【魔術師編】15②
ナクアに馬を預け、俺は一人で街の中を走り続けることにした。
もともと、疲れを知らない身体だ。全力で走り続けても戦闘に支障もない。
先に第二城壁の貴族街に行けば【始祖の眷属】と遭遇するだろう。でもそれじゃあロイン達と遭遇できない。
ロイン達は俺達と分かれた後、確かに西の方角へ進んでいった。ならこのまま進めば、運がよければいつかは出会うはずだ。
運が悪ければ、偶然がなければ、そういう運命だったのだと諦めるしかない。
だが、もしもそうでないのだとしたら、最後に一度でもチャンスが巡るのであれば、それに賭けたい。
「――あれか」
氷の柱が高々と立ち上がっている。多分、ロインの仕業だ。向こうから居場所を教えてくれるとは、いじらしい事をしてくれる。
近づくにつれ、人だかりが出来ているが見えた。それも、人間のだ。
手には武器を持っている。どういう状況になってるんだ。
人を掻き分け、前に出た。
ロインが、左腕に子供の男の子を抱きかかえている。いや、あれは人質だ。
隻腕のはずの右腕を氷で作り、鋭い刃で首に宛がっている。
角がわずかに成長しているのか長くなっている。魔素濃度が上がっている証拠か。
ロインの体に凍傷があちこちに現れている。かなり無理をしていた。
「……また、お前か」
「ロイン」
また鋭い目をしている。恐ろしいと、今でも思う。
でも、臆さないほどの覚悟が今はあった。
「来るな!!」
後ろには、魔血種たちが荷台を押して荷物を運ぼうとしている。生きていくのに必要なモノから、そうでないものまで。なんでもいいから詰め込んだみたいだ。
「……ロイン。お前は自分が何をやってるのか、わかってるのか?」
「うるさい!! いいから、この鬱陶しい邪魔者共を退かせ!!」
聞く耳持たず、話す事もなさそうだった。
集まった住民が彼等に罵声を浴びせていた。
「子供を解放しろ!」「悪魔共め!」「魔族なんかくたばっちまえ!」「コソ泥め!」「恥を知れ!」「卑怯者!」「くたばりやがれ!」「最低!」「地獄へ落ちろ」「魔素が感染するぞ!」「子供が死んじゃう!」
三秒だけ耳を貸してみるが、聞くに堪えないな。こんなに言われたら、そりゃあ耳を塞ぎたくもなるだろう。
これではまともに対話もできない。
外野に静かになってもらうにはどうするべきか、考えた。
いや、もういいだろう。立つ鳥跡を濁すと言い切ったからには盛大にやっちまおう。
「鎮まれ!!」
杖を叩いて下先から大樹を作り出す。異常な成長を遂げた樹が音を立てながら空を覆い、碧々とした樹が背後の道を塞いだ。多分怪我人はいないだろう。
「これで静かになったな」
「な、なにしたんだ、お前?」
「どうでもいいだろ、そんな事」
堂々と、ロインに近寄っていく。ロインは警戒し、泣く子供を見せつけ、言葉のない威圧を送りつけた。
「……何しにきたんだ。ガイア」
「さてな。それはこれから決める」
「なに?」
俺だって今、考えながら、成すべきことを決めているんだ。時間が足りないし、許してもくれない。
状況が止まらないから、俺も止まれないだけだ。本当はもっと気長に、悠長に、熟考したいのに。
そうじゃあないから、間違えるし、過ちを犯してしまう。ロインもきっとそうだと思う。盗賊連中はちょっと違うようだが。明日の食う物に困る連中が普通あんなことしないだろう。
ロインは、本当に自分達に後がないから、必死なんだ。必死だから、何でもやるんだ。
俺からすれば、情状酌量の余地有りだと思う。……そう思うのは、甘いんだろうか。
「……もう一度、聞かせてくれないか。ロイン」
彼等が息を呑んだ。ロインは覚悟を決めた顔をしている。
「これは、本当にお前達が望んだことか?」
「……何を、同じ答えを聞きたいのか?」
「こんな状況じゃあなければ、同じ事をしたか?」
「一々苛々させるんじゃあねえ!!」
