【魔術師編】14②
老人は笑みを絶やさず、どこかの海外映画に出てくる灰色の魔法使いの様な笑みを浮かべて、俺達の前まで訪れた。
「どうして、こんな所に――」
「偶然、近くを通りかかったもので。どうやら大変な決断を差し迫られているご様子。良ければ、お聞かせ願えませんかな?」
「――なんなんだよ、あんた」
圧倒的な場違いの存在が現れた。あまりの能天気さに怒りが込み上げてきた。
その微笑みが、今は憎たらしい物に見えた。
「なにを聞きたいんだよ。上手くいかない事か? 全部、何もかも、俺が間違えてきたことか!? いったい何だっていうんだよ!
何が一つずつだ! 問題が次から次に矢継ぎ早で現れて、何も解決しない内から次の問題が積み上がっていく! 一辺に全部解決しなくちゃ問題なんか無くならないじゃないか!
自分の事を知れだと? 己の小ささも至らなさも、痛い程わからされたよ! けど成長なんか何一つできやしない! わかった事は俺が何もできない事だけだ!
今がそうだよ! 知ってる奴が殺されて! 凄いと思った奴が悪に手を出して! 友達の危機なのに、俺にはどちらも選べずじまい! 挙句守らなきゃいけない奴に守られてる!
どっちを選ぶのも嫌でどちらも選べずじまいで、何をどうすればいいんだよ!?
俺は、英雄でもなければヒーローでもない。ただの、理想ばっかりが大好きな、何も選べないクソガキなんだよ……。
奇跡でも起きない限り、もう……無理なんだよ」
言ってて、虚しさが込み上げてきた。涙が出てきた。なんでこんなに惨めなんだ。
俺は、自分を知っている。本来の自分を見られたくないがために、ハリボテの看板で身を隠す。臆病者だ。
きっと、ロインが勘違いしたのも、その看板しか見ていないからだ。本当の俺はうずくまって、立ち止まって、隠れていたいだけなんだ。
臆病で、卑怯で、意気地がなく、理想を演じ続けた、強がりしかない男。それが俺だ。
怖いんだ。本当の自分を見られるのも、知られるのも。
止まらずに、ずっと悩み続けていた事が、全部吐き出された。
幻滅されるだろう。こんなにも惨めな奴だったのかと。知恵を授ける価値も無いような奴だったと。
「……ほほう。分かっているではありませんか。なぜそこまでお気づきになられて、立ち止まっているのですか?」
なぜか、目の前の老人はまだ笑みを浮かべていた。
なぜだ。俺は今、とてもじゃあないが、下らない事を言ったはずなのに。
どうして、それを受け入れる様に、微笑んでいるんだ。
「存外、人は自らの過ちには鈍い物です。人は他人の悪しき行いばかりに目がいく。そうして自分はまだマシだと思うのですが、どうやら貴方は違う様です」
「……何を言ってるんだ。そんなの、どうしてわかるんだ」
「単なる経験則です。貴方とは生きている時間が違うのです。知っていて当たり前ですよ」
わからない。分かりたくない。そう……聞きたくないんだ。
どうして、俺は老人の言葉に耳を塞ぐのだろうか。どうして俺は人の言葉を素直に聞き入れられないのだろうか。
一杯なんだ。自分の両の手で抱え込める以上を抱えようと必死になって意固地になっていたんだ。
一度、荷を下ろして、考えたくなった。
「どうやら、真に言葉を交わせるようになられたのですね」
老人が杖を地面に突き立てて、腰を下ろしていた。ここが自分の領域であると言い張るように。
「……ナクア、悪い。時間をくれ」
「……。わかりました」
なにを逡巡したのか、それとも考慮したのか。俺にはわからない。分からないから、答えが欲しい。
「教えてください。俺はどうすれば良いんですか?」
朗らかに、老人は笑みを絶やさずに答えた。
「私にはキミの答えなどわからない。それはキミ自身で得るべき答えです。ですが、そうですね。一つ思い違いをしていらっしゃるので訂正しておきましょう」
「思い違い?」
