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心の在り処

「心ってどこにあると思う?」


 唐突に僕の隣に座った女の子が僕の方を向いて聞く。

 授業中になんてことを聞いてくるんだと、思いつつも彼女の疑問に答えようと深く思考を巡らせる。

 もちろん、明確な答えなど見つかるはずもない。だから、僕は投げやりにこう答えた。


「心臓のあたりなんじゃない?」


 何かに心を痛めたり、心躍るようなことが起こった時にいの一番に反応するのが心臓だから、実際そうなのじゃないかと僕は思っていた。ちなみに次の候補としては脳みそがあげられる。

 しかし、隣の少女は僕の答えに少しだけがっかりしたように肩を落とした。


「それは違うんじゃないかな?」

「じゃあ? どこにあると思うの?」


 僕はいつの間にか、彼女の言葉に期待していた。彼女は自分の疑問について答えを持っているのではないか、その独特の見解を僕は待っていたのだ。僕がそう思ってしまうのも仕方のないことで、彼女は日本人とアメリカ人のハーフらしく、日本人離れした胸と、異質な金髪青目がほかのクラスメートと違うと感じさせたからだ。

 そんな彼女が口を開こうとした時、僕の背後から垂直に僕の頭の頂点を何かが小突いた。あまり痛くはないが、さすがに突然人の頭を殴るのはどうかと思う。

 すぐに僕は、その何かの持ち主が僕の一つ後ろの席に座っているクラスメートのものだと思い。怒りをあらわにしながらも、ゆっくりと振り返る。

 そこに立っていたのは、僕よりもはるかに怒り狂った、若くも小太りの教師だった。


「授業中にお喋りとは……気合入ってるなあ?」


 彼は、僕の部活の顧問でもある。基本的に怒ることはないが、生徒が悪いことをした時は迷わず手を出せる最近では珍しい教師だろう。それがいいことだとは思わないが、ことこの先生に関しては話が別だ。

 どの生徒も彼に対して訴え出たことがない、それは彼が学校に一人はいるであろうヤクザのような風貌をしているからだとか、人間離れした体格をしているだとか、恐怖によるものではない。むしろ逆だ。彼が学校中の生徒から信頼されているからこそなせる技だ。

 僕は彼から幾度となく軽く頭を小突かれたことがあった。だからこそ、今回のものも彼の拳から繰り出された拳骨だということに気がつくべきだったんだ。

 それを僕は背後に回られたことにすら気がつかないという失態を犯してしまった。


「お前はただでさえ出席日数が足りてないんだ。まあ、特別免除だかなんだか知らんが、せっかく参加した授業ぐらいはまともに受ける気にはなれんのか?」

「先生! 僕は先生のそういうところは好きですよ」


 僕の言葉を聞いた先生は、さも嫌な顔をする。

 わかっているとは思うが僕が言いたいのは、先生としての信念とかそういう物の話だ。


「生徒に対してこんなこと言うと問題発言になりかねんが、お前相変わらず気持ち悪いな」

「いや、そういう意味じゃないですよ」

「わかっとる……とにかく、また部活の時しっかりと指導してやるよ」

「先生の方こそ気持ち悪いですよ」

「なるほど、いつもの百倍こき使ってやるとしよう」

「過労死します!」

「大丈夫だ。その寸前までにしておいてやる」


 そんな僕と先生のやり取りが数分ぐらい続いたところで、ほかの生徒から苦情が出た。当たり前だ。これほど長く茶番を見せられる生徒の身にもなってほしい。――まあ、おもに僕のせいなのだけど。


「先生、そんな馬鹿はほっといて授業をお願いします!」


 元気よく僕を非難するのは、僕の幼馴染の少女だ。名前は七瀬沙知ならせ さちで、クラス委員を担っているような、いわゆるエリートというやつだ。

 クラス委員をやっているだけでエリートというのはいささか語弊があるような気もするが、ともかく、彼女はエリートで、クラス委員だって、40名近いクラスのうちの二人しかなることができないのだからエリートと呼んでも差し障りないだろう。

