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 朝早く目を覚ますのは、人生の数ある苦難の内どれだけ難しいことよりも重要なことだ。別に誰かの名言というわけでもなく、僕が今適当に思いついた言葉だ。真に迫っているようで、実際は何が言いたいのかわからないというのが面白いところである。

 なんて、くだらないことを考えているわけだが、それだけ余裕がある時間に起きたというわけではない。普通の学生であれば、絶望するような時間に起きているのだが、僕は普通じゃない。

 目をこすりつけながら、時計を確認し、本格的に遅刻であることを確認したのち、僕は再び

眠りについたはずだった。


「おにいちゃん! また授業サボる気!?」


 布団の上から何か重たいものが僕の上に乗っかっていることがわかる。

 眠いから本当は無視したいが、残念ながらそういうわけにもいかない。声の主である妹を無視することは僕にはできない。


「わかったよ。起きるから……とにかく下りてくれ」

「いや! ちゃんと起きるまで下りない」

「下りてくれなきゃ、起きられないんだよ……」


 僕の言葉にようやく納得したようで、ゆっくりと僕の上からおりる妹だった。


「ところで、お前なんで家にいるんだ……? お前こそちゃんと学校いけよ」


 朦朧とする意識で、それでもしっかりと意識を保つように頑張りながらも、僕は妹に尋ねる。

 妹はというと、何を馬鹿なことを言っているんだといった表情で、兄を兄とも思っていないような僕を馬鹿にしたような顔をしている。


「お兄ちゃんと一緒にしないでもらえる……あたしが学校をサボるわけがないじゃない!」

「そりゃ、まじめなお前のことだから、学校をサボるはずないよな。じゃあなんで家にいるんだ?」

「創立記念日だからだよ」

「創立記念日?」

「学校を創立した記念日のこと」

「お前は僕のことを馬鹿にしているのか?」


 妹は目をそらす。

 それではまるで、僕のことを馬鹿だと思っているが、本当のことを告げることがさも可哀想なことだと思っているみたいじゃないか。

 まあ、それはいいとして……


「それで?」

「なに?」


 僕の問いかけに、妹はとぼけたような顔をしている。僕が言いたいことなんてわかっているはずなのに。


「どうしてここにいるんだ?」

「いや、妹が兄の部屋を訪れることなんて別に変じゃないでしょう?」

「ああ……同じ家に住んでいるんなら確かにお前の言うとおりだ。でも、僕の記憶が正しければ、僕は一人暮らしをしていたはずだ。実家から結構離れたここで」


 歩いて20分、自転車でも10分はかかる距離だ。こんな早朝に訪れるような場所ではないだろう。特に、妹以外の家族は来たことすらない。そのことは家の距離とはまったく関係ないが、ともかく、妹がこんな時間にここにいることは不自然なのだ。

 なにはともあれ、せっかく来てくれた妹をむげにすることもできない。

 僕は妹にお茶ぐらい出してやろうと、冷蔵庫を開けた。

 いつもは昼ごろまで寝ているし、さすがに眠い。眠気眼で、冷蔵庫の内部を見つめるが、どこにもお茶が見当たらない。

 そういえば昨日お茶を沸かして、冷ましておこうとそのまま置いておいたのだった。僕はふと我にかえって、やかんのもとへと足を運ぶ。


「いや、なにをしているのさ?」


 妹が馬鹿を見るような目で僕を見ている。

 いい加減、兄に対する態度を改めてもらいたいものだが、まあ兄弟なんてこんなもんだろう。持ちつ持たれつというやつだ。……そういう意味じゃなかった気もするが、そこは気にしないのが僕のいいところだ。

 僕は妹の質問に答えるために眠気で重い口を開いた。


「いや、お前にお茶でもいれてやろうかと」

「そんな場合じゃないでしょう? 普通に一時間目にも間に合わないわよ」


 一時間目って、なんだか子供みたいな言い回しだな。まあ、小学生である妹にはお似合いの言い回しではある。

 そんなことはどうでもよくて、僕の授業よりも妹を優先するという兄心を感じ取ってもらいたいものだ。


「せっかく来たんだからお茶ぐらい出さないと失礼だろう」

「家族に対して失礼も何もないでしょう?」


 なんかよくわからないけど、呆れ顔の妹は、わが妹ながらかわいらしい。もちろん僕はシスコンではない。だが、小学生ながらなかなかの美貌の持ち主だと思っている。身内贔屓というやつかもしれないが、クラスメートだってほうって置かないなだおう。

