魔王と勇者は共闘する。
「流石に本当に危ないところだったな。お前が力を貸してくれたお蔭だ。感謝しているよ。魔王モドキ。」
魔王は不快な顔をしたが、兜で見えなかった。
「お互い様だ。一応、礼を言うぞ、偽勇者。」
今度は、勇者が不快な表情をしたが、やはり兜で、魔王には見えなかった。
攻撃魔法を防御結界魔法で一旦防ぎ、何とか持ちこたえることはできても、かなり力を消耗して、そこを襲われたらひとたまりもないと感じた。この魔法攻撃が終わった瞬間、転移魔法で離れたところに飛び、そこで隠れる、これだけ大きな魔法の直後なら時空が歪み、転移魔法を発動しても探知は困難だし、転移魔法は大抵の場合、準備しておけば別だが、即座に行うことはほとんど不可能だから想定していないだろうと思われた。二人だけが、”お前もできるのか。“というものだった。二人は転移し、その先で魔法で穴を作り、その中に飛び込んで、不可知結界を張って潜んで、様子を窺っていた。勇者が、照明の光玉を魔法でだした。
「危ないところだったな。あのまま戦って、消耗していたら、私の方は力が足りなかったかもしれない。威力がもっと強かったら、やはり危なかったな。」
「お互い様だな、我もそうだった。ぎりぎりで助かったというところだな。」
「お互い人望がないことが分かったところで、兜をとらないか。魔王モドキ。」
「そうだな。お前とは、話をしないといけないからな。偽勇者。」
“せめて元魔王と言え。”
“せめて元勇者だろう。”
それでも、二人は兜をとった。
“あれ?”
“え?”
と思い相手の顔を見つめた。
「何だ?」
同時に尋ねた。
「いや、魔王がこんな美人とは思わなかったから、驚いてな。」
「我も、あの勇者が、こんなイケメンとは思っていなかったぞ。」
二人は声を出して笑った。“まさかな。”お互いの顔を覗き込みながら、二人は思った。二人は狭い穴の中で体が密着していた。体の感触も、体温も、体臭も感じた。どちらもそれが悪くもなかったが、きまり悪さも感じた。
“魔王様と言うことにするか。頼みごとになるからな。”
「魔王様さ。もうしばらくこのままで、私の方はいいんだが、周囲も暗くなったことだし、外に出て安全なところまで逃げないか。それに、食事も取りたいし。」
「我もそう考えていたところだ。お前の提案に賛成だ。その前にだ、休戦はどうするのだ?もう暫く続けるか?」
「こうなってしまっては、もともと、魔王様に個人的恨みはないし、私はこの世界の人間ではないし、魔王様と闘う義務もないし、この世界に義理もないし、このまま手を組んでもいいと考えているがどうだ?今後どうするかは、後で相談するとして、ゆっくりと。」
“勇者様とよんでやるか。手を組むのだから。”
「お前も異世界から来たのか?お互いに事情は同じらしいな。勇者様が、我が部下なら心強いことこの上ないからな。勇者様の提案を受け入れてやろう。」
「私が手下になるとは言っていないぞ。」
「嫌か?」
「まあ、それが順当か。ただし、お前の次の地位だと約束して貰うからな。」
「もちろんだ。副王にして、親衛隊長、宰相、腹心の座を約束してやろう。」
「じゃあ、手を組んで、とにかく逃げのびるか。」
「同意してやろう。」
二人は互いに異世界からやってきたことを知り、もっと詳しく聞きたいと思ったものの、何か失望するのが恐くなって、さらに尋ねることができなかった。
両軍は、既に撤退し始めていた。そうした戦場跡では、色々な連中が徘徊している。戦死者の装備や衣服やらを剥ぎ取ろうと狙う連中や、そうした連中や脱走兵などを狙う連中から、死体を貪ろうとする魔獣、野獣やらまでが至る所に現れる。
「これからのことだが、さしあたりのものはあるのか?」
周囲を警戒しつつ、魔王は並んで歩いている勇者に尋ねた。彼は黙って手を伸ばす。手が消え、すぐに金貨等で一杯の袋を握った手がまた現れた。
「お前もそれを使っておるのか。」
空間のはざまに、小さな空間を作り、重要なものを入れて置く。それは、どこからでも取り出せて、安全性も高く便利だが、あまり大きな空間を作れないのと作るには大きな魔力がいる、かなりの魔道士でも大抵は作っただけで疲労困憊で丸一日は動けなくなる。魔王も同じようにして、手に宝石や金貨を山にして勇者に見せた。
「まあ十分だな。しかし、食料とかを手に入れない。私の荷物を、取りに来ました、なんてやれないからな。」
「わしもだ。わしの荷物を持ってこいなど手紙を出すわけにはいかないからな。それならどうする?」
「死んだ奴らの荷物が見つけられるかもしれないし、やってくる魔獣なりを狩ってもいいし。死体から、色々剥ぎ取ってもいいな。金目のものは幾らあってもいい。」