 ともかく、僕はそんな彼女にすごく嫌われている。理由はわからない。ともかく嫌われているのだから仕方がないとしか言いようがない。

 僕はため息をつきながらも、いつものように反論する。


「おいおい、七瀬そんな言い方はひどいだろう? 一応幼馴染なんだからもう少し言い方を、だな……」

「うるさい……! 授業をまともに受けるようになったら考えてあげるわよ!」


 僕が何を言っても、彼女はいつもこの調子で、取りつく島は……あるのだろうが、どうしようもないほど、僕を真人間にしようとしている。

 もうそんなことは不可能なのに。


 結局、彼女が僕を無視し始めたのを皮切りに、授業は再開した。といっても、僕はもはや授業についていくことは出来ないわけで、どれほど授業が進もうと、それは変わりようのない事実としてとらえるほかない。

 そんな事実をかみしめつつも、僕は再び隣の少女を見る。

 彼女はもはや僕に対して何の興味もないようで、黒板の方をじっと見つめて、時々ノートに文字を書き綴っていた。

 それから、授業が終わるまでの時間は睡魔と闘う地獄の時間だった。睡魔に負けた場合は、拳骨が待っているからな。


――僕はチャイムの音で、目を覚ました。

 授業が終われば隣の少女に話を聞こうと思っていたが、もうすでに隣には誰もいない。というより、クラスに誰もいない。

 それは至極当然のことで、教室の時計に目をやると、時間はすでに六限が終わりを告げるチャイムを鳴らす時間だった。残念であり、幸運であることに、今日は五限までの授業だったため、僕は実に二時間ほど睡眠をとっていたことになる。

 まあ、それはいいとしても、どうして誰も起こしてくれなかったのだろう。なんて疑問を浮かべるやつがいたらぶん殴ってやる。理由は言いたくないが、普通の人が持っているものを僕が持っていないといえばぴんと来る人だっているだろう。

 つまるところ、僕には友達と呼ばれる存在が、一人どころか、一つ足りとも存在していないのだ。ボールすら友達ではない。

 もちろん、僕は『友達がいらない派』でもなければ、『ヲタクとつるむくらいなら一人でいい派』でもない。『ただ単純に友達がいない派』なのだ。友達なんてただの足手まといだとか、人間強度が下がるから友達はいらないとか、入学早々に入院したから友達ができなかったとかそんなわけではない。

 口で説明しても仕方がないだろう。ともかく、遅刻覚悟で部活に出よう。そうすれば誰にでも理由がわかるはずだ。

 僕は急いで部活棟へと向かう。どのみち、先生にしごかれるのは避けられないだろうが、いかなければもっとひどい目に合わせられることはわかっている。

 ともかく、僕は急ぎ足で部室まで足を運んだ。

 部室のドアを開けるのがこれほどまでに恐ろしかったことはないだろう。先生も恐ろしいのだが、それ以上にもっと恐ろしい存在がこのドアの先には待っている。息をのみ、僕はドアに手をかけた。――その瞬間、ドアが勢いよく開いた。


「遅いっ!!」


 ドアの先に待っていたのは、美少女とも呼べなくない女性だ。彼女は僕の先輩にあたる葉月心はづきこころ、ついでに言うならば、僕と同じ部活に所属している唯一の生徒ということもできる。もちろん、恐ろしいのはこの女性だ。

 僕は、どうせ、怒られるからと、先輩の胸に手を当てた。


「相変わらず、胸は小さいですね」

「……キャッ! って、急に何をするの!? 警察に行く!?」


 相変わらず反応はいい。相変わらずなんていっても、胸を触るなんて初めての行為なんだけどね。ともかく、もう殺されてもってと想えるほどの幸福感で胸がいっぱいだ。

 あれ、そういえばやっぱり心が満たされると、胸のあたり……つまり心臓のあたりが心地よくなるな。つまり、隣の彼女……名前は忘れちゃったけど、彼女の疑問の答えはやっぱり心臓なんじゃないのかな? 

