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白雪姫は毒林檎がお好きな模様  作者: 宮下龍美
第2章 救済と克服と自覚
38/45

第38話

 ある意味では、僕に取っての毒林檎のようなものだったかもしれない。

 あるいは、彼女が本番前に言っていた、子々孫々にまで伝わる呪詛と言ってもいい。

 それをされた事実は既に過去のことではあるが、しかしその事実が変わることはなく。証拠に、僕の唇には未だあの時の感触が残っている気がする。

 その感触は呪いだ。僕は白雪姫に、毒林檎を食べさせられた。眠りにつくわけではない。むしろその逆と言っても差し支えないだろう。

 これ以上は、ないと思っていた。白雪への恋心を自覚して、もうその時点で彼女のことで頭がいっぱいだったのに。そこに来ての、あの出来事。

 これ以上好きになることは、ないと思っていた。

 だけど、思い返してみればいつだって同じだったかもしれない。彼女はことあるごと僕の心臓を鷲掴みにするような魅力を振りまき、僕はその度、白雪桜と言うひとりの女の子に深く落ちていったのだろう。

 だからこそ、呪い、毒林檎と形容する。

 僕の心はもう完全に、白雪に奪われてしまったのだ。彼女のことしか考えられないくらいに。

 果たしてその呪いを解くには、なにが必要なのだろうか。

 こんな事を考えてしまうほどに、彼女の毒林檎キスは強烈なものだった。






 あんなことがあった後でも、白雪は素知らぬ顔で文化祭を楽しんでいた。まるで何事もなかったのようにしているので、もしかしたらあの声は僕の幻聴で、あの感触は僕の妄想なのかもと思ったけれど。

 演劇が終わってから、彼女と一言も話していないことに気がついて、妄想などではないと確信した。

 ではどうして白雪は、ご褒美なんて言い訳まで添えてあんな事をしたのか。考えても答えなんて出るはずもなく、それどころか、考えれば考えるほどにあの時のことを思い出してしまって、最早思考回路はショート寸前にまで陥ってしまっていた。


 さて、明けて翌日。文化祭二日目。

 文芸部にとっては、二日目である今日が本番だ。部誌の販売も勿論あるが、それよりもなによりも、もっと重要なことが。


「やべぇどうしよう緊張して来た······」

「もっとシャキッとしなさいよ、だらしないわね。昨日あれだけの醜態を全校生徒の前で晒したんだから、紅葉さんに告白するくらいなんともないでしょ。どうせ結果は見えてるんだから」

「なあその結果は見えてるってフラれるの前提で話してないよな? 違うよな?」

「どうかしらね」

「そこは否定してくれよ!」


 朝礼が終了し、9時半からの開場に備えて生徒達は準備に取り掛かる。僕たち三人も例外ではなく、部室で準備をしていた。準備と言っても、机の位置を変えてちょっとした飾り付をして、机に本を並べればおしまいなのだが。

 神楽坂先輩はクラスの準備があると言うことで、こうやって安心して作戦会議が出来る。午後からは先輩もクラスの方はお役御免となるらしく、ならばその時間を使ってと言うことで、三枝と神楽坂先輩は午後から文化祭デートをすることになっていた。

