今日が高校生活においてのターニングポイントな気がする
淡々と黒板に授業内容を板書していく教師。そしてその内容を熱心だったり、あるいはめんどくさそうにだったりと、十人十色な様子でノートに書き記していく生徒達。俺もそんな他の生徒達と同様に時折ボーっと放心的になりながらも、腕を忙しく動かしてノートに文字を羅列させていく。これが俺が毎日毎日飽きもせずに通っているヘッスラ高校二年一組の日常的な風景だ。
いや、この場合だったと言った方が正しいのかもしれない。なぜなら今の俺のクラスの状況は昨日まで過ごしてきた平穏で平凡で平和的な二年一組とは正反対な、常識からアクロバティックに外れているなんとも不可解な状況になっているからだ。
では一体どんな状況になっているかというと教室全体がどす黒くなっており、二年ほど前に導入されたLEDの照明はなぜだかしらんが蠟燭に変わっている。ここまでならまだ学校が中世ヨーロッパの文化を身をもって学ぼうというスローガンのもと、教室のデコレーションを神聖ローマの貴族の家っぽくしていると考えればまだ納得できる。
だがクラスメイトたちが先生を除いて一人残らずモヒカンのごつい男たちに変わっているというのは、何回脳みそをかき混ぜてあれこれ思考してみても納得できなかった。
て、なんでだ――――!?
俺は思わず昨日まで平たく二次元的だった勉強のパートナーである茶色の学習机から、貴族たちが囲んでいそうなこじゃれていてきらびやかな食卓にグレートアップした机を叩きながら頭の中で叫んだ。
ヒイッ!
机を割と強く叩いたせいかモヒカンの一人がまさに鬼神といった顔でこっちを見てきていた。怒っているのか? なんか怖いから一応心の中で謝罪会見を開いておこう。べ、別におまえらのことを馬鹿にしてるとか喧嘩売ってるとかそういうわけじゃないから勘違いしないでよね! よしこれでオーケーだ。心なしかモヒカンの顔もやわらいでる気がするし。
はぁ……。
ちくしょう! なぜだ、なぜいきなり昨日までの平穏な高校生活とさよならしなければならないのだ? 一体俺が何をしたというのだ!?
深呼吸してもう一度考えてはみたものの、今日から校則で生徒は全員モヒカン強制になったとか、急に異世界とヘッスラ高校がつながりその結果大量のモヒカンたちが転校してきたとか、そういった中学生の時に一度は誰もが考えそうなファンタスティックな事柄はなかったはずだ。強いていつもと違うところをあげるとするならば、うーん、そうだな・・・。今日の俺のかばんにはエロ本が入っているということぐらいだな。まさかとは思うがそれが今回のクラスの変貌の原因なのだろうか?
「西条君・・・。」
ん? 今だれか俺の名前を呼んだか? 悪いが少しもの思いにふけっている最中なんで出来ればまた後でにしてもらいたいな。
「西条望君!」
「は、はいなんでしょう!」
「ちゃんと授業聞いてるの? ぼーっとしちゃだめなんだからね!」
「はい・・・。」
なんだ先生か。てっきり周りの女子が『新しく買ったスクール水着を見てほしいから今日うちに来ない?』と、誘ってくるのかと勘違いしてしまったじゃないか。まったくあのアラサ―教師め、紛らわしいな。まてよ、そういや今の俺のクラスメイトはオールモヒカン(男)だったな。ということはもしスクール水着お披露目会に招待されたとしても、俺はモヒカン(男)の水着姿を見ることになるのか・・・。モヒカンボーイのスクール水着なんて誰得だよ。まあひょっとしたら群馬あたりで需要があるかもな。
いやどうでもいいことを考えてもしょうがない。ここは一回今の俺の状況を冷静かつ客観的に分析してみよう。
まず俺のかばんの中には、さっきも言ったがエロ本ちゃんが入っている。そしてこのエロ本ちゃんは俺のものではない。昨日俺の家に遊びに来た、たぶんこの世の唯一の友人であると思われる中川が、俺の部屋に忘れていったものだ。ではなぜそのエロ本ちゃんを学校に持ってきているのかというと、今日の朝起きてすぐにいつものように携帯を開くとラルインという次世代チャットアプリに中川から『西条、至急エロ本返却ヲ求ム。明日学校ニテ。』というメッセージが来ていたためである。ちなみになぜメッセージがひどく古典的かというと、中川が自分には歴史上の偉人達の亡霊が取り憑いていると勝手に妄想しているからである。うん、俺の唯一の友人はどこに出しても恥ずかしくないような中二病なのだ。