 とそこで、再び僕の頭に垂直に落ちる拳があった。


「いっでぇっ!!」


 先ほどとは違い、本気で殴られたようで、頭にかなりの衝撃が走っている。

 畜生、くそ教師が。


まこと君、先生に対してなんて汚い言葉を使うの?」


 先輩は、先ほどのことなど忘れたように、僕に対して別のことに憤っているようだ。

 しかし、突然に言葉づかいのことでなんて怒られても、僕はまだ先生に対して言葉を発していないのだが……。


「おい、葉月こいつ何を思ったんだ?」

「畜生、くそ教師が……らしいですよ」


 やめてくれ、僕のライフはもうゼロだ。これ以上頭を殴られてしまっては頭が陥没してしまうだろう。

 胸を触ったことなら謝りますから、これ以上心を読むのをやめてください。本当にマジで。


「ダメです。胸が小さいと言ったことは許しません」

「いえ、先輩の胸は大きいです!」


 どう考えてもAだよな?


「……赦しません」


 思っていることをやめることなんて、普通の人間には無理だし仕方ないだろう。でも、普通の人間に対してなら、思っていることが筒抜けなんてことはありえない。

 だからこそ、日常生活に支障をきたすことはなく、友達なんてものを作ることだってたやすい。でも、心を読める相手に対してはどうだろう? 心を読める相手を気持ちが悪いと思うことは誰にだってあるだろう。実際僕だってそうだった。

 僕は、彼女との初対面の時、ひどく彼女に罵声を浴びせた。

 そりゃそうだ。誰だって自分のことを自分以上に知っている女性なんて恐ろしくて仕方がないだろうし、できれば関わりたくないと思うことだって当たり前だ。だからこそ、彼女には今まで本当の友達というものができたことがない。

 友達というものが何を指すというのか、それは友達というものを持ったことがない僕にだってわかりはしないだろうが、彼女にはよくわかるはずだ。


 誰もが彼女の前では心が丸裸なのだから、本当の友達など存在しないということを彼女はよく知っている。知り尽くしている。


 だからこそ、彼女は妥協することもできないし、友達が友達のことを悪く思っているなんて状況をよく知っている。

 そんな彼女に本当の友達なんてできるはずがない。


――しかし、見た目はいたって普通の少女で、今の僕にとってはある意味心のオアシスとでもいうべき存在になっている。


「やっぱり許します!」

「いい加減心を読むのをやめてもらえますか?」


 彼女は友達と向き合ってこなかったからこそ、純白で心が白くどこか嘘っぽく白々しい。本当の本当というものを知らないからこそ、僕にとっては彼女こそが本物だと思えてしまうのだ。

 そんなかっこいいことを考えていたタイミングで、僕の頭に垂直に拳が振り下ろされた。


「っ……! 何をするんですか先生……?」

「くそ教師で悪かったな!」


 まだ覚えていたのか……。

 とまあ、いつもこんな感じで始まる部活動だが、活動内容はここまでほのぼのとしたものではない。ほのぼのしたものだとしたなら、僕がここまで頭を痛めることはないからだ。物理的にも精神的にも。

 僕は頭を押さえながら、いつものように自分の椅子に座る。といっても、自分専用のいすがあるわけでもない。自分の場所である本棚の前の椅子に着席するというだけだ。ここが僕の定位置ってやつだ。


「それで、今日の活用内容はなんなんですか?」


 何となくいつもとは違う雰囲気を感じていた僕は、これまた何となくそんなことを聞いてみることにした。

 いつもなら、活動内容は決まっているから特に疑問に思うことなどないのだ。疑問がないからといって不満がないわけじゃないけどね。


「よくぞ聞いてくれました! 我がファンタジー生物保護クラブでは、過去に大した活動を行った歴史はありません!」


 ……僕はこの部活が、ファンタジー生物保護クラブなんて名前だったことを初めて知った。この部活は、主に困っている生徒を助けるボランティア部じゃなかったのか?