 どのタイミングで三枝が告白するのかは知らないが、僕も白雪も、健闘を祈るくらいしか出来ない。


「夏目からもなんか言ってやったら?」

「えっ、あ、ああ、そうだね······」


 突然白雪から話しかけられたから、思わずびっくりしてキョドッてしまった。昨日は一言も話さなかったと言うのに、一日明けたら普通に話しかけてくるのか。


「夏目?」


 様子がおかしく見えたのか、心配そうな声音で僕の名前を呼ぶ白雪の、その唇。そこに視線が向いてしまって、目が離せなくなる。

 昨日、全校生徒や教師や父兄が見てる中で、僕の唇はあの小さくて柔らかい唇と触れ合った。


「······なんでもない。三枝に何か言えばいいんだっけ? 当たって砕けろくらいしかアドバイス出来ないぜ」

「それはアドバイスって言わねぇよ······」


 落ち着け夏目智樹。これは今考えるべきことではない。

 今は三枝と神楽坂先輩のことが最優先だ。二人のことは応援してるし、幸せになってもらいたいから、ちゃんとそのことを考えてあげるべきだ。

 なにより、白雪本人が全く気にした素ぶりを見せていないのだから、僕一人があれやこれや考えていても仕方ないだろう。


「なんにせよ、白雪の言う通り結果は見えてるしね」

「お前までそんなこと言うなよ······」


 多分僕と白雪の言葉の意味を、三枝は勘違いしているのだろうが。まあ、それを指摘してやる必要もない。実際に告白すれば分かることだ。


「いつどこで言うのか決めてるのか?」

「いや、なんかいい雰囲気になったら勢いに任せちまおうかなって」

「呆れた。あなたそんなことも決めてなかったの?」


 なんかいい雰囲気って。勢いに任せるって。それはどうなんだ親友よ。確かに結果が見えてるとは言え、そこは肝心なところなんだからなにかしら考えとけよ。

 はぁ、と漏れたため息が白雪と重なる。


「君、そんなんだと成功するものも失敗に終わるぞ。僕の親友がここまで浅はかだとは思わなかった」

「女心を微塵も理解してない癖に告白とか気が早いんじゃない? さっさと振られてきなさいよ」

「なにこの心を殺してくるコンビネーションアタック······。お前ら仲良すぎだろ······」


 これから一世一代の大勝負に出ると言うのに、僕達は三枝を励ますどころかいっそやる気を削ぐ勢いで罵倒した。これは三枝が悪い。

 とは言っても、アドバイスのひとつくらい送ってやるのが親友のよしみという奴だろう。


「白雪。参考程度に、君ならどこで告白されたいから教えてやってくれ」

「どうして私が······」

「この場に女子は一人しかいないんだから仕方ないだろう」

「頼む、白雪さん!」

「ほら、三枝もこう言ってるし」


 思いの外いつも通り白雪に話しかけられたことに自分でも内心驚きながら、考える素ぶりを見せる白雪からの言葉を待つ。

 この調子なら、今日一日、いやこれからも、彼女と普通に今まで通り接することが出来るかもしれない。

 やがて悩んだ末に、白雪は至極真面目な顔で口を開いた。


「ちゃんと気持ちがこもっていれば、言葉も状況もあまり気にならないわね」

「つまり勢い任せでも問題ないってことじゃないか······」

「私って寧ろ、変にロマンティックな状況を作られると色々察しちゃって冷めちゃうのよね」

「それ、白雪さんの主観だろ。もうちょい一般的な女子の意見ってのはないか?」

「まるで私が一般的ではないような言い振りね。夏目、あなたの親友は命が惜しくないそうよ」

「事実だろう」

「あなたたち二人ともそこになおりなさい」


 白雪が一般的かどうかはさておくとして。

 彼女の主観的な話だったとしても、案外しっかりとしたアドバイスではあるんじゃないだろうか。

 大切なのは言葉やシチュエーションなんて見かけのものではなく、そこにどれだけの想いをこめることが出来るのか。それに関して言えば、三枝に心配することなどなにもない。我が親友がどれほど神楽坂先輩のことを想っているのかはよく知っているから。


