二人の進撃開始
でっぶりとした人間とオークのハーフと思われる町の顔役は、訪問してきた連中の一人が、自分の護衛の顔を殴ったとき、ニヤリとして、彼の決まり文句を楽しみながら待った。つい最近、町に入って来た男女が、町のチンピラ連中をまとめて、自らがトップとなるグループを作り、団体登録を要求してきたのだ。この種のことは、登録する慣習になっている。身分保証もあって不可欠で、この町では、勿論町の公務なのだが、実際は彼が仕切っており、彼の事前の了解と推薦状なしには、町の登録は絶対にされない。よそ者に簡単に了解してやらないという気持ちとこの二人のグループには既存のグループに属していた連中が多く、そうした意味からも、簡単には認めるつもりはなかった。しかし、待っていた言葉は聞こえず、代わりに大きな、鈍い音が聞こえた、何かが砕ける音だった。音の方向を見ると、護衛の巨体が部屋の壁にめり込んでいた。この時に到っても彼は落ちついていた。オーガとトロールのハーフの彼は、壁や塀にめり込んでから、直ぐに立ち上がったことは何度もあったのだ。しかし、彼は何時までたっても起き上がってこなかった。
「力が入り過ぎたよ。殺してしまったようだ。どうも、力が強く入りすぎるな。」
「やっぱり、お兄様、力が増しているんじゃないの?それで調整出来ないのでは?」
二人の若い男女がそんな呑気な会話をしているのを聞いて、彼はかえって逆上した。
「こいつらを殺してしまえ。」
待ってましたと、彼の自慢の部下達が飛び出してきた。
一瞬、火球が弾け、剣が抜かれ、拳が唸るのが見えた気がした。が、いつの間にか、部屋の中にいる自分の部下達は全て、炭になったか、頭を失って、或いは八つ裂きになって血の海に倒れていることに気がついた。
「やっぱり手加減が出来ていないな。」
「私も。思っているより、力が出ちゃうようだわ。」
「お互いに、力の加減をもっと練習しないといけないな。ところで、登録の件はどうなったんだったけ。」
「お兄様。大丈夫よ。こちらの方が、今すぐ、命に代えても、行ってくれるそうだから。」
「それは、ありがたい。」
二人は、もてあそぶような残忍な笑いを浮かべて、震えている男の方を見た。
「ああ、それから色々教えてほしいことがあるんだが。」
いたぶるような目で見据えた。
魔界との国境に近い町、トロンの役場は朝から騒然としていた。犯罪者の賞金の払い出しと似顔絵、略歴が書かれた羊皮紙が貼り出されている部署に数人の男女がやって来て、十数人の高額賞金首の正に首を持って現れて、賞金の支払いを要求したからである。係の者は狼狽した。こういうことは初めてであり、賞金額が大き過ぎてすぐには用意出来そうもないこともあったが、この種の人間達は町の、よく言う暗黒街の顔役、その関係者やその客人だったりするので、特殊な事情や有力者の許可がないと、ここに首なり、捕縛された本人が連れてこられることはない。
「お兄様。あの人達の許可が必要なのではないのかしら?」
「では、聞いてみようか?」
カツマとミヨが素人芝居のようなやり取りをして、ある物を大きな袋から取り出した。二人が取り出したのは男女4人の首だった。“ヒィー”と窓口の男女は叫びかけた。何度か顔を見、自分達を恫喝もした連中の首がそこにあった。この町の暗黒街の顔役達である。犯罪者ではあるが、それなのに賞金はかけられていないから、誰も危険を冒して狙おうとはしない。殺しても罪に問われないが。
「お兄様。あの方々からも頼んでもらいましょうかしら?」
「どちらがいいかな?二人とも呼ぶか。」
「それがいいと思うわ。」
「へ?」
気がつくとふたりの男女が、どちらも中年の、残ったこの町の暗黒街の顔役が立っていた。状況が把握出来ていない二人にカツマが、後ろから耳元で
「悪いね、家で寛いでいたところ来てもらって。」
二人とも部屋着だった。振り返って相手が誰か分かると、ブルブルと震えだした。
「実は、この方々が賞金を支払えないと言うんだよ。分割でもいいから払ってくれるように口添えしてくれないかな、君達から。」
いたぶるような笑みを浮かべてカツマは頼んだ。
「ねえ、早く~。」
ミヨの声は甘えるような感じだが、やはり目は残酷だった。初めは、震えて言葉にならなかったが、
「早く出して…いや…差し上げてく…差し上げていただけないか?あとから、町長には私からお願いするか。」
