【魔術師編】11③
首都【ノースケット】を出てからとんぼ返りをして五日目となるのか。夜の静けさと波の音だけが船の上にはあった。
「……時刻で考えれば、もうそろそろなんだろうけどな」
眼前には暗い帳が覆っている。船首で待ち続けていれば早々に街が見えるのではないかと思ったのだが、まだ何もわからない。
そもそも南東の海の上からでは北から進軍する不死者の群など全く見えないだろう。港から反対側だ。
待ちきれない子供みたいに、勝手に気が早ってしまう。
「ずっと、海を眺めていたのですか?」
意外な人物が俺の背後から声を掛けてきた。
執事のノールさんだ。いままでまともに話しかけてきたことなどなかったし、会話もジェラルドの屋敷で数回した程度だった。
「海を見ているのが好きなのですか?」
「そうでもない。昔、おぼれかけた事があってね」
ノールは何故か、笑みを零していた。
「不思議な人ですね。好きでもないのに、どうして見続けていられるのですか? 疲れたりしませんか?」
「疲れはしないけど、飽きたな」
「疲れを知りませんか。まるで英雄リューヤを思い出します」
自分が耳ざといのか、その名を聞いた瞬間に目でノールを見てしまった。
「爺さん知ってるのか?」
「ええ。何せ、私もかの【破刃の英雄】のお供を勤めたジュリアス様に、短いながらも御使えした身ではあります」
「? おかしいな。俺の記憶では、ジュリアスが死んだ後に、と聞いたはずだけど」
「……何事も、隠しておかなくてはいけない事情という物があります。如何せん、ジェイド様はジュリアス様の事をよく思われていませんので」
それで、わざわざ会った事の無い他人として【アルトマリン】の家に仕えていたのか。
「いまさらになってそんな事を俺に伝えてくる理由は?」
「今夜を逃すと貴方とは二度と会えないと感じたから……ですかね。申し訳ありません。わたくし自身、お恥かしいと思っているのですが、かの英雄達を存じている方と御話をしたいと思いまして」
相当、入れ込んでいたのだろうか。今のノールは思い出を語らずには居られないといった様子だった。
「悪いな。俺は一方的に知ってるだけなんだ」
「では、どうしてエメリア様の絵を見たとき、あんなに驚いていらっしゃったのですか?」
「それも一方的に知ってただけ。……そうだ。なんで、ジュリアスの婚約者がジェイドと結婚してるんだ?」
「……その話は、存じておられないのですね」
「知ってるって風だな」
会話の続きを待ってみたが、しかしノールは口を閉ざして頑なに続きを話そうとはしなかった。
話せない事情があるのか、それとも話したくないのか。
ノールの顔が強張っているのが、見ていられなかった。
「いいよ。ジュリアスは死んだ。強かったけど、どっかの誰かがもっと強かったんだろ」
こっちの世界でも指折りの強者がどうやって死んだのか気になるが、それを考えても意味はない。
「申し訳ありません。ですがこの話を聞けば、貴方はきっとジェイド伯爵の事を、許せないと思うはずです」
「ジェイドさんが何したんだよ……」
相当周囲から恨まれてるな。ちょっと可哀想に思えるけど、事情を知ってる者からすれば身から出た錆と言うんだろうな。……俺が、そうだ。
時間が進むにつれ、灯台の光がチラチラと見えるようになってきた。明け方前に港を視界に入れることになるとは思わなかったが、どうやら会戦している様子はない。
「……ジェラルドとナクアを起こしてくる。飯食わせないと、すぐに動けないだろうし」
「わかりました。準備してまいります。……最後に妙な話をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「俺の方こそ、面白い話が出来なくて悪かった。そうだな……。ジュリアスはリューヤを除けば、たぶん人間最強だったよ」
作者的な観点だけどさ。これはお詫びみたいなものだ。
「ありがとうございます。では、わたくしめからも。ジェイド伯には用心してください。あの男は必ず、地獄へ落ちるでしょう」
確信をもった強い言葉だった。
人の出血サービスを流血で返された気分だ。
「……ヒント、出しすぎじゃあないのか、あの筋肉執事」
ただの予想だけど、ハッキリ聞いたわけではないけれど、ジェイド伯爵が何をしでかしたのか。
たぶん、この予想は間違っていない。
「……終わったら、さっさと街を出るか」
今後の予定も視野に含めながら、どうやって戦うかも色々と考えつつ、二人を起こしに行った。