「ま、ようはあなたの気持ちをちゃんと伝えて来なさいってことよ。男らしくね」


 言いながら白雪が机の上に部誌を置き、それで準備が完了した。

 そしてそれと同時に、校内アナウンスが流れてくる。


『ただいまより、蘆屋高校文化祭二日目を開始します! 皆さん、今日も一日楽しい思い出を作りましょう!』


 聞こえてきたのは、昨日オープニングセレモニーで会場を盛り上げた生徒会長の声だ。

 いかにも青春を謳歌してます! って感じの爽やかな声。まあ、青春してるのは僕達だって変わらないのだけど。


「さて、それじゃあ三枝は紅葉さんのとこ行ってきなさい」

「いいのか? 午前中は流石に俺も手伝うぞ」

「そんなに人数がいてもやることなんて然程ないわよ。私と夏目だけで十分だから。ああでも、紅葉さんのコスプレは写メで撮っときなさいね。私も見たいから」

「まあ、そう言うことなら分かった。悪いな二人とも」


 口ではそう言いながらも、どこか嬉しそうに笑みを浮かべ、三枝は部室を去っていった。神楽坂先輩からコスプレ喫茶の話を聞いた時はあんなにテンションが上がっていたのだし、その反応も当たり前のものか。


「それじゃ、私たちはお客さんを待つとしましょうか」

「そうだね」


 二人並んでパイプ椅子に腰を下ろす。白雪は客が来るまでの時間潰しのつもりか、持ってきていた文庫本のページを開く。

 白雪と二人きりになってしまった。

 いや、午後からはどの道二人きりにならざるを得なかったのだから、それが少し、いやかなり早まっただけだ。なにも動揺することはない。それでもどこか落ち着かないのは、部室が普段とは違うレイアウトだからだろうか。

 チラリと隣に視線を移してみると、耳から垂れる長い黒髪を気にすることもせず、夢中で活字を追っている白雪が。その横顔は、どうしてか昨日までよりも美しく見えてしまって、不意に心臓がドキリと跳ねる。

 そしてやっぱり、視線が向いてしまうは彼女の唇。

 ほんの一瞬の出来事だったのだ。もしかしたら僕の勘違いかもしれないのだ。でも、あの時のあの柔らかな感触と、微かなカフェオレの甘い味は忘れられなくて。


「なに?」


 あまり不躾に視線を送りすぎたからか、文庫本から顔を上げることもなく、白雪から声がかかる。

 咄嗟に顔を逸らして、思い切って聞いてみることにした。


「なあ白雪。昨日のことなんだけど······」

「昨日?」

「その、演劇の時のあれ······。なんで、あんなことしたんだ?」


 尋ねてみるも、声は返ってこない。やはり、聞かない方が良かっただろうか。

 何秒、いや何分経っただろう。返事がないことが不安になってくる。心臓の鼓動が煩くて、最早経過時間すら曖昧だ。

 時間すら忘れてしまうその沈黙の中で、しかし聞こえないのは白雪の声だけでなく、気がつけば、彼女がページを捲る音も聞こえていなかった。

 隣を盗み見れば、読書の手は止まっていて、けれどやっぱり、彼女は顔を上げない。文庫本に固定されたままだ。


「最初に、言ったでしょう。ご褒美だって」


 その言葉が意味するところを正確に理解できるわけではなかった。けれど、あの声は幻聴などではなく、あの感触は妄想なんかじゃない。そして恐らく、彼女の耳が今まさしく真っ赤に染まっているのも。

 それが改めて分かったことで、体のうちから悶えたくなるような熱が込み上げてくる。

 こうして隣に座っているだけで逃げ出したくなる衝動に駆られる。だけど実際にこの場で悶えたりしたら、もれなく白雪の罵倒と侮蔑の眼差しがセットでついてくるだろうし、逃げ出してしまえば更に気まずくなってしまう。

 だから、身体中を駆け巡る熱を全て吐き出すつもりで、吐息と共に言葉を漏らした。


「褒美にしては、随分と高価だな」

「······そうね。なにせ白雪姫のファーストキスだもの」

「んなっ······⁉︎」


 どこか開き直ったように微笑む白雪を見て、吐き出したはずの熱がまた身体に戻ってきた。

 高価どころの騒ぎじゃない。なにせ一生モノのそれを、奪った。いや、押し付けられてしまったのだから。

 ああ、やっぱり。毒林檎に違いないじゃないか。

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