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魔王泣く、屈辱・悲哀そして喜び

「魔界、というか魔族の世界は本当に荒っぽすぎるな。」

 彼は彼女の隣の席に座った。 

「お前はまだいい。我は、もう女、三人に絡まれて、次々処分したのだ。」

 形の悪い陶器のコップの酒を飲みながら、彼女は、うんざりしたという顔だった。

「お前の方は随分時間がかかったな?」

 体をすり寄せて、

「勇者様?」

耳元で囁いた。

「だから、この辺が、出て行った時より汚れているわけか。出て、直ぐに八つ裂きにしてやったんだが、我も我もとやってきて、順に始末していたんだ。」

 彼は、彼女の肩に手を回して引き寄せて、耳元に口を近づけて、小声で、

「魔王様。」

と囁いた。

「しかし、前に潜入した時は、ここまで酷くは無かったぞ。」

「我が規制の勅令を出していたからの。それに、今は、上から下まで、序列作りに狂奔しているのだろう。だから、下も序列作りに余念がないのだろう。」

「まあ、人間達も基本的には異ならないかもしれないな。」

 元魔王に言い寄ってくる、隣にいる元勇者に気が付いて、人間がどうしているんだと言う、魔王が、従者は魔族と人間の混血だが、人間の血が外見に強く出ているんだと言って、男の手を払い除ける、すると男は、従者と呼ばれた男を罵る、そして外に出て勝負しろと言い出す。

「で、何か情報を得られたか?」

 彼は、断末魔になった相手に、魔王は誰になった、黒幕は誰だと、その度に尋ねていた。

「大して分からなかったな。お前の方はどうだった?」

 いい気になるなと、彼女より大柄な、逞しい女が、次々に現れた。彼女も、それらの女達から、何かしら情報を得ようと試みた。

「同じだ。ただ、あんの馬鹿野郎は安泰らしいということはわかった。まあ、まずは酒を飲んで、食べろ。お前のスープよりは美味くないがな。」

 そう言って、ジョッキを口に持っていった。彼もそれに習う。半ばまで飲んで、息を吐く。手づかみで、二人は目の前の皿の焼いた肉をとり、かぶりついた。

「食べないよりはいいな。」

 塩で味をつけただけで、人間界なら場末の居酒屋でも、これがメインとはならないぞ、言いたげだったが、それは飲み込み、

「少なくとも、お前に忠義立てしているようではないな。」

「ん~。」

 グリーンゴブリン、約100の群をけちらして

から、数㎞先まで離れてから、二人は彼の作ったスープと、殺した連中から奪ったパンを食べながら、当面のことを話し合った。

「我が主と言うことでいいのだな?」

「ああ、もちろんだ。近衛隊長、宰相、側近、軍師ということにしてくれよ。」

「わかった。」

 魔王は自分の直轄領があることを、彼にもいくつかの小さな領地があることをお互いに話した。

 元勇者には、いくつかの領地があるが、多分周辺の領主の支配となっていると思われた。元魔王の直轄領には代官が置かれている。

「あまりいい土地はない。辺境ばかりだ。王都や我の必要経費は、貴族諸侯からの献上金や献上物から不自由しなかったが。」

「まるで、魔王の権力というのがないな。」

「先代の魔王は、我を見て、お告げにあった魔神だと言って、親衛隊長にした。それもあって、7年前、先代の魔王が死んだ後、大諸侯が我を魔王に推戴したのだ。あくまでも、戦力を期待してのことで、王としては単に祭り上げられたお飾りでということだった。」

「やっぱり、あの時、私が殺したのは魔王だったか。しかし、その大きな戦力を捨てるとはなあ、…、お前、さ、余程人望を失うことをしたのか?」

「人望のない元勇者に言われたくないな。」

「何となくわかっていたが、これ程だったとはな。」

 元勇者は、少し考え込んだ。元魔王は、少し愉快そうにして、

「心当たりはないのか?」

「あるな。」

 彼は、思い起こした。思い出すたびに、絞り出すように口に出した。小さいところでは、自分のチーム内で、大きなところでは、国と国の間の調整を、調停をした。与えられた小さいが、自分の領地の中を治めなければならなかったから、政治に関わった、その過程で周辺の領主と、色々交渉なりをしなければならなかった。大軍の中での一将になっていたから、兵達の食糧一つをとっても、要求、交渉、があり、どうするか考え、何かしら行動しなければならなかった。やらねばならなかった。やらねば非難されたろう。しかし、上手くやればやったで、軋轢が必ず発生するし、ぶつかる、敵対する勢力が発生する。

