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白雪姫は毒林檎がお好きな模様  作者: 宮下龍美
白雪姫の優雅な日曜日
44/45

 私の午後は、アフタヌーンティーから始まる。

 こらは半分正しくて半分間違っているか。正確にはアフタヌーンティーではなく、カフェオレだから。

 さて、こんな風な語り出しだからと言って、別に私は五時間にも及ぶ朗読会を開催しているわけではない。朗読会はないけれど、五時間続けてゲームしてることならよくある。RPGや恋愛シミュレーションゲームなんかだと、時間を忘れて没頭してしまうこともしばしば。

 だけど今日は残念なことに、少し用事が出来てしまった。用事と言っても近くの本屋さんに行くだけなんだけど。

 昔から読んでいるライトノベルのシリーズ新作が、今日発売だとさっき知ったのだ。最近は忙しかったから新刊の情報などをチェック出来ていなかった。これで買いそびれていたら、絶対に夏目のせいにしていただろう。

 時刻は十二時過ぎ。当然本屋さんは空いているし、特別やらなければいけないことがあるわけではないんだけど。


「あー······」


 布団から起き上がれない。そもそも寝巻きから着替えてすらいない。て言うかこれ、アフタヌーンティーで午後始まってないし。私の午後は布団の中で始まってるじゃない。

 でも、このクーラーの効いた部屋で毛布を被って寝るのは気持ちよすぎてすぐに眠たくなる。気を抜くとすぐに瞼が落ちてしまいそう。


「本屋さん行かなきゃ······」


 口に出して言ってみるものの、それに反して身体はピクリとも動かない。そもそも、まだ六月だと言うのに外がこんなに暑いのが悪い。そんなの家にこもっていたくなるに決まってる。やはりクーラーはいい文明。夏は悪い文明。


「ちょっと桜〜。本屋さん行くんじゃないの〜?」


 一階からお母さんの声が聞こえてきた。今日出かけることは一応伝えてあったから、中々部屋から出てこない私を心配したのだろうか。いや、部屋から出てこないのは割といつもだから違うかも。

 部屋の外から階段を上がる足音が聞こえてくる。そうして暫くもしないうちに、ノックもなしに部屋の扉が開かれた。


「もう。またこんなにエアコンの温度下げちゃってる。体調崩すわよ?」

「だいじょーぶー······」

「大丈夫じゃないから言ってるのよ。ほら、起きなさい」


 普段は娘を揶揄って遊んだりするが、こう言うところは流石母親と言うべきなのだろうか。ピッと言う音が聞こえたと思ったら、なんだか凄い暑くなってきた。


「ちょっと、なんでクーラー消すのよ」

「桜が起きないからでしょ」

「むぅ······」


 クーラーを消されては流石に暑いので、素直に布団をめくってベッドから降りた。お母さんは部屋の窓を開けて換気をしている。ああ、冷気が······。


「暑い······」

「お昼ご飯出来てるから、着替えて降りてきなさいね」

「はーい······」


 ニチアサを観てた時はあんなに目が冴えていたのに、今では寝起きと殆ど同じ状態。部屋が快適すぎるのも考えものね。

 タンスの中から適当にジーンズとTシャツを取り出してそれに着替える。本を買いに行くだけなのだから、そこまでオシャレに気を使わなくてもいいだろう。

 着替え終わってリビングに降りると、いつも食事に使ってるテーブルの上にはお皿に盛り付けられたソーメンとめんつゆが置いてあった。


「明らかに手抜きって感じ」

「茹でるだけだから楽なのよ」


 こう言うところは私と似ている。いや、私がお母さんに似たのか。

 しかし、ソーメンを見ると、ついに今年も夏が来たのかと実感してしまうのは何故だろう。まだ六月だけど。


「お父さんは?」

「部屋に篭ってプラモデル作ってるわ。お昼ご飯出来たって声は掛けたんだけど」

「まあ、暫く出てこないでしょうね」


 先日お父さんが、やけに高いテンションで帰ってきたことがあった。聞くと、新発売のガンプラを手に入れることが出来たのだとか。私も完成品を見せてもらう約束をしているから、ちょっと楽しみ。


「今日は何時に帰ってくるの?」

「んー、そんなに遅くならないと思うよ。本買うだけだし」

「あら、夏目君と会うんじゃないのね」

「だから、なんで夏目が出てくるのよ······」


 別に会ってもすることなんてないんだから、用もないのに彼と会うことなんてない。平日は嫌でも顔を合わせなきゃダメだし。


「だって、高校で折角初恋の相手と会えたんだから、大切にしなきゃダメじゃない?」

「······」


 夏目本人は、あの頃の彼と今の彼を同一視されるのを嫌っている。だから、彼と私が関わるのに、私の初恋がどうとか、彼の過去がどうとか、それはもう関係のない話なのだ。

 でも、だからと言ってそれを全く意識しないなんてのは、私には出来ない話でもある。


「あ、もしかして。やっぱりまだその初恋が続いてたりするのかしら?」

「ないわよ」


 彼がマウンドを降りた日に、私の初恋は終わっている。だからこの気持ちは、その延長線上にあるものなんかじゃなくて。


「初恋なんて、二年前に終わらせてるから」






 お昼ご飯をお母さんと二人で食べた後、身支度を整えた私は、家から徒歩圏内の本屋さんに来ていた。

 六月とは思えない気温の高さに辟易としていたのも店内に入るまで。本屋さんの中は冷房がしっかり効いていてとても快適だ。


「さて、新刊は······」


 早速新刊のコーナーに向かう。ここの本屋さんは品揃えは悪くないのだが、ライトノベルとなるとちょっと少ない。マイナーな作品を買うならここではなく、先日夏目と行ったモール内の本屋さんの方がいいだろう。

