第40話
第三校舎を出てすぐの通路には、そこにも多くの屋台が並んでいた。どうやら、運動部の一部も飲食系の出店をしているらしい。
「ねえ夏目、あれ、あれ食べましょうよ」
「あれ、って······」
立ち並ぶ屋台に目移りする、僕の隣を歩く白雪。そんな彼女が興味津々な様子で指差したのは、クレープの屋台。
クレープって果物とかクリームとかの関係で、文化祭の屋台で出すの難しいみたいな話を聞いたことがある気がするんだけど、大丈夫なんだろうか。
「いや、白雪。部室をあの二人に任せたのは三枝たちの後を尾けるためだろう?」
「お腹空いたんだから仕方ないじゃない」
「なら焼きそばとかそっち系にしろよ。腹膨れないぜ?」
「いやよ、口元が汚れるもの」
「クレープでも汚れると思うけどね」
僕の言葉なんて聞くつもりもないのか、白雪は財布を取り出して屋台に並んだ。屋台の列から少し離れたところで待つ。
僕も少しお腹が減っているからどこかで腹ごしらえをしたいんだけど、クレープを食べる気にはなれない。仮に食べるんだとしたら、ブラックコーヒーが必須になる。
五分ほど待つと、白雪が両手にクレープを抱えて戻って来た。まさか二つも食べるのか? いや、幾ら何でもクレープ二つって言うのは······。いやいや、でもドーナツを十個も食べていた白雪ならあり得るのか······。
「お待たせ」
「いや、別に待ってないけど······」
「そう? じゃあはい、これ」
「え」
「いらないの?」
あろうことか、白雪は右手に持った方のクレープを僕に差し出して来た。それは茶色いクリームが中に入っていて、缶詰フルーツで彩られている。
これを僕に?
「いらないの、って聞かれてもね。僕、買って来てくれなんて頼んでないんだけど」
「ええ、頼まれてないわね」
「ならなんで」
「気分よ。いいから受け取りなさい」
半ば押し付けられるようにして、白雪からクレープを受け取る。眉を顰めてクレープをマジマジと見つめるも、受け取ってしまったクレープが無くなるわけでもなく。
「さ、行きましょうか」
「待て、お金渡すから」
「後でいいわよ」
どうやら白雪は、やっぱり僕の話を聞く気がないらしい。左手に残ったクレープにかぶりつきながら歩き出す。
ため息をひとつ吐き出して彼女に並ぶと、笑顔でクレープを食べる白雪が横目に映る。そして周囲をチラリと見回すと、そんな白雪の笑顔に見惚れている男子生徒があちこちに。生徒だけじゃなくて、来校客ですら。
「なあ白雪」
「なに?」
「食べ歩きは良くないと思うんだけど」
「······それもそうかしらね」
少し悩んだ素ぶりを見せるも、僕の言葉に納得してくれたのか。白雪は足を止めて壁際に寄り、クレープを食べることに集中し始めた。
そしてその白雪を周りから見えないようにするために、彼女の前に立つ僕。
我ながら情けないことをしているものだ。彼女の笑顔を他の男に見せたくないだなんて、恋人でもないのにそんなこと。
「君、甘いものを食べる時は随分と無警戒になるんだな」
「······?」
「そう言うとこだよ······」
常よりも幼く見える表情で、コテンと小首を傾げる白雪。昨日、『白雪姫』として舞台の上で名演技を披露したのと同一人物とは思えない。
ドーナツを食べる時も、カフェオレを飲む時もそうだったけど、甘いものを食べる時は随分と笑顔が多くなるようで。
まあ、可愛いから個人的には大変眼福なのだけど。それを赤の他人に見せるのは、ちょっと嫌だ。
「あなたも食べなさいよ」
「ん、ああ、食べるよ」
言われてパクリと一口。しかし口に広がったのは、予想していたチョコの甘さではなく。ほんのりとした苦味。
「どうやらお気に召してくれたようね」
ふふっ、と得意げな笑みを見せる白雪。
どうやらこのクレープに使われているのはチョコクリームではなく、コーヒークリームのようだ。それでも僕にとっては十分甘いのだけど、目の前で微笑む白雪を見ていれば、文句を言う気も失せる。
それに、生クリームやチョコクリームなんかよりは、まだマシなのだし。
「まあ、美味しくないことはないよ」
「素直じゃないわね」
「君に言われたくない」
実際、美味しくないわけではなく、だからと言って特別美味しいと言うわけでもないコメントに困る味なのだから仕方ないだろう。
この辺りは、素人が作る限界という奴だろうか。
暫く白雪の蕩けるような笑顔を見ながらクレープをパクパク食べ進めていると、僕よりも一足早く食べ終わった白雪が口を開いた。
「さて、じゃあこの後のことだけど」
「三枝と神楽坂先輩の後を尾けるんだろう?」
「そうだけど、まずは二人がどこにいるのか把握しないとダメよね」
そう言って、どこに隠し持っていたのか、白雪はおもむろに文化祭のパンフレットを取り出して広げた。本当にどこに持ってたんだ。
そして細く白い指で示すのは、僕たちの現在地。第三校舎前の屋台が立ち並ぶエリアだ。
「私達が今ここ。紅葉さんのクラスがここ」
次に示したのは、第一校舎三階にある神楽坂先輩のクラス。ここからそこまで、そう距離があるわけではない。
さて、どうしようか。どちらかに連絡を入れて、現在位置を聞けたら早いのだけど、流石にそこまで介入してしまうのは二人の邪魔になるだろうし。
「取り敢えず適当に回りましょうか。私的にはこの辺りとか行ってみたいのよ」
「別にいいけど······」
ちょっと弾んだ声の白雪が指し示すのは、一年の教室が並ぶ第一校舎五階。一年生は基本的に、お化け屋敷とか射的とか、そう言うアトラクション系がメインになっている。
しかし、パンフレットを隠し持ってたり行きたいところを決めてたり、実は白雪のやつ、文化祭結構楽しみにしてたのか?