「それは、仮の姿です。今までは体裁を整えるために、そのような活動をしてきましたが、そもそも私たちを嫌っている生徒が依頼なんて持ってくるはずもないでしょう? 今までだって先生方の雑用ばかりしてきただけでした……」


 本当に人の心を読むのに抵抗がない先輩だ。というか、僕たちの部活には僕と彼女以外生徒がいないのだから、実質彼女が部長なのだから、参加しているだけの一部員である僕が文句など言える義理もない。

 僕は部活の名前すら知らなかったわけだしな。

 そんな僕の心を読んでか、□先輩は小さな手で机をたたき、僕をにらみつける。にらみつけるといっても、かわいい顔で睨みつけられても迫力はないし、勢いなく机をたたかれても大した恐怖感はない。


「そこ! 議題とは違うことを考えない!!」


 僕は勢い余って立ち上がる。勢いのせいでイスが倒れてしまうほどに。


「おいおい、備品は大事にしてくれよ……二人とも」


 横から聞こえてきたおっさんの声は、いったん無視して、僕は□先輩に向けてできる限りの大声で反論した。


「考えるぐらいはいいでしょうが!!」


 それに萎縮したのか、先輩は小さく「はい」とつぶやいた。

 先輩の体格から見るに、僕は子供に対して大声で怒鳴りつける大人げない大人のような罪悪感で胸がいっぱいだ。

 僕は大人でもないし、彼女は僕よりも年上なのだけれど、ともかくそんな風に感じてしまった。


「大人気ないぞ……」


 また横からおっさんの声が聞こえてきた。

 その言葉には、僕は言い訳すらできないように思えた。

 だって、あんな小さい子供に大声で怒鳴りつけるなんて大人のすることじゃないもん。


「私はあなたより年上です!」


 葉月先輩はない胸をできるだけ膨らませながら、僕に対して自分がいかに大人であるのかをアピールしているようだったが、まあ、どう考えても子供にしか見えない。

 性格がいいだけに、小学校のクラス委員ぐらいにしか見えないし、特別な力を持っているといわれても信じられないぐらいに弱弱しい。この姿で人の心を読めるというのだから末恐ろしくもある。

 もうあきらめたのか、先輩は大きく咳払いをした。


「とにかく、ようやく本業ができそうなのです」


 そんなことを藪から棒に言われても、僕はあまりピンとこない。

 そもそも、ファンタジー生物ってなんだ?

 なんてことを考えていると、先輩の読心術トークよりも早く、先生が僕に教えてくれた。


「ファンタジー生物って言うのは、お前たちのような特殊な能力を持った人間やほかの動物のことで、この部活の活動というのはそういった生物を保護することと、そういう生物から普通の人間を守ることだ」


 その説明を聞いて僕が思うことは一つ、なんで普通の人間なんて守ってやらなくちゃならんということだ。

 別に差別的思想を持っているわけじゃない。僕が気に食わないのは、どうして僕たちのような人間が危険視されなくちゃならないのかってことだ。普通の人間の方がよっぽど事件を起こしているだろうに。


「それはそうですが、力を持つ人間が恐れられるのは普通のことですよ。あなただってずいぶんと恐れられて来たのでしょう?」

「だからこそですよ。別に人を守るのはいいことだと思いますけど、でも僕たちのような存在がさも危険だという考え方は気に入りません」


 もちろん、葉月先輩がそんなことを思っているはずがない。だって彼女は僕よりもずっと危険視されて生きてきたのだから。でもだからこそ、そんなことをさせる学校側を許せそうにない。