「全く、其れでは、山賊や夜盗ではないか。勇者ともあろうものがそこまで堕ちるか?」
そう言いつつも、非難しているわけではなかった。顔が笑っていた。
「嫌か?」
「賛成だ。喜んで、一緒にやってやろう。しかし、お前の人望の無さがよくわかる。」
彼は反論しようとしたが、それが出来なかった。周囲に近づく気配を感じたからだ。
10人ばかりの男女の集団だった。こうした場所で死体の持ち物をはぎ取ったり、取り残されたり、迷っている将兵を襲う輩だ。勿論、この戦いに参加した傭兵達である。2人をみつけると、周りを囲んだ。
「おい、持ち物をおいていけ、命だけは助けてやる。おっと、女もいるのか。悪いようにはしないから、女はオレ達についてきな。」
大柄な、いかにもという髭面の男前が言った。
「いい加減にしな。あんな臭そうな女、大して高く売れないよ。」
嫉妬混じりの声が、その男の隣からでた。
「誰が臭いだと?ばあさん。」
魔王が、その声の主の前に立っていた。30代くらいの大柄な女剣士だった。気がつかないうちに、目の前にいたので戸惑いつつも、
「なんだ、お前。おい、こいつをやっちまえ。」
グループの頭格なのか、周囲に命ずるように叫んだ。返事がない。
「おい!お前らの荷物はどこだ?あ、あった、食糧もあった。そいつ、殺してもいいぞ。好きなようにしろ。」
後ろから勇者の声がした。女は、最小限の動きで周囲を見る。全員倒れているらしい。”いつの間に?“
「半分は我がやったが、慈悲深い我は、一瞬で殺してやったが、お前はどうしてくれようか?どうしてほしい?」
血で汚れた手を女にかざした。
「あまり時間をかけないでくれよ。速く手伝ってくれよ。」
勇者は、死体から貨幣やら金目のものを物色しながら声をかけた。女の断末魔の叫びが断続的聞こえて消えた。
「待たせたな。こいつはまだのようだな。…金入れがあったぞ。金貨はない、銅貨が数枚だ。お前は手慣れているな。本当に、勇者とは思えないな。」
「ふん。その代わり、一般人から取り立てることもしていないし、王侯貴族からも無心はしていなかったぞ。」
少しムッとした顔をして、言い返した。
「お前に関する情報が、清貧、慈善家だ、守銭奴だと矛盾していた理由が、今わかったわ。」
少し機嫌をよくした勇者は、
「食糧もあったが、安全なところまで行って、料理して食べよう。」
「ああ、分かった。我も異存はない。」
二人は周囲を警戒しつつ、探索魔法で比較的、徘徊が少ないところを選んで進んだが、今度は魔族に出会ってしまった。こっちは、即襲ってきた。消耗はかなりしていたが、この程度の人数なら、瞬殺する大きな魔法攻撃を発動する力は余裕であったが、探知される可能性もあるので、範囲を極力絞った魔法攻撃と剣と拳、蹴りで戦った。それでも、全滅した側が、全滅したことを自覚する前に全てを終わらせた。
「おい。お前らの魔王はどうした?謀反を起こされたらしいが。」
一人だけ、すぐには殺さずに質問した。
「おい。お前達の魔王はどうしたんだ?勇者と相打ちになったのか?」
当然のことではあったが、大した情報は得られなかった。ただ、魔軍の上層部が、結託して魔王を見捨てたこと、末端の兵士らも魔王には同情していないこと、魔王に忠義だてした連中はいなかったことが、その魔族の兵士の口からでた。話すことが尽きたところであっさり殺した。
「お前も人望が無かったようだな。」
少し皮肉交じりに言った。不満そうな顔をしていたが、彼女は言い返さなかった。彼も少し悪かったと思い、それ以上は追及しなかった。彼らの荷物を探って、
「持っているのは乾し肉だけか。相変わらず魔族は大ざっぱだな。まあ、食材にはなるが。」
袋に詰めていく。
「お前は、人間達の時には、自分の情報を聞こうともしなかったが。」
ある程度離れたところまで行って、隠れる岩場を見つけて、そこで火を起こし、肉を焼き、それを挟んだパンにかじりついていた。
「私のことは大したことでないから、末端の兵達から、情報は取れない、奴らはそんなことは知らない、関心がないからと思ったからだ。そこへいくと、あんたは違う。だからだよ。」
しばらくして、周囲を取り囲まれていた。
「グリーンゴブリンだな。一応、簡単な結界を張ってあったのだがな。」
「あいつらは、人間達の女の臭いに、特に鼻が利くと聞いていたが、魔族の女の臭いも同様だったらしいな。」
「どうする?蹴散らすか?」
「蹴散らすしかなさそうだな。こんな美人を奴らの毒牙に引き渡すわけにはいかないしな。」
「ぬかせ。」