というわけで話が少しそれたが俺はその中川のメッセージ通りにエロ本ちゃんを学校に持ってきたわけだが、肝心の中川が遅刻だかサボりだか知らないが登校していない。返す本人がいなきゃ返すものも返せないとうことで一応かばんの中に宿泊させている。
次に俺の目に映っているプチ世紀末な教室だが、エロ本を持ってきているのがクラスメイト、というか学校の奴らにばれたくないという俺の甲子園を目指す高校球児並みの強い意志がたぶん幻覚を見せているのだろう。つまりただのひ○らしだ。ていうかそれ以外の仮説は考え付かなかった。
ちなみに帰宅部のエースである俺に甲子園を目指す野球部顔負けの決意をさせるような本は何かというと、『女子禁制!トレーニング部のクリスマス合宿(ブーメランパンツとダンベルプレイ編)』だ。うん、要するに男の人同士がくんずほぐれする内容の本ですねはい。
よし、状況分析完了したぜ! そして全てを把握した俺は今後の学校生活を平穏に快適に過ごすために自分自身にミッションを課した。
エロ本を中川が学校に到着、または中川不登校の場合自宅まで誰にも見られることなく死守せよ!
えーと、今が午前九時をちょっと回ったくらいで学校が終わるのが午後三時半だから、あと六時間半程度この子(エロ本)を守り抜けばいいんだな。上等じゃねーか!、守りきってやるぜ! 日頃から信号とか列の順番とかを守りまくっているこの俺をなめんなよ! フハハハハ!
「ちょっとなに笑ってるの西条君! ちゃんと授業を聞かなきゃだめでしょ!」
おっと、心で笑っていたつもりだったが声が出てしまったようだ。
「あー! ひょっとして先生でエッチなこと考えてたんでしょ?」
なにを言い出すんだこのアラサ―教師は?
「それで興奮してついつい声が出ちゃったんでしょ? まあ先生かわいいからしょうがないよね!」
四捨五入したら四十のババアがなに言ってんの?
「そんなエッチな西条君は、エッチな本をもってそうなのでお仕置きとして持ち物検査しちゃいまーす!」
な、なんだと・・・!?
「それじゃーちょっとかばん見せてね―、西条君!」
「ちょ、ちょっとまってください先生!」
「あれー? どうしたのかなー、西条君? ひょっとしてだけど、まさか本当にエッチな本でも学校に持って来ちゃったのかな? 先生ちょっとしたジョークで言ったつもりなんだけどな?」
ど、どういうことだ? まさか俺がエロ本を持っているということを特殊な能力でも使って察知してきたのか? いや、そんな超能力的でファンタジー溢れるような展開は異世界モノを敵視している甲子園のソクラテス先生が書くはずがない・・・! それにもしこの世界に超能力があったとしても、あの見た感じからして超能力値も婚活能力値も平均値を大きく下回ってそうなアラサ―教師が、エロ本を察知することができるレベルの超能力を使いこなせるはずがない。はったりに決まっている。
だがはったりだから本気で持ち物検査はしてこないだろうと勝手に思っている俺の考えとは裏腹に、容赦なく先生は俺との距離を詰めていく。
俺は思春期の男子としての本能からか、それとも二十五万年間の様々な経験によって培われてきたホモサピエンスとしての心理遺伝的本能からかはわからないが、とにかく直感的にエロ本が入っているかばんを自分の椅子の下に隠した。だが隠したとは言っても所詮は椅子の下なので、傍から見れば一目瞭然の位置にある。後々考えれば先生の不信感を募らせるだけの非常に無意味な行動だったと思う。まったく、今のこのデメリットしかない鼻毛行動がホモサピエンスとしての俺の本能によるものだったとしたら二十五万年間お前は何を学習してきたんだよ。ほんまピンチの時にしょうもないことしかできないくせによく厳しい生存競争のなかで生き残ることができたよな。
そんな感じで自分自身の失態をホモサピエンスの責任に転換していたら、いつのまにか先生が目と鼻の先にまで来ていた。
「どうしてかばんを隠すのかな西条君? 先生との間に隠し事はなし(、、)だよね?」
なんか先生の目の瞳孔が開いてて、どす黒くなっているんだがこれはどういうことだ? まさかこれが最近流行りのヤンデレというやつなのか? まったく先生ったら急にヤンデレデビューなんてしないでくれよ! アラサ―のヤンデレなんて現在の日本の銀行預金の利子並みに需要低いんだからやめとけって。