 僕は今にも怒りが爆発しそうだ。

 しかし、葉月先輩はいつもと同じく冷静だからそういうわけにもいかない。彼女は自身の髪をうっとうしく払い、いつものように冷静に僕に問いかけるのだ。


「私たちは精神的にみれば普通の人間と相違ありません。ですが、だからこそ能力を使う人にとっては危険だとは思いませんか?」


 彼女の言うことは正論だ。正論過ぎて言い返す余地もないし、必要性も感じられない。だからこそあえて僕は反論する。


「じゃあ、危険な人間を襲う能力者は危険な能力者なんですか?」

「当たり前よ……人を罰していいのはその地位にある人間だけ、そうでない人間が報復であろうとも、それよりも大きな理由があろうとも、罰してはいけないのですよ!」


 先輩は一瞬だけ厳しい口調になる。そんな口調で話した彼女の目も、おのずと鋭いものとなっていた。


「今回はお前が悪い。自分の言葉がどういう結果を引き寄せるかわかっていたんだろう?」


 その言葉と同時に、先生は僕に軽い拳骨をプレゼントしてくれた。

 もちろん頭は痛くない。でも、僕の不注意な言葉によってもたらされた先輩の心の痛みはそう簡単には消え去らないだろう。なぜなら、彼女は復讐を行わなかった人間なのだから。


「とにかく、今回は正式な依頼が来たんです。だったら、初めての活動を記念してしっかりとこなすべきです。……それなのに誠君が遅刻してくるから」

「ごめんなさい」


 二重の意味でごめんなさい。僕もずいぶんと都合がいい男になったものだと、自分のことながら少しだけ嫌悪感を抱く。

 もう一つの方は口には出せなかった。


「まあ、その気持ちがあるのなら許しましょう。ただ、誠君も復讐を美化して考えないでくださいね。もし私が誰かに殺されたとしても復讐はやめてくれると約束出来ないのなら許すのはやっぱりやめるかもしれませんがね」

「縁起でもないこと言わないで下さいよ」


 先輩は笑いながら言っているが、本当に洒落になっていない。

 僕たちのような存在は、いつ逆恨みされて殺されてもおかしくない存在なのだ。だからあまり正体を明かすことは出来ないし、するつもりもない。

 学校の教師にこそ知られてはいるが、クラスメートを除く生徒のほとんどは僕の正体に気がついていないだろう。つまり僕がクラスから浮いているのは、正確に問題があるというだけの話だが、先輩は違う。彼女は地元でも有名な能力者で、一部の人たちからは魔女と呼ばれている。いわゆるファンタジーの世界などではよくいる種族だ。現実的に言うのであれば、少しだけ知識を持ちすぎて宗教に背いた人間のことを指す言葉だ。

 魔女という言葉にはあまり良いイメージはなく、むしろネガティブ的なイメージが強いだろう。つまるところは、先輩は悪口でそう呼ばれているのだ。

 しかし、ある意味では先輩はこの世で一番安全なところにいるだろう。なぜなら、先輩は心が読めるからだ。いいや、読めるわけではないどれほど読まないようにしても読めてしまうのだ。

 彼女の能力……もっと魔女らしくいうのであれば魔法は永続的に発動してしまう。本人の意思など関係なく。それがどれほど恐ろしいことなのか、想像に難くない。周りの人間がではない、能力者本人である彼女自身のことだ。

 僕の力だって、自分にとっていかに恐ろしいものなのか考えただけでも気が沈む。つまり僕よりもすごい能力を使い続けなければならない先輩は僕の比ではないほどに、恐ろしい思いをしているに違いない。


「妄想が長いですよ。私の能力はそんな恐ろしいものではないですし、君の能力と比べられるのは遺憾です」


 先輩は笑いながらそう言った。


「いえいえ、確かに僕の能力は先輩の能力と比べるには少し力不足かもしれませんが、それでも普通の人にはない能力です。少なからずとも、嫌な思いはしてきていますよ」

「そういうことではないのですが……」


 あわてて取り繕う僕をよそに、先輩は少しだけため息をついた。ほんの少しだけ、ため息をついたのだ。別に嫌みというわけではないだろう。彼女以上に他人に気を使える人間はいないのだから、それはつまり、的確に相手が嫌だと思うことを実行するにもたけている。