「じゃあ早速行きましょうか」
「僕まだ食べ終わってないんだけど」
「圧倒的に速さが足りないわね」
だから、食事に速さなんて求めないでくれ。その呆れた感じで肩竦めるのなんかムカつくなオイ。
第一校舎五階と言うことは、それなりに階段を登らなければならないのは必然的だ。つまり、僕たちがいた第三校舎前の通路からは、それなりに歩かなければならなくなる。時間にして五分以上はかかる事だろう。
今日は校外からも色んな人が来ているとは言え、廊下を歩いているのはやはり殆どか我が校の生徒だ。教室の外で客引きをしてる者、休憩時間なのか、昨日のステージで役目を終えたのか、各出店を楽しむ者。まあ様々な生徒達が廊下を歩いているわけなのだが。
「やっぱり、君と歩いてたら人目を引いちゃうか」
「こればっかりは仕方ないわね」
文化祭前に校内を渡し歩いた噂のせいか、どうしても生徒からの注目を集めてしまう。こうして文化祭に二人で歩いている様なんて、その噂に確信を持たせてしまう可能性もあるし。それが嫌なら別行動を取ればいい話ではあるのだけど、僕個人の話をするなら、できれば白雪と回りたい。
「さて、じゃあどこから入る?」
「そうね······」
またパンフレットを取り出し、一年生各クラスの出し物を確認していく白雪。彼女が決めるのを待ちながらなんとなしに廊下の先に視線をやると。
「白雪」
「なによ、今考えてるからちょっと待って」
「三枝と先輩見つけた」
「え、どこ?」
一年四組のお化け屋敷から出て来た三枝と神楽坂先輩を見つけた。二人は手を繋いでいて、お互いに笑顔で話しながらこっちに歩いてくる。
「あ、ちょっと、こっち来るじゃない!」
「取り敢えずどっか隠れよう」
「隠れるってどこに······」
「あー、そこの教室でいいんじゃないか?」
適当に指差したのは一年一組の教室。こちらに歩いて来る二人から隠れるようにその中に入る白雪と、白雪に思いっきり手を引っ張られる僕。意外と力強いな。
「いらっしゃいませ〜」
一年一組の教室は遮光カーテンがされていて薄暗く、教室の中でもいくつかのパーテーションに分けられているようだった。
そんな中、受付の生徒が僕たちに近づいて来る。
「一年一組の『占いの館』へようこそ! 白雪桜先輩と夏目智樹先輩ですよね!」
「そうだけど······」
やはりと言うかなんと言うか、僕たちはそれなりに有名人らしい。いや、白雪は元から有名人だったけど、僕の場合は噂のせいか。
「ささ、こちらへどうぞ! 是非是非恋愛占いして行ってください!」
「いや、僕たちは」
「いいじゃない。折角だししていけば?」
「白雪先輩も一緒にですよ〜。お二人の相性確かめちゃいましょう!」
「え」
まさか自分まで巻き込まれるとは思っていなかったのか。白雪は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。面白い顔だな。
しかし、白雪との相性か······。気になるような、ちょっと怖いような······。
そんなことを考えてるうちに、白雪が受付の生徒に手を引かれて行く。
「まあ、ここは諦めて占われるとしようぜ」
「はぁ······」
案内された先には机の上に水晶玉が置いてあり、向こう側になんかそれっぽい格好をした女子生徒が一人。雰囲気は本当にそれっぽいが、まあたかが素人の占いだ。適当に聞いておけばいいだろう。
「ようこそ、占いの館へ。そちらにお座りください」
役を作っているのか、ちょっと低い声で言われる。ご丁寧に椅子は二つ用意してあるので座らせてもらったが、隣と妙に距離が近くて落ち着かない気分になる。
「では、早速お二人の相性を占わせて頂きます」
女子生徒が水晶玉に手をかざす。勿論僕たちにはなんの変哲も無いただの玉にしか見えないのだが、彼女にはそこに何かが見えているのだろうか。
「むむっ、むむむむっ! こ、これはっ⁉︎」