氷の柱が俺に向かって飛んできた。【賢奴の赤旗】を巻いた右拳で横を叩き割った。叩き割るどころか、中で破裂するように、粉々になって散っていった。
いけるかもと期待して殴ったが、思った通りにちゃんと拳は氷柱を捉え、尚且つ無効化してくれた。偶然の偶々だ。でも、効果は思った以上だった。
ロインには、俺に何をしても通用しないという恐怖心を植えつけられた。これで話もしやすくなるだろう。
「まあ、そうだよな。腹は立つよな。自分達は生きるのに必死で、やりたくない事にまで手をつけて、それで非難されて、正直げんなりするよな」
「お前に、何がわかるんだよ!!」
「知らん! お前らの五年間の努力なんか、俺は味わってないから同情なんか出来るか!」
しまった。思った事をそのまま口にしてしまった。だが言ってしまったのはもうしょうがない、続けよう。
「お前等の地べた這い蹲る血の滲む様な日々を、俺は知らない。だけど、尊いとは思うよ」
これは正直な気持ちだ。だってそれしか言う言葉が見つからないんだ。
「悪い。先に謝っておく。正直、俺はお前達が誰にも迷惑をかけずに、灰の積もった街に咲いた花みたいに、健気に頑張ってるんだなって勝手な妄想を押し付けてたよ。現実はそうじゃないって、知ろうと思えばその機会はあった。けど、勝手に出て行ったからな。戻るのも、気まずかったんだ。他にやることもあるし、煩わしかった。だから、これは俺の我が侭だ」
長い独り言だな。自分で思いながら、しかしロイン達はただ黙って、俺の言葉を待っていた。待ってくれていたのだから、言葉を出さずにはいられない。
「俺が望んでるのは、ただ一言、違うって言葉だけだ」
「それは……もう、無理だ」
「本当は、望んでなんかいない。生きる為に致し方がないって言ってくれ。その手に抱えてる子供を、お前は殺したいのか? ロゼッタと同じ、ただの子供を、お前はその手で殺したいのか?」
「――ッ! 同じじゃあない!!」
「同じだ! お前等魔血種も、魔人も、人間も、所詮は同じヒトだろうが! 種族が違う? 魔素の因子? そんなの細かいこと知るか! いちいち世間の目に狂わされるな!」
どこで生まれたとか、アイツがどこで育ったとか、何が出来るとか、魔素に感染したとか、それがどうした。化物だって言われても、俺は所詮ヒトのままだ。始祖の因子なんてモノを持っていても、結局ウジウジと悩むし、相変わらず夢見がちだし。
現実にいた頃は、俺はどこにでもいた、死んだように毎日を惰性で過ごしていた無気力なただの学生だったよ。大学受験の事とか、どこに進学するとか、働こうとか、手に職を持とうとか。そんな自分のことしか不安に思わなかった。
今はそれを変えたい。変えなきゃいけない。
だから、俺だってお前等と一緒で必死なんだ。
負けてられない。
「何度でも聞くぞ。お前等は、本当にヒトを殺したいのか?」
誰も、何も、言わないのか。言えないのか。
迷ってるんだ。先ほどまで、ただただ必死だった連中が、今は動揺している。
誰かが反論するように口を開いた。
「……人を殺したい? なんで、そんな飛躍してるんだ」
「違うのか? 今、街で暴れてる化物は人を殺して回ってる。俺はそれを止めたかった。けどお前達が倒す邪魔をした。ならばそれは殺しの加担だ。乙女暈しても意味はない。お前等も、俺と同じ大量殺戮者の仲間入りだ」
「違う」
「何が違う。事実だ。俺は自分の手は汚してないが、結果的に大勢殺してる。お前等も同じになるんだ」
「オレは殺したいなんて一つも思ってない!」
「僕だって、昔は同じ人間だったんだ! なのに、なんで苛まれなきゃいけないんだ!」
「死にたくないだけなのに、俺達が何をしたって言うんだよ!」
言った。言ってくれた。
誰も彼もが、自分は違うと言い出した。
酷いものだな。誰かが言い出すと、同じように言葉を重ねる。見続けていたら許してくれって懇願されてるみたいな気分にさせられてくる。