 まあ、先輩に限ってそんなことをするはずがないわけだ。


「お前たちは……本当にちゃんと活動する気があるのか?」


 呆れた口調で、顧問である先生が僕たちをなじる。

 僕たちなんて言い方をしたけど、先生の言葉はおもに僕に充てられた言葉なのだろう。結局、話をややこしくしているのは僕だけだから。


「ありますよ。授業だってちゃんと聞いてたじゃないですか?」


 ともかく、先生に対してはやる気だけは見せておかなくちゃならないと、僕は適当にやる気があるアピールをする。

 まあ、本当は今日の授業内容が全く頭に入ってないけどね。


「誠君は全く反省していないみたいですね」

「……言わんでもわかる。皐月さつきが反省するはずないだろう」


 二人は僕をほったらかして、やれやれと首を横に振りながら、これまた僕を放置して今日の部活内容について話し始めた。

 本日何度目かの拳骨をまぬかれた僕だが、このまま放っておかれるのもなんだか癪だ。

 ここはひとつ、真剣に取り組んでいる風を装って、話に交じるとしよう。


「それで、どんな依頼なんですか?」

「誠君……まあいいです。今日のというか、部活始まっていらい初めての依頼となりますが、詳しい内容は、依頼書を見るとしましょう」

「以来の依頼なんて面白いジョークですね」

「はぁ……」


 呆れながらも、先輩は一応僕も話には混ぜてくれるようで、懐から依頼書なるものを取り出して、僕たちに見えるように差し出した。

 僕と先生は机に身を乗り出して、その依頼内容を確認する。

 内容はそれほど難しいものではない。要約するなら、『魔女に狙われているから助けてくれ』みたいなことが長々と書かれている。書面から察するに男なのだろう。心をとられそうだとか、生贄にされそうだとか、明らかに精神状態に異常をきたしている変人のような被害妄想にあふれたものだが、先輩や先生は本気でこの依頼を受けるつもりなのだろうか。

 僕だけなら、すぐさまにお断りしたいところだ。


「……いや、この人がファンタジー生物なんじゃないですか? 未知なる魔法で僕たちに精神攻撃しているとか?」

「まあ待て、実際に依頼者に会わなければ結論を出すのは早いだろう?」


 頑張ってこの依頼を受けないように工作する僕に対して、先生は教師らしいことを言い始める。

 確かにあってみなければ事実確認も、彼? の精神状況を確認することもできないが……


「僕は行きたくありませんよ?」


 本気で何をされるかわかったものじゃない。依頼者が突然僕に襲ってくる可能性もあり得るからな。

 不安を抱く僕の意見を無視して、先生は口を開こうとしている。おそらく、僕を脅すような言葉を口にするのだろう。付き合いが長いわけではないが、濃厚な一年をともに過ごしてきた僕には簡単にわかる。


「今日の授業でのことを忘れたわけじゃないだろうな?」


 先生はいつもそうやって、僕のことを脅迫してくる。

 といっても、今日三発目の拳骨? いや四度目だったか……ともかく拳骨が飛んでくる前に肯定する以外の道が僕には残されていないのだ。


「わかりましたよ。僕がいけばいいんでしょ!?」


 こんな体罰教師、相手が僕じゃなければすぐに首になっているところだぞ……。何てことを思いながらも、僕は先輩から詳しい説明を受ける。実のところ、いつもは先輩が依頼主から直接話を聞いていたので、僕が話を聞きに行くなんてことは初めてなのだ。

 先輩はいつにもなく、懇切丁寧に僕に説明をしてくれる。こんな先輩を見るのは、入部した当初以来だろう。いつも適当にマニュアルを渡されて、それを読んでいただけだ。

――というか、なんでマニュアルなんてものがあるのだろう。ここは会社なのか?