それにしてもまずいな、先生の婚期を逃した女性だけが発することができると思われる漆黒のオーラに飲み込まれて素直にかばんを渡してしまいそうだ。しかしそうなったら今後俺は最高にはじけた高校生活を送ることになってしまう。そんなフィーバーな展開は死んでゾンビになってもごめんだ。そうやすやすとかばんを渡すわけにはいかない。なぜならこのかばんには俺の輝かしい未来がかかっているのですから! 絶対に上手くやり過ごしてやるゾンビ! はい、今の俺のボケは最近女子高生の間ではやっている原宿のゾンビ食べ放題店の宣伝をしただけのただの寒いステマボケですね、自重します。
「先生。」
ゾンビ食べ放題店の宣伝をしている間にエロ本を死守する策を思いついた俺は、早速それを実行に移そうとする。
「なにかな、西条君?」
「先生のようなかわいい人に持ち物検査なんて汚れた仕事をさせるわけにはいきません。」
「え?」
「たとえ俺が今ここで先生にかばんを渡さなくて、やっぱりあいつはエロ本を学校に持ってきていたんだという汚名を被ることになってもかまいません。それで・・・、それで先生のきれいな手を汚れた持ち物検査という仕事から守ることができるというのなら・・・。」
はっはっは、我ながら完璧な作戦だろ? とりあえずピンチの時はそれっぽいこと言っときゃいいんだよ。婚期を逃した女性というやつはそこらへんの夢見る女子中学生とかよりも断然夢見ているから、簡単に安っぽい言葉にだまされるな。哀れ哀れ。それにしてもさすがこの俺だな。土壇場で良くこの作戦が思いついたものだ。
「さ、西条君・・・。」
「なんですか、先生・・・。」
先生の瞳からどす黒い色が消えて、いつものトローンとした目に戻った。まったく、ちょろいもんだぜ。
「思ってもないこと言ってんじゃねーよ童貞、大人の女なめんなよコラ。」
・・・え?
「ったく、おまえみたいなガキ相手に時間使うの勿体ねーから今回は見逃してやっけど、次はねーからな。」
そう言うと、先生は舌打ちしながら俺の机を蹴飛ばして、教壇の方へと戻っていった。
・・・よし、まあなにはともあれエロ本を守り抜くことができた! 作戦は無事成功だ! うん、成功だぜ! それも大成功! まったくもって失敗している要素なんてどこにもないだろ? さてもう一時間目も終わりだし、この調子でいけばエロ本持ち込みがばれることもなく明日以降もそれなりに平穏な高校生活を過ごすことができるぜ!
しっかし中川のアホはいつ来るのだろうか? てっきり一時間目と二時間目の休み時間にさりげなーく来るのかと思ったが姿かたちも見えないし、ラルインで俺になんの連絡もよこさないからやっぱりまだ寝ているのだろうか。うーん。まあそんなに悩んでても悩んだことによって中川が登校してくるというわけでもないし、ここは二時間目が始まる前にトイレの個室にでも行っていつものように休み時間をやり過ごすか。
そして俺は自分の席から立ち上がりトイレへと向かっていった。
廊下に出た瞬間俺に向かって猛烈な勢いで突進してくる何かが視界の隅に見えた。だが俺の頭の回転が遅いせいか、それとも前世で受けた旧レーシック手術が失敗してしまった時のなごりのせいなのかはどうかはわからないが、そのことに気付いたときには既にぶつかっていた。
グハッ!
俺は急な衝撃をくらい、そのまま尻から地面に倒れてしまった。一体この俺にぶつかってきたのはどこのどいつだ。場合によっては民事訴訟もんだぞ。
「チッ、邪魔じゃないか。ちゃんと前向いて歩けよ!」
きつめの口調の女の子の声が頭上の方から聞こえてくる・・・、俺は女の子に吹っ飛ばされてしまったのか。なんか自信なくすな。
しかとこいてんじゃんねーよ、この当たり屋!」
女の子はあたかも俺からぶつかってきたかのような口調で言い放ってきた。
てかそもそも少しの沈黙でしかととか言うんじゃねー! そんなこと言ったら何気ない挨拶が返ってくる確率が日本の消費税率並みの甲子園のソクラテス先生はどうなるんだよ! ちゃんと人の境遇考えてから発言しやがれ。
クソッ、それにしてもこの雌豚上から目線のなめたことばっか言いやがるし、謝罪もせずに一方的に俺が悪いみたいな感じに言いやがって・・・。いいだろう、つまり俺に喧嘩売っているということだろ? その喧嘩買ってやるよ。六法全書を完全読破している俺に裁判で勝てると思うなよ。まずはどんなツラしてるか拝ませてもらおうか。
俺は心の中で毒づきながらその女の子の顔を見てみた。
グハッ!
