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Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【魔術師編】
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【魔術師編】17 The Eyes of Truth



【アルト】に住まう天聖術士も騎士も、不死者の討伐に全力で走り回っていた。


 大智が自分の役目を終え、街から去った後も、戦いは続いていた。


 街の前に居た頃は伏兵を含めても敵は七十だったのに、殺された数の方が圧倒的に増え、今では五百の人間が死に、敵になっていた。


 兵士に限らず、そこに居るだけのただの人間――女も子供も、老人も。死んでしまえば不死者になり、人に危害を与える不死者となる。



「俺達が、なんでこんな事を……」

「なにも悪い事をしていないのに、なんで――」



 そんな言葉が、街のどこからにでも聞こえてくる。


 その中で、ジェラルドは不死者の討伐を黙々と行っていた。


 赤子の鳴き声がどこかで聞こえてくる。必死になってそれを母親があやしていた。そんな元に、不死者が襲い掛かろうとする。



 ジェラルドは颯爽と現れて、不死者を葬った。



「ありがとうございます!」



 助けたからには礼を言われるのは当然だった。それをどういたしましてと答えるのが、普段のジェラルドであった。


 だが今のジェラルドには、一つとして言葉を返す事はなかった。


 ジェラルドの頭にあるのはただ一つ。ガイア(大智)に対する思いだけだった。



(ありがとう、か。ガイアに、そんな簡単な言葉一つ……掛けてあげられなかった)



 冷静さを失っていた。まず言うべき事があったのに。ジェラルドの中で僅かながら、そんな後悔が生まれていた。



(いや、ガイアは僕を、人間を裏切っていた。騙していた。ありがとうなんて、言う必要はない)



 割り切ろうとしていた。だが、ジェラルドの悩みが解消されはしなかった。


 時は過ぎ、夕の刻限を迎えようとしていた。街を守った兵士たちも、全員が疲労の限界の色が見て取れた。それに見合う結果として、全ての不死者を狩り終えていた。夜を迎える前に、それが出来た。