 まあ、手を出したやつは僕が許さいけどね。


「親しき中にも礼儀はあるだろう?」

「お兄ちゃんが頭よさそうなこと言っている!?」

「やっぱり僕を馬鹿にしているだろう?」

「いや、お兄ちゃんは馬鹿でしょう?」

「馬鹿は高校に行けないんだよ」

「その考えがいかにもバカって感じ」


 くっ! 妹にも口げんかで勝てない。ここは少し話をそらすことで、自分の自我を休めることにしよう。


「僕のことはいいんだよ。それより、意味もなく僕のところに来ることをあの人たちが許さないだろう? なにがあったんだ?」

「学校!」


 妹は納得できていないようだが、もともと、どうせ今から学校に行ったところで授業時間には間に合わないだろう。だからこそ、僕は妹の件をおわらせてからすっきりとした気持ちで、部活の方に挑みたいというものだ。

 別に、妹のことが気になるというわけではない。僕はそこまで妹に甘いつもりはない。

 

「どうせ、もう間に合わない。昼からちゃんと行くから……とにかく話して見ようぜ」

「わかった」


「実は、私のクラスの山田君」


 どこかで聞いたことがあるような名前が出てきた。だが、まあ、山田なんて名前は日本に八十万人ほどいるわけだし、別の山田さんだろう。


「その山田がどうかしたのか?」

「ううん、山田君はなにも。でも、山田君のお兄さんがちょっと変でね」

「そいつがどうかしたのか?」


 正直他人のことなんてどうでもいいわけだが、妹が神妙は顔をしているのだから聞かないわけにもいかない。僕も妹には甘いもんだな。――え? さっきは甘くないと言ったって? 不真面目な奴が意見を曲げるのなんて普通のことだろう?

 なんて、僕にとっての唯一の肉親みたいな妹なのだから、最初から甘いに決まっているだろう。甘やかさないようにはしているけどな。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「いや、ちょっと考え事を……そんなことより、その山田君? ってやつのお兄さんの様子がどうおかしいんだ?」

「なんかね……私も詳しく聞いたわけじゃないからわからないんだけど、突然精神病にかかっちゃったらしくて……もしかしたら、FAが関係しているんじゃないかな……って思ってさ、そしたら兄ちゃんのことを思い出したんだよね」


 僕は妹の中では、ついでに思い出しとくか……みたいな存在なのだろうか。僕のことを絶対に忘れることはない先輩とは大違いだ。――先輩は誰のことも忘れないだろうけどな。

 ともかく、妹の言う山田のお兄さんとやらと、僕たちの依頼のもととなった山田は同一人物とみていいだろう。

 いくら山田という名字が日本全国に多いといっても、ほぼ同じタイミングで精神を病んだ山田が、これまた同じ町内に二人もいることは極めて奇跡的だと言わざるを得ない。つまりは、二人が同一人物である可能性が高いというわけだ。

 しかし、気になることもある。


「どうして、山田君のお兄さんとやらが精神病だってわかったんだ?」


 僕の疑問はもっともだろう。今でこそ世間は精神病患者に寛容になってきてはいるものの、あまり吹聴するようなことではない。特に妹のクラスメートである山田君とやらは、小学六年生という一番感受性が高くなりがちな年齢だ。

