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第13章 帰郷


〜僕が自分の夢に向かって歩き出そうとしている時、あなたはすでに現実と向かい合っていたんですね。遠く離れた場所に来てしまった僕には、駅のホームで手を振っていたあの時のあなたの姿しか思い出せなくなっていました。それでもまだ、夏休みに帰郷した時に見たあなたはあの時のままの姿だったような気もします・・・






 部長の佐々岡香奈と二人の部員。

部長の佐々岡香奈は小説というより、地域で発行されている新聞や雑誌のコラムなどをアルバイトで書いていることが多く、小説的なものに取り組んでいる様子がまるでなかった。

二人の部員のうち一人は史也なのだが、もう一人の部員をまだ見たことがない。

そんなことふと考えていると、香奈が一冊の同人誌を見せてくれた。

付箋が貼ってあって、そのページにはその同人誌のコンクールに応募された作品の新人賞の佳作の作品が掲載されていた。

小説のタイトルは『街』作者を見ると・・・

「!」

作者は『佐々岡香奈子』となっていた。

「部長、これって部長の・・・」

「う〜ん、ちょっと違うんだなあ・・・ その子がここのもう一人の部員なんだけどね」

「えっ?でも、この佐々岡香奈子って部長のペンネームか何かじゃあ・・・」

「そう、その通りよ。 ほら、この大学って部員が3人以上じゃないと学校から予算がもらえないよ。 しれがたとえ幽霊部員だとしてもね」

史也は唖然として一瞬、言葉がでなかった。

「名前が違うだけの同一人物じゃ、幽霊部員にかじゃないですか? ばれたらどうするんですか?」

香奈はまるで他人事のように頷きながら手に持っていたペンを指先でくるりと回している。

「そこなのよねぇ〜 里中、この際だからお前もペンネームで部員登録しろ」

「なにバカなこと言ってるんですか? 生身の体を持った部員を入れないとやばいんじゃないですか?」

「おっ?生身の体・・・ お前、結構いやらしいことを言うな」

史也はこのまま二人でしゃべっていても埒が明かないと諦め部室を飛び出した。

ドアの向こう側からかすかに香奈の声が聞こえた。

「お〜い、今日は新人の歓迎会だからそれまでには帰ってこいよ」


 まったく、外見と中身がこんなに違い人も珍しいよ。

史也はそう思いながらも下宿に帰ってきた。

食堂に行くと、案の定、一人の男がソファに寝転がって漫画の本を読んでいた。

「西山、ちょっと付き合ってくれ!」

史也は西山(にしやま)(たか)(のぶ)の腕をつかむと、無理矢理外に引っ張って行った。

「おい、里中! いったいどうしたって言うんだ? 俺をどこへ連れて行くつもりだ?」

「いいからついて来い!これから女を紹介してやる!」

「何! 女?」

孝信はわけが分からず、史也について行くしかなかったが、女を紹介してくれると言った史也の言葉に心なしか目元が緩んでいた。


 史也が孝信を連れて赤ちょうちんの暖簾をくぐると、既に香奈は生ビールのジョッキを半分ほど開けていた。

「よう!里中、遅いぞ。 ところでそいつは誰だ?」

「三人目の生身の体ですよ」

こうして孝信はわけが分からないまま、“ライターズクラブ”の部員にされてしまった。



 7月に入って夏休みになると、秋のコンクールのための作品を仕上げるように香奈から念を押されたものの、初めての夏休みは故郷で過ごすと史也は決めていた。

そう、久しぶりに真弓の顔を見ることができるのだ。


 ホームに降りた史也は、走り去る電車を見送りながら感慨にふけった。

ほんの数か月前までここで暮らしていたのに、もう何年も帰ってきていないような懐かしさが込み上げてきた。

 改札口に向かって歩き出そうとした史也はいきなり後ろから目隠しをされた。

「だ〜れだ?」

ほど良い温かさがあって、ほっそりとした指の感触には確かに覚えがあった。

史也はその手をそっと顔から外して振り返った。

「お帰り!久しぶりだね」

屈託のない笑顔を浮かべている真弓の姿は、まさに、あの日のままだった。

少なくともこの時はそう思っていた。







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