるのか?」
広之の様子があまりにも上の空なので弘樹は痺れを切らして口にした。
「そんなにあの子が気になるなら、一緒に飲もうじゃないか」
そういうと弘樹は急に席を立って、真弓たちがいる方へ歩いて行った。
「お、おい! ちょっと待てよ・・・」
史也は、ふと、窓際のカウンター席から歩いて来る男に目がとまった。
その男は、ハイネケンの瓶を持ったまま、真っすぐにこっちへ歩いて来る。
そして、真弓のそばまで来ると、真弓の肩に手をおいて史也に向かってウインクをした。
史也は一瞬驚いた。
いきなり肩に手をおかれた真弓も驚いたようだったが、男の顔を見ると笑顔に変わった。
「佐藤先輩!」
「やあ、奇遇だね! そちらのいい男は彼氏かい?」
「はい! そうです。 中学の時から付き合ってます」
「そうか・・・ そいつは残念だ・・・」
そう言って、弘樹は広之の方を見た。
「向こうにいる男は俺よりももっと残念がるだろうな」
その言葉を聞いて真弓が振り向くと、そこには木下広之がいた。
目が合うと、真弓の顔がほんのりと赤くなった。
史也は、そんな真弓の表情を見逃さなかった。
「知り合いなのか?」
「うん! 同じ病院の先輩なの」
そう言って真弓は広之に向かって手を振った。
すると、広之も小さく手を振って返してきた。
「ここで会ったのも何かの縁だ。 合流してもいいかな?」
そう言って弘樹は二人の顔を交互に見た。