「はい。そも――奇跡とは何でしょうか?」
奇跡――通常、起こり得ない事。単なる理想の言葉。夢が現実になる出来事。俺みたいな凡人では届かない領域。
「人に憧れを抱かせる英雄をどう思いますか? 彼らは数々の奇跡を起こし、その名を歴史に刻んできました。ですが、英雄がいつでも奇跡を起こせるとでもお思いますか?」
「……そんな事は、ありえない」
「その通りです。本来ならば起こりえない現象が奇跡と呼ばれるのです。ですが、それはマヤカシに過ぎません」
老人は懐から銀貨を取り出し俺に手の内に収めさせた。
「奇跡なんてものは、所詮は単なる偶然の積み重ね。偶然が重なって起こり得ることで、常人には奇跡として見えるのです。
さながら魔術師――いえ、奇術師のペテンを魅せられているように」
老人が手をクルリと返すと、老人の手のひらに銀貨があり、俺の手の中から銀貨が消えていた。
「一体、どうやったんだ……」
「今のは単なる話術と手品ですよ。握らせた時に既にくすねて、言葉で惑わせて、ただ目の前で見せただけです。説明すれば、なんてことはないでしょう? 奇跡とはつまり、こういう事です」
「でも、これは偶然ではないでしょう。手品は、練習して覚えるモノだし」
「その通りです。今のは日々の積み重ね、努力を怠らずに手に入れた技術の一つです。どうですか? 私の真意を理解できますか?」
「……一つずつ、偶然と日々の積み重ね……。それが奇跡を呼ぶ?」
「はい。奇跡の様な出来事はそれを望む者にしか与えられません。単なる偶然を起すにも、本人の意思が不可欠なのです。私が貴方と出会ったのだって、偶然です。しかし、それは私が貴方方に接触をしようと決めたら起こり得た奇跡でもあるのです。想像してみてください。この世界には奇跡とも呼べない偶然が幾数多と点在しています。北や東、南へ、西へ、貴方がどこへ進むのを選ぶのでも、一緒です。昨日誰かと会いましたか? すれ違った誰かと話をすることだって、それは単なる偶然の産物です」
出会いも、言葉を交わすのも、それは本来、何もしなければ起こり得なかった出来事。
ナクアと【魔壺の谷】で出会ったのも偶然だし、ロイン達と仲良くなったのも偶然だし、ジェラルド達と一緒に行動したのも偶然だ。
積み重ねた意思と努力が、偶然を奇跡に結実させる。
「……奇跡は、起こせるのか?」
「奇跡は起きるかもしれません。ですが、それは貴方が望むからこそ生まれる可能性です。初めから何もしない人に、奇跡など起こせないのです」
なぜだ。分からない。
励まされたわけでもない。元気を出せと喝を入れられたわけでもない。
でもなぜか、やろうという気持ちが、生まれてきた。
魂に、火を灯されたような気分だった。
「……どうやら、もう大丈夫の様ですね。迷ったのなら、一度立ち止まる事です。それから――いえ、もう言わなくても大丈夫そうですね」
「はい。まあ、まだわからない事ばかりだけど。時間が無いんだ」
立ち上がった。立ち上がれた。動き出せそうな気がした。
もう駄目だと、心を砕かれた気になったけれど、もう大丈夫だ。
まずは、ちゃんと話そうと決めた。ナクアと――。
「終わりましたか?」
真剣な眼差しを持って、ナクアが目の前まで来た。
今度はもう目を反らす事はなかった。
「ごめん、ナクア。俺は、どうしても助けたいんだ」
「何を?」
「ジェラルドも、ロインも、お前も。俺の知ってる皆だ」
「……それが無茶だとわかっているんですか?」
「できないかもしれない。やってみるしかないと思ってる。無茶苦茶な話だと重々承知している。それでも、俺は逃げ出したくないんだ」
「なんで、逃げることがそれ程に嫌なんですか?」
それは――と口が迷う。言うべきか、そうでないのか。たぶん、これこそ言うべきことじゃあないと思っている。だからナクアにも聞かせられなかった。