 とまあ、今回は長かったが、ようやく先輩の説明は終わった。


「――まあこんなところです。説明するのってやっぱり面倒ですね。マニュアルを作るよりははるかに楽ですが」

「って、先輩がマニュアルを作成していたんですか!?」


 衝撃の事実だ。

 まさか、あそこまで丁寧なマニュアルを作っていたのが、先輩だったとは。大手企業も真っ青なという僕の勝手な妄想が溢れるほどのマニュアルを作るとは先輩は何者なのだろう。

 思わず先生の方を見た僕に向けられた表情は、僕よりも複雑そうだった。


「まあそれはいいでしょう。今回は……というよりも、これからも私が付き添いはします。ですが私が能力者であることはこの学校でもかなり有名で、こういった私のような能力者に関する依頼では私が話を聞くのを嫌がる人もいるでしょう。だからこそ、誠君が話を聞いてもらえると助かります」


 先輩は申し訳なさそうにしている。

 確かに、先輩の話の通り、先輩に話すことを嫌がるやからはいるだろう。それに比べると、僕は比較的能力者であることを隠せているわけだし、ファンタジー生物(面倒くさいからこれからはFAと呼ぶことにしよう)の話なんて、どこから広がるか分かったものではないだろう。

 その点、僕は友達がいない・変な部活に所属している・先生方々からの評判もすこぶる悪いと三拍子そろった孤独人、ボッチだと思われていてもおかしくはない。つまるところ、依頼した内容が第三者に漏れるといった心配がないというわけだ。そうだとしても、僕自身納得はできない。面倒事は引き受けたくないからな。


「いやいや、僕だって一応能力者ですから……こういった時は普通の人間である先生がするのが一番じゃないですか?」


 先生はまるで馬鹿でも見る目で僕を見つめる。今にもため息すらつきそうだ。


「お前は馬鹿なのか?」

 むしろそのまま口にした。

「いや、先生が生徒に向かってその物言いはないでしょう!?」

 僕が一般生徒だったなら、停職処分は免れないぞ。

「俺は馬鹿な奴には馬鹿とはっきり言ってやることを教育方針としているから、何の問題もないな」


 いや、問題だらけだろう。誰でもいいからこの教師をクビにしてくれない?

 なんて馬鹿なことを考えている僕に対して、先生は明らかに上から目線で僕にご高説をたれる。実際、教えられる側である僕が、教える側である先生より下なのは明らかだけど、もう少し言い方をどうにかしてくれないものだろうか。


「はぁ、どう考えても、生徒が教師に対して本音で話せるわけがないだろう? ところが、どっかのボッチで、馬鹿で、普通の人間らしい年の近い他人ならどうだ? 何となく本音で話してもいいかと思えるだろう?」

「それって、僕がどうでもいいやつだから話せるってことですか?」

「お前考えても見ろ……どうでもいいやつほど貴重な人材はないぞ?」


 そんな褒めているようで、どう考えても貶されても、僕は騙されないからな。

 でも、どうせこれ以上話し合ったところで、平行線ってやつだろう。何とも納得できないけど、仕方ない、おっさんのためではなく、先輩のためだと思えばやる気も少しぐらいは出るってものだ。


「わかりましたよ。先輩、僕が変なこと言ったらちゃんとフォローしてくださいよ」


 僕のお願いをしっかりと聞き入れたと、先輩は少しだけ微笑んだような気がした。妄想じゃなければいいけど。

 と言う風に、僕たちはファンタジー生物などという、ある意味では差別的な枠組みに属し、中でも力の強いと政府によって判断されたものは問答無用で、このような謎のボランティア部に入れられている。それ故に、この部活に入っているものはみな、クラスのやつらから恐れられて話しかけられることもない。

 まあ、それだけなら文句も出るだろうということで、授業の方は免除されている。これも、僕たちのような力を持つ者たちに一般常識や優しさなどという押し付けがましい偽善を持たせるためのものらしいのだが、僕的には逆効果だと思っている。

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