 家族に起きた悪いことをそう易々とクラスメートごとき話すとは思えない。


「いや、普通に本人から聞いたけど」

「一クラスメートの山田君からか!?」

「嫌に説明口調だね。でも山田君はただのクラスメートじゃないよ」


 僕は嫌な気がしてならない。いや、いくらなんでも十一歳である妹に彼氏なんているはずがない。いたとしても、男友達ぐらいだろう。

 やれやれ、これぐらいの年頃の女の子は男友達と遊ぶことが普通だし、僕の早とちりってやつだろう。まさか妹に彼氏なんて。


「普通にボーイフレンドだよ」

「はあ!? いや、お前、はあ!?」

「何それ新しい一発芸? 面白くないから友達の前ではやらない方がいいよ」


 口をパクパクしている僕に対して、妹は辛辣な言葉を浴びせる。

 唯でさえ、知りたくもない事実を知らされた僕に対して、追い打ちをかけるなんて流石僕の妹だ。将来が楽しみ……でもないか。


「普通ってなんだよ!? 普通って! お兄ちゃんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ?」

「育てられた覚えはないし」

「わかった……とにかく、その話はまた今度しよう。それで、俺にどうしてほしいんだ?」


 遠くに離れた家族が成長するのはうれしいことだが、妹はまだ小学生だ。一体親は何を考えているだろう。僕がそばにいたら、絶対にこんな不祥事起こさせないのに。

 ともかく、今は久しぶりに会った妹の願いを聞き入れる方が先だ。

 僕の問いに対して、なんだか不安なように妹はゆっくりと口を開いた。


「実はね私、丁度一週間前だったか、山田君のお兄ちゃんと女性の人が言い争っているのを見たことがあるの」

「痴話喧嘩か?」

「え?」


 しまった、まだ妹にはわからない言葉だったか……どういいかえたものか。


「ええっと……別れ話か?」

「いや、言い換えなくてもわかるよ。男女って聞いてそっち方面に持っていくのは、お兄ちゃんの心が汚れているせいかなって思ったの」

「じゃあほかに何があるんだ?」


 心が汚れているなんていわれて、僕もさすがにイラついた。

 だって、普通に考えれば男女間の言い争いなんてそれぐらいしか思い浮かばない。逆にほかに何があるというのだろう。


「そりゃいろいろあるよ――たとえば」


 妹は様々な意見を述べ始める。もちろん僕の耳にそれらの言葉が入ってくるはずなどないのだ。もともと対して興味もないからな。

 僕はともかく、妹の言葉にひたすら適当に相槌をうつ。流石に、自分から聞いておいて途中で止めるわけにもいかず、結局最後まで聞いてしまった。


「――なんて言うのもあるよ」

「そりゃ経験豊富なことで……」

「経験って、なんだかいやらしい言い方だね?」


 もちろん僕の言葉に他意はない。少しだけ、友達が多い妹に嫉妬したと言うだけのことだ。

 特に異性との友情なんてものは僕には程遠いからね。


「ともかく、お前は何の話を盗み聞きしたんだ?」


 僕は面倒くさくなり、早々に妹に答えを聞いた。というよりも、もともとクイズなんかやっている場合でもない。このままくだらない話を続けていては、午後の授業にも出られなくなってしまう。それだけはどうしても避けるべきだ。

 なぜなら、午後からは現国の授業があるからだ。もちろん、僕が現国を好きだから絶対に出たいとか、そんな殊勝な心があるはずもなく、担当の教師が部活の顧問だからというだけの話だ。

 流石にもう殴られたくはない。

 しかし、妹は何を勘違いしたのか、頬を膨らませて明らかに不機嫌になる。


「盗み聞きなんてしてないよ!」

「あのな……人の話を関係ないやつが聞いていたら、それだけで盗み聞きなんだよ」


 実のところ、僕はもう妹の話をどうでもよく思いつつある。妹も相談という割には、なかなか内容を話そうとしないし……僕が茶々を入れているということもあるのだろうが、とにかくあまり思い悩んでいるというわけでもなさそうだ。

 だが、それでも僕は妹の話を聞く義務がある。

 それは、僕が妹の兄だからとかそんな感情的な話ではなく、僕が依頼された案件にかかわることだからだ。

 妹はようやく意を決したのか、怒りながらもゆっくりと話し始めた。


「ともかく、私は二人の話している内容が、自然と耳に入ってきたの。二人はね別に恋人でも友人でもなく、ましてや知り合いですらないといった感じだったね。……でも、それなら尚のこと気になるでしょう? 赤の他人同士がどうして言い争っているのかとか、一体どんなことを話しているのかとか。だから、結局最後まで話を聞くことにしたんだ」