「出して…差し上げて…。あるだけでいいから、後は私らが幾らでも立て替えるから、…後で私らが全部出しても、寄付してもいいから、早く、お願いよ!」
哀願する二人の中年の男女を、昨日まで彼らのことを名前を聞くだけで身が縮むくらい恐れていた窓口の担当者達は混乱するばかりだった。その中で、若い男女二人の言うままに、とりあえず1/4の賞金を出す、あとは一ヶ月以内に支払うという約束をしてしまった。二人は、後ろに従えた何人かの男女に、受け取った賞金を持たせ、出て行こうとした。出てしまう前に、足を止め、振り返った。
「これは、うっかりして君達のことを忘れていた。申し訳なかった。」
「お兄様ったら、うっかりやさんね。」
女が笑った。
「帰って、ゆっくりしてくれ。」
彼が言い終わると、二人の姿は消えていた。
この町の夜の世界の支配関係は、一夜にして完全に様変わりしていた。カツマとミヨに、総ての大物は、二人にこき使われる二人以外はカツマとミヨにより殺されてしまった。目立つことは避けたかったが、面倒ごとの連鎖が煩わしくなったので、壊滅させてしまうことにしたのである。当面の拠点にするのも得策かもしれないとも思ったからである。あの二人には、あまり悪事はしないようにしろと命じてもいた。
その翌日には、二人は周辺にある野盗の砦の前にいた。複雑な下請け関係みたいな状態なのだが、ここら一体に勢力をはる盗賊団に関係する一団が、そこに割拠してこの周辺で略奪を、繰り返し、町の影社会に、影響を与えており、二人が、殺した賞金首の何人かはその一派だというらしい。彼らの大本がどこかはわからないが、そのままにしておくわけにはいかなかった。
「あの砦か?」
カツマが問うたのは、一方的な要求を届けに来た男女だった。彼らは自信がなさそうに頷いた。彼らにも詳しいことは知らないようだった。これから、芋づる式に面倒が連鎖的に発生するのは好ましくなかったが、せっかく半ば拠点にして、安定を、与えたところに茶々をいれられては困る。まずは潰しておいたほうがいいということに二人は判断したのだった。防御結界が感じられた。石垣も、空堀も、壁もあら望楼もある。それなりに堅固だ。
「まずは、重力魔法で押しつぶして、そのあと火系と電撃系魔法でとどめをさすか。」
「とどめは私がするわ。」
カツマは、後ろに従った簾中に
「あの砦を燃やしつくす。その後突入しろ。いいか、事前に決めたグループで、隊列で進め。中生きている奴があれば、役に立つ、情報が得られる奴は生かして連れてこい。そうでない奴は殺せ。」
さらにカツマが、続けた。
「それから、戦える、生きのいい奴等は助けてやれ。怪我人は、とにかく、連れてこい、いいな。」
それから、ミヨが
「言っておきますけど、死んでしまったら、私やお兄様でも助けられないのですからね。」
と強調した。いかにもやさしそうに。自分達が手下にしたばかりの連中は、彼らが命じた通りの隊列で並んでいた。誰もが不安そうだった。並ぶのは50人程度。目の前にあるのは、カツマとミヨから見れば、空堀と塀と望楼があるが砦というより館にすぎなかったが、彼らの目には堅固な砦として写っていた。しかも、中には200人以上いるというだけでなく、手練れの魔道士が何人もおり、四六時中固い防御結界を張っている。
「じゃあ、私がぶっ壊すわね。」
ミヨが無造作に言った。見る間に、目の前の砦が押しつぶされたいくのが、見えた。
「よし、30分後に突入だ、いいな。」
彼らの目には、既にところどころ炎に包まれ、雷のような電撃が執拗に落ちていくのが見えた。カツマ、次にミヨ、その後に50人ほどが続いて、塀も城門も壁も崩れかけている中に突入した。まだかなり戦える連中が残っていた。中には、自信満々に待ち構えている者もいた。まとまっている連中はカツマがまとめて吹っ飛ばした。個々に、身を潜めつつ、きをみて襲いかかってくる連中は二人がそれぞれ瞬殺した。残りは多人数で取り囲んで殺した。戦意を喪失して、命乞いをしてくる者は許し、捕らえた。更に、囚われているもの達達もいたが、彼らは解放したが、拘束した。一時間もかからず全ては終わった。その後は役に立つかどうか実見することにし、占領した砦の一室に一人一人連れて来させた。魔族もいた。カツマを知る者が、ミヨを知る者もいた。
「魔王様。ご無事で安心いたしました。」
泣いて喜ぶ者もいた。