【魔術師編】12①
ナクアとも普段通りに接しているし、ジェラルドとも打ち合わせはしている。
【始祖の眷属】は俺が対処すると明言した。一方のジェラルドは一度、屋敷に戻って戦闘配置状況を確認。それから指揮系統に加わり、戦線に加わるという流れだそうだ。
直に夜も終わりを告げ、朝陽が昇ると共に俺達は港入りした。そこで見た光景は異様な物だった。
「封鎖してるのか?」
「そのようだね」
港は異様だった。
兵士が街の方角を見張ってるし、住民は人の壁を築いている。
兵士の一人が帰ってきた俺達を歓迎するようにやって来た。
「お帰りなさいませ、ジェラルド様。貴方が来るのをどれほど待ちわびたことか」
「どういう状況だ? なぜ彼等は避難していない?」
「それが、ジェイド伯爵のご命令でして。乗船して逃げ出す事は許さない、と」
「あの人そんな馬鹿なの?」
思わず口が過ぎてしまった。いや、普通に考えたらわかるだろう。街が戦場になる一大事なのに、住人が残っていたら死ぬだろうが。
そもそも死んだらもっと面倒だ。不死者になって、敵の仲間入りだ。
例え話だが、チェスと将棋が戦う様な物だ。割に合わない。唯一の救いはその将棋の相手が単細胞並みの知能と行動しかないということくらいだ。
それでも、住民を逃がさないというのは異常だ。
「私共も、この命令には些か納得がいっていません」
「父はなんと?」
「こういう時こそ一致団結せねばいけない、と」
使い所が間違ってる……。居ても邪魔だし不死者になって余計に面倒になるぞ。天聖技とか使えないと、まともに戦えないというのに。
「本当の理由は資産流出を防ぐ物かと……。いえ、出すぎた言葉でした」
「いや、僕もそう思う。事情はわかった。今から屋敷に行く。父もそこに居るはずだ」
ジェラルド達には真の理由がわかっているようだ。資産とか言われてもピンとこなかったが、ジェイド伯が金持ちを逃がしたくない事だけはわかった。
それがどう直接意味するのかは俺にはわからないが、この馬鹿げた手段だけはどうにかしないとマズイ。
ジェラルドやノール達は連れてこられた馬に乗って屋敷へ向かった。打ち合わせ通りという事だろう。
俺達も行動するべく馬を借りた。だが、残念ながら俺が乗れる馬はバリオスだけだ。立ったままの馬にどうやって乗れば良いんだ。全然わからない。
「……大智、私の後ろに乗ってください」
「お恥ずかしい」
「今度、乗馬の訓練をしましょうか?」
「是非お願いします」
ナクアに尻を押された状態で乗馬すると、ナクアはいとも容易く馬に乗って、フフンと機嫌よく馬を走らせた。
緊急事態なので今はもう包帯で目を隠していない。一々こんな時に知らない奴の目が赤い事など、気にする者もいなかろうという判断だ。
「まだ戦火の匂いがしませんね」
「到着してないってことだろう。どこに奴等がいるのか確認する為に、高いところへ移動しよう」
「でしたら、第一城壁の北門前に行きましょう。事情を説明したら城壁の上から確認できるはずです」
戦略上、第一の城壁を外側。第二の城壁は内側としていた。
被害を最小限にするのなら、第一城壁の外で終わらせたいところだ。それに城壁外にも街は広がっていた。この場合、彼等が一番危ない。
さすがに彼等は軟禁する事はできないだろうから、うまく逃げ出せているだろう。
馬で走ること一時間ちょっと。少し道が入り組んでいたが、大通りを走っていたお陰で目的地には迷わず到着した。
城壁の階段には当然兵士がいた。誰かに話をつけたいところだが、面倒なので堂々と素通りするつもりで通過した。
「悪い、通してもらうぞ――て、お前か」
「あ、あなたは!?」
なんでこう、縁があるのか。階段の前に居たのはフラガだった。そういえばフラガはこの付近の兵舎に配属してるのか。
そりゃあ遭遇もするか。
「丁度良い。お前から現状を聞かせてもらおう。一緒に来い」
「はッ! い、いえ、お待ちください! いったいどういう……」
無視して階段を駆け上がった。およそ三十段ほど、段の高さは二十……は少し高いか。ざっくり計算で6メートル下回るくらいの城壁だった。
そう考えるとこの壁もかなりの広範囲で、優秀な高さだ。これを作り上げたのだって並の年月ではないだろう。
感心しながら城壁を登りきると、待ち構えていた光景は異常なモノだった。
「……なんだ、あれ」
「不気味ですね」