でもこの場合、誰もが心に秘めていたことなんだろう。
人を殺すなんて、本当はしたくなんかない。
誰だってそうだと、俺は信じたい。
後は一人だ。
「ロイン。どうするんだ?」
まだ、ロインの手には子供が握られている。まだ、終われない。自分の選択を諦められない。生き抜くことを諦める必要なんかないのに。
「じゃあ、俺達はどうすれば良かったんだ。あのまま、何も残ってない塵だけの場所で、くたばって死んでおけばよかったのかよ」
そうではない。そうではないが、そう言われているのと同じか。でもそれじゃあダメだ。何も解決しない。
その何かが肝心なのだ。解決しなきゃいけないんだから、どうにか答えを出さねばならない。
ふと、無駄に御高説な老人の言葉が蘇った。
「……そうだな。答えは自分で得るものだ」
「なに?」
「怒らずに聞いてくれよ。こういう大事な選択は、自分で答えを出さなきゃいけないんだとさ」
「それが、この結果なんだろうが!!」
「まあ聞けよ。要するに、誰かが答えを出したらダメだってことなんだよ」
「……俺達の答えが、これだったんだよ」
「こんな方法よりももっとマシな方法がきっとあったハズだ。だからさ」
ちゃんと目を見て、真っ直ぐに伝えた。
絶対に外せない……このパズルのピースがはまらなければ、もう、押し通って進むしかなくなる。
「一緒に考えよう」
ロイン達だけで考えてもダメだった。俺が答えを教えてもダメだ。なら一緒に、お互いが納得できる答えを探すしかあるまい。正直、これ以外に説得なんて出来ない。俺自身、助けなきゃいけない存在に助けられてばかりだ。だから、余計に思う。
助けを求めること、己の至らなさと向き合うこと、両方とも、勇気のいることだ。
「ロゼが、足を失ったんだ。治療するのも、怪我を癒すことも出来ない。これから先、ずっと誰かに手を借りなければいけないんだぞ。どうするんだよ」
「それも一緒に考えよう」
「他人の不幸を背負うって言うつもりか」
「知ってる奴が死ぬよりまだマシだと思う」
「……ただの他人じゃあないか」
「ただの他人じゃない。俺の知ってる、高潔な精神を持ったロインって男だ」
ロインの手の力が、緩んで、ほどけた。
「俺の、負けだよ……」
「……ありがとう」
一瞬、信じられなかった。
奇跡だと思えた。あれだけ不可能だと思っていたのに、もう無理だと一時は諦めていたのに。
でも達成した時は、妙に穏やかな気持ちだった。
子供を解放して、俺のほうに寄越した。
「一人で帰れるか?」
「おねえちゃんは、一緒じゃあないの?」
あどけない子供におねえちゃんと呼ばれる。とても複雑な気分だ。ちょっと塩味がする。
「ごめん。俺、今から怪物と戦わなきゃいけないから」
「そっか。じゃあボクもがんばってひとりでかえる!」
「……すげえたくましいのね」
子供は大樹をよじ登って、向こう側へ行く事を決心した。大人でも戸惑う高さなのに、子供って凄い。
それにしても、通路を塞ぐ大樹なのだが、どうやって消せば良いんだろうか。時間経過で勝手に消えるのだろうか。まあ、本当に邪魔なら誰かが燃やすか刈り取るだろう。
結局は他人任せだな。
「ロイン。とりあえず荷物は、食い物と治療道具くらいにして【アルト】を出ろ。今なら誰も瓦礫側には居ないはずだ。ミッドガルドに向かって待っててくれ」
「わかった……。本当に信じて良いのか?」
「これで嘘ついてたら俺は本当に悪魔の化身だ。一々面倒な事聞くなよ」
「そうか、悪い」
一瞬『本当に面倒だったら全員殺してたよ』と言いそうになったが、そんな冗談を言ったら全てが水の泡になりそうだ。軽口が出なくてよかった。
「さてと、一つ目の難題は終わったな」
終わってみると、なんと呆気ない。心の持ちよう一つでこれだ。案外、深く考えすぎていたのかもしれない。
下手の考え休むに似たりとはよく言ったものだ。