本日二度目の衝撃。ちなみにくらったのは俺の心。では何故俺の心に手裏剣が刺さってきたかというと、そいつ、というかその子の顔はブサイクでもモヒカンのごつい顔でもなくとてつもなく可愛かったのだ。ちょっときつめの目線を俺に向けているが、全体的に整った顔つきにきれいな黒髪のショットヘアー。さらに右前髪のところにシンプルな赤いヘアピンを付けているのがチャームポイントとでもいうべきだろう。めちゃくちゃ俺のタイプだ。この子のかわいさをわかりやすく表現するとすれば、甲子園のソクラテス先生の初恋の相手の小野小町を優に超しているといった感じだ。え? 作者いじりはもう飽きたって? ごめん、もう絶対しない。
「なにじろじろ見てんの?」
むっとした不機嫌面で俺と読者さんとの会話を強制的に割愛させた挙句、さらに鋭い目つきで睨みつけてきた。だが俺はその子のそんな表情を見て不覚にもときめいちまった。だって普通にかわいんだもん。俺ってMの素質あるのかもな。
それにしてもやばいな。一度かわいいと意識してしまうと緊張して上手く声が出ない。落ちつけ俺。自然に会話のキャッチボールをするんだ。
「え、えとっ・・・。」
思いっきり噛んでしまった。初球から大暴投である。落ち着け俺。ここはどういったアクションをとるべきか冷静沈着に考えるんだ。素直に土下座して靴をなめるべきだろうか。それとも俺の得意技の逆ギレしてからの謝罪会見という究極のツンデレを披露するべきだろうか。どっちの方がこの場を切り抜けられるプラスこの子に好印象をもたれるのだろう? ハッ! かわいい子のためにどうするべきか考える・・・、これが恋というやつか! もしかしたら今日は俺の記念すべき初恋の日なのかもしれない。母さん今夜は赤飯ですね!
気づいたら俺は悶々と自問自答していた。そんな黙って下を向いて何か思いふけっている俺を見て、女の子はもういいやといった感じの顔をしながら口を開いた。
「あー、もう時間ないから僕もう行くね。あんたも今回は許してあげるから次からは気をつけなよ。それじゃあね。」
どうやらどうでもいいことを考えるのに時間を使いすぎてしまったようだ。このままでは俺の印象がただの暗いコミュ障野郎のまま彼女が姿を消し去ってしまう・・・。
そんなのはお断りだ!
「ちょ、ちょっと待ってくれお嬢さん!」
「えっ?」
とりあえず女の子を引き止めてみた。ここは俺の小さな勇気に拍手喝采だな。ただ困ったことに話す話題や用事なんてこれっぽっちも考えてなんかいない。そうだ、ここは俺のハイパーなアドリブで何とかしてやろう! 心から浮かび出た言葉をとりあえずあの子に伝えよう!
「お嬢さん!」
「もしかして僕のこと?」
「君の・・・、君の名前を教えてくれ!」
「・・・は?」
「だから、君の名前を教えてくれ! 知りたいんだ! どうしようもないぐらいに・・・。」「え、なんか気持ち悪いから嫌です。それと・・・、やっぱいいや、それでは。」
そう言って女の子は俺とさっさと離れたいらしく、普通にガチな走りで自分の教室へと行ってしまった。
はっはっは! 見事に撃沈してしまったようだな! もう死んでしまいたいわ・・・。
名前すら教えてもらえなかった哀れな今の俺に出来る事は、隣のクラスに入っていく彼女の背中をただボーっと見つめる事だけだった・・・。
その後休み時間ももう終わる時間になったのでトイレで時間をつぶす必要もなくなった俺は、教室につたない足取りで戻っていき後の授業全てを机に突っ伏しながら一人さびしくワイシャツの袖を濡らしていた。