 僕はあまり同意できないことだが、他人のことをあれこれ詮索したがる妹なら仕方のないことなのかもしれない。

 まあ、他人に興味のない僕よりかは、他人に興味がある妹の方がましということだ。

 ともかく、妹の話は本題……今回の話の核になる部分に入るというわけだ。といっても、実のところ僕には内容が何となくわかっていた。


「そうしたらね、お兄さんが叫ぶんだ。『僕を付け回すのはもうやめてくれ!』って」


 やはり、僕の予想通り相手はストーカーだ。たまたま入り込んだ情報に、僕は少しだけ心が躍るような気分になると同時に、少しだけ物足りなさを感じている自分がいる。

 これで、探偵みたいなことをしなくて済みそうだ。だが、犯人が最初からわかっている事件ほどつまらない者もないだろう。


「で?」

「で? って?」


 妹は困惑しているようだが、確かに僕の言葉は足りないのかもしれないが、話の流れから何となく意味はわかるはずだ。

 むしろ、何がわからないというのだろうと思いつつも、話が進まないのは面倒だと思い、もう一度聞きなおすことにした。


「いや、まだ続くんだろう?」

「まあ続くんだけど、嫌に熱心だね」

「そうか? いつもこんなもんだろう」

「いや、いつもは面倒くさいから関わりたくないって顔をしている。それで話している途中で『お前の持ってくる話はいつも面倒だ……』とか言って二度寝するじゃない」


 そういわれてしまうと否定はできない。

 だがそれも、僕の性格を知りながら問題を持ち込む妹側の問題だろう。それに、一応話を聞いてやっているだけでも感謝してほしいぐらいだ。


「確かに面倒なものばかりだけど、話は最後まで聞いているだろう?」

「聞いてないでしょ」

「お前の言葉はいつでも聞いているよ」

「それはそれで気持ち悪いね」


 確かに今の僕の言葉は、少し気持ち悪かった気がする。だが、悪口というのはもう少しだけオブラートに包んでもらいたいものだ。


「気持ち悪かろうが別にいいから、さっさと続きを話せ……」

「そうだね……」


 僕は妹を諭しながら、時計の時間を確認する。時計の短い針は十一のところを指している。

 学校までの時間は最短で二十分程度だ。流石に、これ以上話が長引くようなら学校に行く準備をしながら話を聞かなければならないだろう。

 妹もそのことを察してか、僕に準備をすることを促す。

 僕はしぶしぶ準備をしながら、妹が話し始めるのを待った。


「……あれはお兄ちゃんと同じか、それ以上だった」


 何が僕以上だったのだろうか、まさかやる気のなさというわけではないだろう。もしそうだとするなら、その二人はもはや死んでいるといっても過言ではない。

 妹の言葉の節々から感じる物を考えるに、そんなふざけた話をしているわけではないということは容易にわかる。

 だとするならば、考えられるのはストーカーの側が行使したであろうFAの力を見たということだ。


「どんな力だった?」


 自称代理人の男から聞いたものと一致するならば、精神に何らかの影響を及ぼすものだということだが、実際のところ、それだけでは犯人を特定するのはほとんど不可能だ。

 妹の証言が重要な特徴となるかもしれないと考えると、僕はそう訊ねざるを得なかった。

 僕の言葉に、妹は恐ろしいことを思い出すように不安げな顔をした。

 それだけハイレベルな能力ということなのだろ。


「女の人の方はわからないけど、お兄さんの方は風を操る力……あれは悪用すれば恐ろしいことになるだろうね」

「ちょっと待て! 山田のお兄さんとやらもFAなのか?」

「うん。そもそも、今回はその山田君のお兄さんの力になってあげてほしいってことだから」


 なるほど、FAのことを理解できるのはFAである僕だということか。やはり、妹の持ってくる相談事はいつも厄介な物ばかりだな。

 だが、力になるといっても、心神喪失状態の相手に対してどう力になれというのだろう。

 流石に、僕の力は……そもそも、今回の話では力になれそうにもないし、先輩の力を使っても、意識のない者から心を読み取ることは難しいだろう。それは、どのような力にも存在する制約というものだ。こればっかりは仕方のないことだとあきらめるしかない。

 ともかく、今重要なのは妹がどうしてほしいかということだろう。


「力になるって、具体的にどうすればいいんだ?」

「FAの力を使って、山田君のお兄さんから話を聞いてあげてほしい。それだけでも心は癒されるだろうから」

「僕の力はそんなに便利なものじゃないぞ? お前も知っているだろう。僕の力は言葉を話せない者には使えないってことを!」


 妹は何かを深く考え込むように、頭を下に向ける。

 流石に僕が言い過ぎただろうか、なんて反省したのは間違いだった。なぜなら、妹はそんなちんけなことを気にしていたというわけではないからだ。

 妹は頭を上げると、僕に興味深い質問をする。


「私、山田君のお兄さんが喋れないなんて言った?」

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