【魔術師編】11②
船の中は重い緊張感が張り巡らされていた。
ナクアは個室で本を読んでいるし、ジェラルドは食室の椅子で沈黙を保って座っていた。
「……ジェラルド。悪かった」
「なにがだい?」
「いや。騎士団から兵を送ってもらえない原因を作ったのは、俺だし」
「ああ、その件に関しては気にしないで欲しい。元々、コチラの不手際が原因だった」
「わかった。もう言わない」
ジェラルドもいつになく空気が重い。なんと言葉を掛けていいか、よくわからなくなっていた。
「明後日には港に戻れる。急がせているから、恐らく朝方になるだろう」
そう言って冷静さを装うジェラルドだが、やはり言葉に堅さみたいなのがある。
「何を悩んでるんだ?」
「……ちょっとね。父の事さ」
それは悩みと言うより不安だった。
「父は、あの通り傲慢で高飛車だからね。それに自分の思惑が全て思い通りになると思っている。だから、フローラ様の言っていた事は全部事実だ。父は、自分が王になる運命を持っていると信じて疑わないんだ」
「街を築いてきた人なんだろ。まあ実際能力はあるんじゃないのか?」
「……どうだろうね」
「愛想でも尽きたのか?」
「もうとっくの昔にね」
あのジェラルドがそこまでいうか。相当に根深いぞ、この親子の溝。
ジェイド伯。いったい今までどんなことをしてきたんだ。あの温厚なジェラルドさんがこうなるかね。
「でも、仕方がない。アレは僕の父親で、僕はアルトマリン家の長男だからね」
「……そんなに嫌なら、いっそ捨てればいいんじゃないのか?」
「簡単に言ってくれるな、キミは。それをしてしまったら信義にもとる行為だ。今まで育ててもらった恩は、返さないとね」
「そこは律儀なんだな」
「裏切りはもっとも恥ずべき行為だと、僕は思っている」
ぎくりと心が怯えた。
人が大変な状況にあるというのに、俺はまた余計なことを考え始めていた。
(裏切りは恥ずべき行為、か)
もうとっくの前から俺はジェラルドを裏切っていた。
彼の街を襲おうとしている存在は俺が浅慮な行動をしたのが原因だ。ミッドガルドの盗賊団の疑惑も、いまだに話していない。
それにまだ、俺は自分の偽りの姿を、ジェラルドに伝えていない。
俺は、ジェラルドの友達には、相応しくない人間なんだと、胸の中でざわついていた。
だがジェラルドは良い奴だ。だからこそ、嫌われたくないし、友達で居続けたいと勝手に願ってしまう。
「だい――ガイア、ちょっと」
ナクアが扉の向こう側で呼んでいた。これぞ漁夫の利とばかりに席を立った。
「わるい、またな」
「ああ、僕も気が楽になったよ。ありがとう」
ナクアに呼ばれるがまま部屋に入った。座るなりなんなり、ちょっと不機嫌そうだった。
「どうした?」
「【フェイクスタイル】……いいえ、【イデアの指輪】のことです」
「この指輪の名前が変わるのはこれで最後だろうな」
RPGの謎のアイテムがイベント進行で名称をコロコロ変えるみたいだ。
「【イデアの指輪】……というより、【イデア】についてです」
「イデアねえ。あんまり耳にしない言葉だな」
「【イデア】とは、並行世界の可能性を内包した概念的な情報集合体です。まあ形の無い図書館みたいなものです。平行世界とは――という説明もしたほうが良いですか?」
「その辺は多分大丈夫。あれだろ? 『もしも』の世界、違った選択をした先の似た別世界って奴だろ」
「その通りです。どうやら大智が今装備している指輪は、その【イデア】と繋がっている様です。イデアの情報に基づき、装備者の姿を決めている様です」
「じゃあ俺の今の姿って『もしも自分が女性だったら?』を体現しているのか」
「付け加えるなら、『美人の』ですね。あのマジッククリエイター、他の凡庸性を消してまで、美女に固執してましたから……」
本来なら色々と改造したり、細かく差異を作れたらしい。それを美女一択に限定されてしまっているのだとか……。
それで少し不機嫌だったのか。
そう言われると俺も怒りを覚える。一々女性の姿になる必要もなかったじゃないか。もしも男の姿だったら、男と男の告白イベントも無くて済んだのに。向こうからすれば相手は女だけれどさ。
「……そういえば、フラガとかあの時の連中も【アルト】に居るんだよな」
今更ながらに実感する。知っている人間が死ぬかもしれないという状況。それを考えただけで失敗ができないと緊張が胸を張りつめさせる。
ナクアが深いため息を吐いた。
なぜだろう。不機嫌な態度が収まらないと言いたげだ。
「……大智。なぜあの時、ゲス女――フローラ姫に聞かれた時、本当の事を言ったんですか?」
本当の事。つまりは【始祖の因子】が不死者に渡り、化け物が現れてしまった事。その話をナクアには既にしている。
【封魔の森】からここへ来る最中、俺の事情を全て打ち明けた時だ。
どうやら、不機嫌の真の原因はこっちの話題のようだ。
「あの場合、大智が正直に話す必要はありませんでした。余計な重荷を背負わされるだけです」
「余計な荷って事はない。少なくとも、【始祖の眷属】が相手なら、俺がけじめをつけないと」
「……私は反対でした」
ナクアが今までにないほどに無表情で俺を見ていた。いや、これは真剣に怒っているんだ。
「大智は、自分の背負える責任の許容範囲以上を持とうとしています」
「そんな事は……」
わかってる。わかってはいるけれど。
俺は凄い人間じゃあないし、憧れている側の人間だ。
ナクアには気付かれている。俺は普段強がっているだけで、本当はうずくまって、事が終わるのをただじっと待っていたい惰性の本性を。
でも、俺はそれが嫌なんだ。
「どうして無用なリスクを回避しようとしなかったんですか?」
「……逃げない方が、きっと後悔しないからだ」
もう、嫌だ。
ナクアを見捨てて逃げ去ろうとしたあの惨めさも。死んだと勘違いした時のどうしようもない憤りも。【封魔の森】のエリルに言われたあの呪怨のような恨み節も。
二度と味わいたくない。
「それが裏目にならないとは限りませんよ」
そんな鉄のような意志を、否定された。
それが引き金となり、納得してもらえない思いで、部屋を出て行ってしまった。
「……じゃあ、どうしたらいいんだよ」
うな垂れて、折角の忠告にも八つ当たりをして、今日が終わってしまった。
何をしてるんだろうな、俺。また失敗した。
俺はいったい、何度失敗を繰り返せば、成長できるんだろうか。