「それに、私が殺した強盗まがいの勇者達は、既に後ろ盾になる国を持っていたり、チームの中に貴族や王族がいたりしたからな。」

 彼は大きなため息をした。元魔王は、少し落ち込むような顔だった。

「お前が、落ち込むことはないだろう?」

 彼女は、小さく首を振った。

「我も、お前と同じだと思っただけだ。」

「まあ、お前の場合は、私よりスケールが大きいというところか。」

「あいつらから求めてきたことでもあるのにな。勝手な奴らだ、全く。」

「それには、全然同意だな。」

 そう言いつつ彼は少し首をひねった。そのことは分かっていたし、気をつけていたはずだ。手も打っていたはずだ。それに、情報網も張り巡らしていた。だが、自分の一番身近な連中ですら取り込まれていたにもかかわらず、全くの不意打ちを喰らってしまった。だれが黒幕で、全体を操っていたのか、思い当たる顔がどうしても思い浮かばなかった。

 そうこうしているうちに、周囲に他の客の姿かがなくなっていた。ワニ顔の店主が二人を睨むように見ていた。二人はうなずくと立ち上がった。銀貨一枚渡して店を出た。周囲に探索の魔法を展開したが、二人に悪意を抱いている存在はみつからなかった。たいして大きくもなく、目立つ建物もない、魔界の国境の町を出た。

 深夜の道を二人は並んで歩いていた。

「盗賊の噂があったが。」

「御前が殺した連中の中にいたんじゃないのか?」

「そうかもしれんな。まだ、遠いのか?」

「そこの木だ。」

 変哲もない、数本の栃の木だった。元魔王が魔法を発動すると、魔方陣が現れた。

「行くぞ。」

「分かった。」

 二人はその中に入ってはいった。

 二人は、小さな空間の中にいた。暗く、二人で一杯になって、体が密着した。

 魔方陣は砦の中に通じる空間を形成する転移魔方陣である。元魔王が、お忍び用に作っていたものである。この距離なら、砦の結界を破って侵入することは容易だが、探知される可能性がある。既に結ばれている場合は発見はかなり難しい。それは、元魔王が来た時に泊まる部屋につながっていた。というより、その部屋の隠し小部屋に通じていた。ゆっくりとドアを開けた。蝋燭の光の下で、元魔王が寝ているべきベットの上に、誰かがいた。いたというより、2人の男女がからみ合っていた。それは、隠し小部屋で体を密着させていた時から、ベットの上で激しく動いている二人の喘ぎ声は聞こえていた。

 そのうち女が、叫ぶような声を出して突っ伏し、男は短い声をあげて女の上に身体全体を預けた。二人は荒い息をして、体にびっしょり汗をかいて、動けなくなっていた。そして、よくある、行為をした後の会話、睦語を始めた。

「なかなかの男前の奴だな。女の方は、お前が結婚させてやった名門の女か?」

「似ても似つかぬ。彼女は、ずっと清楚で、もっと若かった。」

“ハイエルフ?”

 ベッドの上で大いにはげんでいた女に、彼がそう考えたのは、いわゆるダークエルフのイメージではなく、というよりはハイエルフのイメージの女だったからだ。”ハイエルフは、魔族に通じていた?ハイエルフにとってのダークエルフは、自分達以外のエルフの総称みたいなものだし、魔界にもハイエルフと同様なエルフの部族がいるということか?“

 二人の声を耳にして、だらしなく顔を向けた男はしばらくして、ようやく目の前にいるのが、自分の本来の主だということに気が付いた。彼は慌てて飛び起き、ベットの上で土下座をした。女のほうはというと、ノロノロと起き上がり、嘲るような視線を向けた。妖艶な感じの、元魔王より10歳程年上に見えた、人間的感覚でだが。

“魅力的だが、元魔王の方が遥かに魅力的だと思うがな。”彼は、水浴びを終えて、タオルを舞いた時の姿を想い出して思った。彼女の均整の取れたい体、美しい肌がはっきりわかった。

「なんだい、すてられた売女が、今頃何の用だい?あたいの方が、数段良い女だってよ。」

震える男をよそに挑発的だった。

 しかし、元魔王は女を無視して、自分の元代官に、状況を説明させた。男はしどろもどろになりつつも、懸命になっている説明した。

 周囲の状況等はより詳しく得られたが、この代官に自分の抹殺の話を持ってきたのは、領地が接している28人の副魔王の一人、リバイアサンだった。その側らに一人の魔族の男がいたが知らぬ者だったと言う。そいつが今回の造反の黒幕が送りこんだ連絡役らしいが、そこから推測するのは困難だった。それよりも、彼女の愛人達、信頼していた、引き上げてやった連中が、ことごとく簡単に彼女を見捨てたということに、彼女は泣き出したかったが、何とか踏んとどまった。