不死者の群は既に到着していた。
だがそれが問題ではない。不死者が整列していたのだ。列を成して、大人しく待っていた。
今までの経験にない光景だ。
「……そうなんですよ。昨日の晩には到着していたのに、あの距離でずっと待っているんです」
先頭には件の銀の甲冑の【始祖の眷属】がいた。槍を持っているが、どんな槍かはよく見えない。アイツの仕業なのか。しかしどういうつもりなんだ。
「兵隊、のつもりなのでしょうか?」
ナクアの言葉が正解だろう。確かに数は少ないが、整列している姿を見ると、軍隊の行進を思わせる。
「一応、城壁外の街の前に、我等が隊列も組ませています。ただ、距離がまだ遠いので、準備段階です」
「……数は?」
「不死者の数はおよそ三十名。対して、天聖術士は百五十名、天聖技を使える者を五十名、計二百の隊列です」
数の上では大きく上回っているのか。一見大丈夫そうに思える。
「……ナフカ、どう思う?」
「怪しいですね。確かに通常の戦闘で考えるのであれば、大事無いかもしれません。アウトレンジで一方的に叩いてしまえば問題ないでしょう。しかし錬度はどうでしょう」
「皆、天聖の儀を受けた術士ばかりだ。不死者討伐も経験している。ジェイド伯も問題ないと考えておられます」
「戦争をした経験があるのかと聞いているんですが?」
その違いこそが決定的な差を生むのだとナクアは確信していた。
フラガは問われたことに対して、口を噤んでしまった。それから申し訳なさそうに言う。
「……ここ十数年、軍事的な衝突が起きたのは、【ミッドガルド】のみです。戦争経験者はほんの一握りのみです」
ナクアが難しい顔をしている。
「それってやばいのか?」
「わからないです。気になるという事くらいですかね。素人意見でも良いですか?」
「元将軍様にお願いします」
「これは単なる予感です、大智にも経験があるのでは? いざという時に臆してしまい、実力の半分も出せないこと」
「それが起こると?」
「見てください。手前の兵士達を。殆んどの人間がひどい顔をしています。恐らく、不死者が到着してきた昨日の晩からずっとあそこで待機しているんです。精神的な疲労状態が長い証拠です」
経験したことのない戦争じみた風景に、委縮しているという所か。
それを言ったら俺だって経験なんかしたことないけど、俺は別に戦列に加わっている訳じゃあない。
軍隊という枠内の雰囲気が、彼ら自身を圧迫しているのだ。言ってしまえば集団心理だ。
隣の人間の俯く顔に、他の連中もそれにつられている。人の感情が連鎖している。
「確かに、嫌な予感しかしないな」
これはどうにかして特攻でも決めて敵将気取りの【始祖の眷属】を討ちに行った方がいいかもしれない。
そう思って、じっくりと敵陣を観察していると妙なことに気がついた。
「――ん?」
おかしい。この景色の中に、何かが足りない様な気がした。
「おい、フラガ。双眼鏡とか望遠鏡はないか?」
「少々お待ちを――。監視係、レンズを!」
呼びつけた者が望遠鏡を持ってきた。
高倍率で不死者たちを見ても、あるべき物が無いのがよくわかった。
「大変だ、ないぞ!」
「何がですか?」
「角がない! あいつ等、魔血種の不死者じゃあないぞ!」
「――ッ!?」
ナクアには俺の言いたい事が伝わった様だ。
どうして一番にそれに気がつかなかったのか。
あれが【ミッドガルド】に住む者達の死体であるのならば、まず間違いなく魔血種としての角がある筈だ。
それがない。その事に気がついたとき、東の方角、山の終わり、林で隠れた先。何かが蠢くものがあった。
気付いた瞬間、今こそ火蓋を切って落とす時とばかりにおぞましい声が聞こえてきた。
『怨讐を果たす時はイマ。彼奴の恩恵を受けし家畜どもよ。ここで果てるが善い』
けたたましい不死者どもの叫びが、喝采のように全員に届いた。不死者の隊列から、どころか、東の山林からも同じく轟く。
恐怖心が心臓の音を跳ね上げる。不死者たちの異様な行動に、背中がゾクリと動いた。
どころか、委縮していた連中がさらに表情を悪化させている。
『さあ、冥府の王が貴様を呼んでいるぞ。ジェイド』
目の前の行進が始まった瞬間、東の森林から角持ちの魔血種たちがなだれ込んできた。その数、およそ四十ほど。
――予想にもしていなかった不死者の戦略を前に、兵士達は既に精神的に押しつぶされていた。