大袈裟に驚いてみせるが、大した演技だなぁ、なんて感想しか出てこない。白雪も似たような感想を抱いているのか、その目はどこか白けたような感じだ。
「素晴らしい、流石は校内一有名なカップルです!」
「はぁ······」
別にカップルではないんだけど。
「これ程までに相性のいいお二人を、私は未だかつて見たことがありません!」
「そうですか······」
その言い方だと、ここ以外でも占いしてるみたいに聞こえるけど。
しかしどうやら、目の前の女子生徒は本当に驚いているようで。そして次に発した声は一転して、更に低いものとなっていた。
「しかし気をつけてください。これから先、お二人の前には思いもよらぬ大きな困難が立ちはだかるでしょう。ですが大丈夫! お二人が力を合わせれば、どのような困難も乗り越えられます!」
「そうですか」
こう言う占いは、なにも明確なことを言わずにそれっぽいことを言っている、とどこかのテレビやら雑誌やらで見聞きした覚えがある。恐らくはこの占いもその類だろう。
て言うか、つい昨日、その困難とやらを乗り越えた身としては、まだなにかあるのかと肩を落としたい。
「では、これからもお幸せに!」
そんな言葉で締めくくられた占い。お幸せにもなにも、そもそも僕たちはカップルではないんだけど。
「どうでしたか? あの子の占い、当たるって評判なんですよ」
「へぇ」
「まあ、それっぽい雰囲気はあるものね」
パーテーションから出ると、受付の女子生徒が寄ってきた。それは一体どこの評判なんだ。
終始ニコニコ笑顔だった受付の女子生徒に見送られ、一年一組の教室を出る。流石に三枝と先輩は通り過ぎていたようで、廊下を見渡してみるもその姿は見当たらない。
「また見失ったわね」
「誰かに聞いてみるか?」
「聞いてみるって言っても、私もあなたもそんな友達いないでしょう?」
「君と一緒にしてもらっちゃ困る」
僕は白雪と違って、他にも友達はいる、はず。多分。いや、でもラインには三枝くらいしか登録されてないし、クラスでも基本的に白雪か三枝か井坂としか会話してない気がするし······。
「よし、他の方法を考えよう」
「やっぱりいないんじゃない」
ふっ、と馬鹿にし腐った視線を頂戴してしまったが、君も友達いないんだから人のことは言えないだろうに。
さてどうするかと二人で頭を悩ませるも、いい案なんてひとつも出てこない。正直、足を使って探した方がいいとは思うのだけど、闇雲に動き回ったところで意味もないだろう。
「およ、姫と夏目少年じゃん」
不意に聞こえて来た声に振り向くと、そこにはクラスメイトの井坂翔子が立っていた。昨日三枝が使っていた魔女帽子を被りタクトを持っている。三枝が使った後だと言うのによく使えるな。
「やあ井坂。一人か?」
「そうだよーん。ここの占い、なんか結構当たるらしいからリサーチに来たんだ。二人は? やっぱり文化祭デート?」
相変わらずニヤニヤといやらしい笑みを貼り付けている井坂。まあ、この子と遭遇した時点でそっち方面の話になるのは覚悟していたけど。それに、傍目に見れば否定は出来ない状況ではあるし。
「違うわよ。ちょっと三枝を探してるの」
「見なかったか? 文芸部の先輩と一緒にいるはずなんだけど」
「ああ、三枝ならさっき見たよ」
「どこで?」
「テニスコートの方に向かってたんじゃないかにゃ? なんか手繋いでたけど、二人とも随分緊張した顔だったねー。つまり······」
メガネの奥の瞳を怪しく光らせる。井坂は色々と勘付いているらしい。流石、この手の話には敏感な嗅覚を持ってる。
「ありがと。行くわよ夏目」
「ああ」
「あんまりお邪魔したらダメだよー。馬に蹴られちゃうかもね」
明らかにブーメランな一言を背に受けながら、白雪とテニスコートまで急ぐ。
さてはて、我が親友はついに決心がついたのだろうか。今からお祝いの一言くらい、考えておいてやろう。