 ジェラルドは馬に乗り、自分の屋敷前の広場に戻った。そこに本陣を構えていたのだから、そこで報告を待つのも将としての役目だ。


 本来はジェラルドが戦線に出るべきではなかった。だが、士気の事もある。自分が前に出ることで味方を鼓舞するのも必要だった。


 そしてそれを考えるべきは本来、ジェイド伯爵であった。だが本陣に帰っていたジェラルドは、ジェイド伯の姿を見つけることが出来なかった。



「……ノール。父上は?」

「そういえば、ガイア様が去った前から姿を見ておりませんな。屋敷に隠れておいでなのでは?」


 少し棘のある言い方だったが、ジェラルドも既に気にはしていなかった。

 それよりもこの場において、この責任者が居ないというのは問題があった。


 この街の被害の最大の原因はジェイド伯に他ならないのだと、ジェラルドは確信していた。


【アルト】北区はほぼ崩壊。街の二割以上の範囲が完全に死んでいるのだ。大智やナクアが初めて訪れた、あの饗宴の様な街の風景も、今はもうない。



「……探してこよう」



 屋敷に入り、ジェイド伯の自室を訪れると扉が開いていた。いつもは硬く閉ざし、鍵さえもしている。


 中を覗いたジェラルドは、眉をひそめていた。


「何を、しておられるのですか、父上」


 荷をまとめ、詰めていた。巨大なカバンを三つ用意し、詰め込めるだけ詰め込み、服に、酒に、布に、宝石に、どれも高価なものばかりだった。


 夜逃げの準備だと、誰が見てもわかるだろう。ジェラルドにもそれは理解できた。


 現れたジェラルドに、青ざめた様な顔をしてジェイド伯は恐怖していた。



「お、お前! い、いつからだ……いつから私を裏切っていた!」


「何を言っておられるのですか?」


「とぼけるな! 街に魔族何ぞを連れてきおってからに! いけしゃあしゃあと何を! そんなに私が憎いか!? いつから真実を知ったんだ!?」


「父上、僕は裏切ってなど居りません。それより、今回の件について詳しく話をしたいと――」


「今回の――……なに? まさか、気づいていないのか?」



 ジェイド伯とジェラルドは違う事を考えていた。どころか、ジェラルドは興味を持った。




「……真実とは、なんですか? 父上」




 ジェラルドは堂々とした足でジェイド伯の部屋に侵入した。言い逃れをされたくない。なにを隠しているのか。何を怯えているのか。


 だが、ジェイド伯は言葉を返そうとはしなかった。


 いつものように、都合が悪くなると、全てはぐらかし、逃げ出される。冷めた頃合にまた普段のように、偉そうに、怠慢に、ふんぞり返る。


 それがジェイド伯のやり口だ。


 だが、それを許さない者が一人、開いた扉の向こう側から現れた。




「それは私が教えてやろう」



 誰だとばかりに、第三者を二人が見た。小さい姿の女の子だった。名はメリッサ・ノースケット。この屋敷に住まう、アルトマリン家の末の娘。


「ジェラルド、よくやった。褒めて遣わそう。褒美として、特別に真実を教えてやろう」


「な、なんだ、メリッサ! いきなり何を言い出すんだい?」



 ジェイド伯の精神が安定しなくなった。ジェラルドさえもこの状況には混乱していた。目の前にいる人物は確かにメリッサだ。自分たちのよく知る、この家で一番年下の子ども。


 だのに今は、その雰囲気が、態度が、言動が、普段のメリッサではなかった。


 大人以上に、大人びていた。



「ジェラルド。この男――ジェイドは、お前の本当の父親ではないんだ」

「なあ――ッ!? 何を言っているんだ!?」


 ジェイド伯が今にも泡を吹きだしそうな奇天烈な声で否定する。


「黙れ、肉の詰まったゴミ豚め。お前には話していない」


 メリッサが鋭い眼光と手の平を見せつけると、ジェイド伯は息をするのも絶え絶えに大量の汗を流して腰を抜かしていた。


「お前は本当の両親の事をまずは知るべきだ。お前の本当の父はな……人魔戦争にて背中から仲間に襲われた可哀想な騎士と、その婚約者であるエメリアだ」


「……どういう、ことなんですか。父上?」



「やめておけ。今のソイツは動く肉袋よ。全部、私が説明してやる。これは真実だ。


 この男は、実の弟に嫉妬していたんだよ。剣術で叶わず、人望もあって、出世もして、英雄様と行動してきたあの豪傑に。


 戦争時に、同じ部隊にいたのを見つけ、たまたま背中を取り、声を掛ける振る舞いをして、この男は実の弟を殺めたのさ。


 腹に子どもを抱えた女が帰りを待つ、ただの一人の男を――殺したんだよ。


 母親を寝取ったのだって、別に好きだったからじゃあないんだろう? 弟の所有物を欲していただけだ。気分が良かっただろうな。


 逆に母親はあまりの不誠実さに心を病み、衰弱死したようだなが。それもジェイドに殺されたようなものだ。可哀想に。


 ジェラルド、お前を育てていたのだって、自分に箔を付けたかったからだ。優秀な子を持つ、その(たぐい)(まれ)な才能を誇示するために。


 だから自分が父親だと言い張った。どこかで覚えはないか? わざとらしい演技をされなかったか? お前を助けたのはこの父だ、とな。きっと覚えがあるだろう。


 だが所詮、この男の頭にあるのは自己顕示欲だけだ。



 金も、名誉も、権力も手に入れたんだろう?

 どうだ、人を裏切り、欺き続けてきた蜜の味は? 大変甘美な麻薬だったろう?



 ジェラルド……この男をどう思う? まだ大義を信じるか?


 諦めろ、此奴にはそんなものはない。お前は利用されてきたんだよ。裏切られてきたんだよ。目を覚ませ。



 ……これ以上、私の口から何か訊きたいか?」


「……十分だ。メリッサ」



 ジェラルドは、机の上にあった果物ナイフを見つけ、手にした。


「この男に、剣は似合わない」



 ジェラルドの目には今、漆黒の炎が燃えていた。


 憎悪が燃え盛り、目の前の害虫を仕留めるのだと、考えが定まらなかった。



 動けずに、硬直したジェイド伯が、必死に何かを懇願するように、だが自由に動かない体を必死に動かそうとする様は、見るに堪えないモノがあった。



「まだ何か言いたそうだな。少し口を開いてやるか」


 メリッサが手の平をジェイド伯に向けると、壊れた蓄音機の様に喚きだした。


「違うんだちがうちがう違う! 私は違うんだ! 今のは――そう! でまかせだ! メリッサが知っている訳がないではないか! まだ十の子供だぞ‼ 真に受けてどうする! 私を殺すのか⁉ そんなことをして何の意味がある? やめろ、来るな! 近づくな‼ あのクソッタレが全部悪いんだ! あの魔人が、守護者だと嘘ついたあの黒い化物が‼ 鎧の奴が全部――そうだ、私じゃない、私は違う! 待ってくれ! どうしたらいい。何が望みだ? 何でも言ってみろ? 金か? 地位か? 欲しい物ならなんでも用意するから――」



「……自分で、考えろ」



 ジェラルドにはもう我慢できなかった。

 今のジェラルドでは、考える事ができない程に、精一杯だった。

 ナイフを逆手に、その剣を頭に突き刺すだけだった。それだけですべてが終わる。



『自分で考えろよ』



 その言葉が、妙な引っかかりをジェラルドに与えた。


(わからない。どうすれば自分の答えが得られるんだ。奴の息の根をとめれば、全てがわかるのか? そうなのか? 違う。そんな訳がない)