「お前に与えた妻はどうした?」

 見下すように尋ねた。

「ふん。あんな、色気のない小娘が。」

 彼女は、夫の態度に我慢できず、実家に帰ったという。

「奴らしいのお。ん?何かを期待して、待っておるのか?」

 二人の顔色を見て、元魔王は薄笑いをうかべながら尋ねた。

「こいつらのことではないか?残りも全員殺しておいたぞ。」

 勇者が、生首を二つ放り投げた。それを見て、二人は声を失った。

「この砦全体も結界で取り囲んでいる。誰も助けを呼びになどできない。」

「お前の監視役も兼ねて送られた連中か。お前はいつ、これほど馬鹿になった?こいつらふぜいに我がやられると思うとはのう。」

 男はがくりと肩を落としたが、女はまた罵り声をあげ始めた。魔王が、勇者を見ると、めぼしい物は既に確保していた。魔王は軽く頷くと、かつて何度か体を与えた男の傍に歩み寄り、両手で頬を包むようにして触った。

「我のベットで、他の女と破廉恥行為をしていたことは許してやる。抱き合った仲じゃ、お前は殺さね、この女を八つ裂きにする前には。」

 残酷な、これ以上ないくらいに残酷な笑みを、彼女は浮かべた。それも、ゾクゾクするほど美しく見えた。さすがに、この時にいたって、二人は命乞いを始めた。

「ゆくぞ。元勇者。この砦を焼き払うのは我がやる。」

 肉片が散乱するベットに背を向けて元魔王は言った。その後は無言で元来た道を進んだ。森にでると彼女は魔方陣を消滅させた。砦の方向に大きな炎が見えた。そこから離れるため二人は駆けた。人間界の境界に達したところで、ここまで来れば、というところだった。

「ウワ~ン」

 魔王が号泣を始めた。両手と膝を地面につけて、大粒の涙を流していた。勇者もかける言葉が見当たらなかった。ただ、よくここまで我慢した、と感心した。

「どうして我が、恩知らずども、もう私ばかり、…もう嫌よ!どうしたらいいのよ!…お兄ちゃん、助けて!」

 そこまで来た時、同情心が更に強くなった。

「お前にも、兄がいたのか?それは、前の世界でか?」

「いたわよ!とても素適で、優しくて、頼もしくて、いつも私のことを思ってくれた素晴らしいお兄ちゃんが!」

 涙で目を真っ赤にしながら、振り向いて叫ぶように言った。そして、その表情には、恍惚感すら出ていた。

「私にも妹がいた、前の世界で。とても可愛くて、美しく、優しく、常に私のことを助けてくれた、最高の妹が。」

 こちらも夢見るような調子だった。

「あんた、シスコン?」

「妹が素晴らしかっただけで、シスコンではない。お前がブラコンだっただけだろう?」

 彼女は起き上がり、彼の方を少し睨みつけるように向かい側に座った。彼も座って彼女を直視した。

「ところで、あんたの妹というのは、何て名前よ?」

「みよ(妙用)だ。」

「へ?…まさか…あんたの名は?」

 魔王の表情が、期待と不安が交錯し、かつだらしなく緩みかけた。

”え?まさか?“

 彼の表情も同様に奇妙なものになっていた。

「とうどうかつま(統道活真)。」

「私は、とうどうみよ(統道妙用)、よ。」

 二人の表情は、はっきり期待が高まり、だらしなく緩みつつ、何とか抑えていた。それから、二人は延々と互いに質問を繰り返した。

「ハアハア…」

 ようやく質問がつきて二人は荒い息になっていた。上げた顔は、互いに喜びにだらしなく緩んいた。

「ミヨだ!」

「カツマお兄ちゃんだ!」

 二人は、相手に飛びついて、抱きしめ合った。

「ミヨだ!ミヨだ!」

「お兄ちゃんだ!私の体の中、お兄ちゃんが空っぽになっていたよ~!」

 肌をなめ合い、髪の毛を口に入れ、力いっぱい抱きしめ、互いの体臭をかぎあい、そして、唇を重ねた。舌をお互いに入れ、吸い、舌を絡ませて、唾液を呑み合って、離して息継ぎしては、また唇を重ねた。


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