でも、それでも納得してもらうしかないと思ったから、正直に話そうと決めた。
「聞こえてくるんだよ。ユルサナイって言葉が、いまだに耳にこびり付いて離れない。みんな死んでた。死んでいいような奴は多分一人もいなかった。【封魔の森】で味わった、あの辛さも、後悔も、全部、まだ終わってないんだ。今逃げ出したら、またあの時と同じになってしまう。だから――」
もう手遅れだと思う程に、大勢の人が死んでいる。でも、それでもまだ生き残っている奴等がいる。
「立ち向かって行きたいんだ」
「どうしてそういう事を先に言わないんですか!」
「――へ?」
「そんなに思い悩んでいて、何で相談してくれないんですか? 私、そんなに頼りなかったですか?」
言葉を、マシンガンでも浴びせられるように俺の柔い豆腐みたいなハートをボロボロに撃ち抜いた。
「――いや、あの、こんな下らない話、さすがに言うのも、どうかと……被害者ぶるみたいで、どの面が言うんだっていうか……」
顔面をナクアがビンタした。殴ったナクアが手を痛そうにしている。俺の方は全く痛くない。
「いたぁ……くぅ……見た目が生身だからつい……」
「お前も学習しない奴だな。二度目だぞ」
「黙ってください口を縫いますよ」
ナクアが怖い。でもちょっとだけ、普段のしょうもないやり取りを取り戻していた。
「……で、どうするんですか?」
「しらん。こうなりゃ、意地でも奇跡って奴を引っ張ってくる」
「こなかった場合は?」
「どうにでもなれ。当たって砕けて爆発四散。ついでに盛大な爪痕を残して去ってやろう! どの道できなきゃみんな死んじまう!」
「なんという……豪快の様な無神経の様な……」
事実、逃げ出そうとしたらそれを覚悟するのと同じだ。いまさら自分が同じことを言っていたのを忘れたのか。いや、ナクアの様子を見ると気が付いてないかもしれないな。
「ですが、ええ。嫌いじゃあないですよ、そういう潔さ」
「……いいのか? 完全な寄り道だけど」
「今更じゃないですか。それに、大事な信者が困難に立ち向かう。それを見守らない神はくたばっていいと思います」
「……そういえば俺、まだ信者扱いだったのか」
「それに、いまの大智なら何をやっても大丈夫そうです」
ナクアが、にやりと微笑んでいた。それが背中を押してくれたみたいだった。
なんというか、まだいろいろと問題が残っているが――峠は越した気がした。
「ではお二人とも。この馬をお使いください」
老人が馬の荷物をすべて降ろすと、手綱を俺に渡してきた。
「いいのか?」
「構いません。何せ、その辺にいた野生の馬でしたからね。終わったら、好きに放してあげてください」
「……何から何まで……ありがとうございます」
俺達は老人の馬を譲り受け、目指すべき場所へと向かう事を決めた。
「そうそう。最後に……私は北西の方から来ましたよ。アチラはまだ瓦礫が階段状になっていますから、そちらから行くとよいでしょう」
「わかった」
「それから、ナクアさん」
意外にも最後、老人がナクアを差して言った。
「貴方の旅は、長く険しく、また過酷を極めるでしょう。ですが、くれぐれも固執しない事です。貴方は自由なのですから」
「……御高説、ありがとうございます。ですが、それは私自身で答えを得ます」
俺とは違って、しっかりした回答だった。
「そうだ、俺からも最後に。爺さんは神祖『ハーレイ』なのか?」
「さあ、どうでしょうね。貴方にとって私が神であるのならば、そうなのでしょう」
「……まあ、今はどっちでもいいか。ありがとう、『ジャック』爺さん」
「さようなら、大智くん。ナクアさん」
今の会話は、神とか創造主とか、そんな人外な話じゃあなかった。
子供が年寄りにどうしたらいいのかを聞いた。そういう一幕だったと思えたから、そう呼ぶのがふさわしいと思えたのだ。