 ジェラルドは、目の前でうるさく宣うジェイドを下目に、何かを忘れている様な気がした。


(何を忘れていたんだ。そういえば昼間にも、そんなことを……。確か――ありがとう、と言えてなかった事を、思い出したような――)


 感謝する気持ちを、礼儀を忘れていた。失いかけていた。

 助けてくれたこと。命を救ってくれたこと。誰かを守ってくれたこと。



 ジェラルドは思い出した。


(それを、忘れてはいけない。誇りある、ヒトであるならば)


「ジェラルド? どうした。そのゴミを片づけろ」


「……メリッサ。それは出来ない」



 ナイフを床に落として、ジェラルドは立ちすくんだように後ろへ下がった。



「どうした、何を臆する。復讐はもういいのか?」


「父……いや、伯爵にはここまで育ててもらった恩がある。知識も技術も、この生活が無ければおそらく手に入らなかった。これはその情けだ」


 ジェラルドは不様に倒れた男から背中を向けて、出口に向かった。


「……もう、貴公とは共に歩めません。今まで、お世話になりました」




 ジェラルドは部屋を出た。


 それで一番胸をなでおろしたのはやはりジェイド伯だった。



「は……はは。あの、大馬鹿者め。許さん、この屈辱は絶対に許さんぞ……。八つ裂きにしてさらしてやるからな」


「やはり貴様のお頭はどこまでも手遅れだな。ジェラルドに見逃してもらえたから、もう終わりだと思うたか?」


 果物を切るナイフをあどけない手で握るメリッサが、ジェイド伯の顔を恐怖のどん底へと押し戻した。



「な、なぜだメリッサ! お前まで、私を裏切るつもりか?」


「裏切る? それは違うな。先に裏切ったのはお前だ、ジェイド。私を誰だか忘れたか? 私はノースケットであるぞ」


 常人の域を超える、頂上の存在。それを理解するには、ジェイド伯の想像力では及ばない領域にあった。理解をする前に、メリッサの手にある刃物が、父親の胸に穿たれた。


 悲鳴を上げるジェイド伯は痛みに悶絶すると、のたうち回って暴れまわった。



「ふふ。このまま本気で殺すのも悪くはないわね。……ああ、でもこれ以上は血で服が汚れてしまうわね。メリッサが可哀想」



 自分で自分の手を嫌そうに見ていると、窓から汽笛の様な音がした。これはモーガン卿の乗ってきた上陸船が来た合図だ。


「……タイミングが遅いわね。それともこちらが早かったのかしら。まあいいわ。後はモーガンに任せましょうか。どうせ【アルト】はモーガンに任せるつもりだったし」


 窓を覗くついでに、彼女の意識はこの街に来ているだろう一人の老人の姿を思い浮かべた。



「ハーレイ、貴方の目的が何だったかは知らないけれど、都合が良いから乗せてもらったわよ。お蔭で無傷で領地を回収できたわ」



 メリッサの横で男が転がりまわって死んで逝く。その存在を鬱陶しそうに目を反らし、窓から空を見上げて煌々と輝く月を持って無聊の慰めとした。


「それにしても、母様も何を考えているのやら……」




◇ ◇ ◇




 ジェラルドは馬小屋に向かっていた。


 その途中、執事服を着た男が待っていた。衰えの無い鍛え上げた体は、初老の執事ノールだった。


「ジェラルド様、行かれるのですね」

「……すまない。もう、ここにはいられないんだ」


 旅の支度などしていない。武器と馬だけで、今はこの屋敷から出てしまいたかった。


「こちらをどうぞ。一通りの道具をご用意いたしております」


 ノールは膨れ上がった旅袋を一つ、ジェラルドに受け渡した。



「止めないのか?」


「……いずれはこうなるかと、覚悟しておりました。もう少し先になると思っておりましたが、これも運命(さだめ)というモノでしょう」


「お前は、全部知っていたのか」


「何事にも、知るべき時と場合がございます。申し訳ございません。この取るに足らないわたくしめを、どうかお許しください」


 深々と頭を下げるノールに、ジェラルドはなんの悪意も感じなかった。むしろ、ずっと支えてくれたノールに感謝した。


 剣術を教わったのもノールだったし、英雄の話を聞かせてくれたのもノールだった。


 ジェラルドにとって、ノールとは執事ではあったが、同時に、祖父のような存在でもあった。


 ジェラルドの胸には、晴れやかさと寂しさが同居していた。


「そんな事は無い……。ノール、ごめん。僕は行くよ。後はお願いします」

「かしこまりました、ジェラルド様」



 馬を二頭、小屋から連れ出した。


 送り届けるような視線を後に、ジェラルドは旅立ちを選んだ。



 ノールは、ジェラルドの背中を見て、とある豪傑の姿を思い出していた。


「父親のように、気高く、そして信じるモノの為に、どうかお心のままに生きてください」



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