 けれど、私の今日の目的のシリーズはアニメ化もされているメジャーなもので、既刊の全てをここで買い揃えている。


「あった」


 だからラノベの新刊コーナーに平積みされていて、すぐに発見することが出来た。

 表紙を飾るのは、私がこのシリーズで一番推してるヒロイン。今回の新刊が最終巻ではないかと発売前はまことしやかに噂されていたが、どうやら違うようで。しかし、最終巻が近いのは事実だろう。そんな中でこの最新刊での表紙を飾っている。まさかこのヒロインのルートではないのだろうかと胸中不安に包まれながらも、ついでとばかりに漫画コーナーにふらりと立ち寄る。

 なにか面白そうな漫画はないかと店内を歩いていると、前方に見知ったメガネの女子を見つけた。


「あら?」

「おぉ?」


 どうやら向こうも私に気づいたらしい。華奢な足をトタトタと動かしてこちらに近づいてくる。


「これはこれは、姫じゃないですかー!」

「こんにちは」


 クラスメイトの井坂翔子。文化祭の準備期間中に何かにつけて私と夏目の仲を疑っては揶揄ってきた女子生徒だ。

 公共の施設で姫呼ばわりは恥ずかしいからやめて欲しいんだけど、それを言って聞く相手ではないだろう。


「今日はお一人ですかにゃ? 夏目少年は?」

「一人よ。全く、どうして誰も彼も私と夏目をセットで扱うのかしら」

「そりゃあんだけ一緒に行動してたらね〜」


 思い返してみれば、なるほど確かに。私も夏目も交友範囲があまり広くないからか、自然と一緒にいることが多くなっている。まあ、そこには目の前の翔子だったり三枝だったりも一緒にいることはあるけど。

 にしし、と笑う彼女のように、変な疑いを持ってもおかしくはないと言うことか。別にそうやって、周囲に勘違いされること自体は気にしないのだが、翔子のように面と向かって色々言われたりするのは、ちょっと恥ずかしかったりする。


「ところで、姫がここにいるなんて意外だね」

「私が本を好きなのはあなたも知ってるでしょ?」

「そうじゃなくて。漫画とか読むイメージないから」


 そう言われて納得する。私は教室で本を読むことが殆どだけど、何を読んでいるのかを文芸部の面々以外に教えたことがなかった。単なるクラスメイトの彼女がそう思うのも無理からぬことだろう。


「あら、私はこう見えても、漫画とかラノベとか結構好きなのよ?」

「ほほう。そりゃ意外。姫のことだから、もっと難しい哲学本とか読んでるのかと思ってた」

「夏目と言いあなたと言い、人をなんだと思ってるのよ······」


 そんなにお堅いイメージしかないのだろうか。いや、実際そうなのだろう。自分で言うのもなんだが、私は美少女だ。しかも成績優秀と来た。そんな人間が読む本を想像すれば、不思議とそこに行き着くのは当たり前だろう。


「そこで少年の名前が出るあたり、やっぱり色々と勘ぐっちゃうよねー」

「······」

「実は少年にもライトノベルとか勧めて、自分色に染め上げようとしたり······⁉︎」

「······そんなことするわけないじゃない」

「おやおや、図星ですかな〜?」


 午前中ニチアサを見る前に考えていたことを言い当てられ、つい顔を逸らして答えてしまった。そんなもの、イエスと自供してるようなものだ。


「そ、それよりっ! あなたこそ、どうして本屋さんに? 本を読むような人間には見えないけど」

「私だって漫画くらいは読むよん。でもまあ、今日は別に漫画を買いに来たわけじゃなくて、待ち合わせまでの時間つぶし」


 ここの本屋さんは確かに街中にあるとは言っても、待ち合わせに使うには中途半端な場所だ。それならもう少しだけ離れた駅前を待ち合わせ場所に指定した方が色々と便利だと思うんだけど。


「っと、言ってる間に待ち人がやって来たみたい」


 翔子は視線を店の外へと移動させる。そこに立っているのは、蘆屋高校の制服を着た男子が一人。

 え、まさか翔子の彼氏?


「じゃあね姫。また学校で」

「え、ええ。また」

「あ、言っとくけど、あれは彼氏とかじゃないからね〜」


 ヒラヒラと手を振って、メガネの同級生は本屋さんを出て行った。窓ガラス越しに外の翔子と謎の男子生徒の様子を窺うと、二人はなにやら楽しそうに笑い合って、どこかへと歩いていく。

 彼氏じゃない、のよね? でも何故か負けた感じがする。私は夏目とあんな風に笑い合って会話したことがあっただろうか。いや、ない。仮に実は翔子の彼氏だとしたら、彼女の方が私よりも強キャラ。私は弱キャラ白雪さんとなってしまう。


「まあ、どうでもいっか」


 あの二人の関係性よりも、今はこの手に持った新刊だ。さっさと買って、帰って楽しませてもらわなければ。

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