【魔術師編】11①
俺達は一度、港へ戻るべく図書館から出た。
馬車に乗りながら説明してくれるとのことだったが、その馬車は行きの時とは様子が違った。
馬四頭の硬い黒い箱だ。行きは上の空いた二頭馬だったのに、ちょっと豪華に変わってる。
しかも馬車の前に、明らかに軍服みたいな服を着た女性が待っている。
「……誰?」
「ノースケット神皇国騎士団統括、モーガン・スカイライト卿の補佐でございます。モーガン卿が中でお待ちになっております」
また度偉い人が来たな。
扉を開けられたので、とりあえず中に入る。と、そこで見た者にギョッとしてしまった。
中で待っていたのは二人だった。
一人は見るからに強そうな強面で、白髪の壮年の男だ。おそらく、こちらがモーガン卿という人物だろう。
もう一人は女で、今朝方、遭遇してしまったフローラ姫だ。
「ふふ、また会ったわね」
「……とりあえず、お礼は言っておくよ」
帰りたい。
「また貴方ですか」
ナクアも少し警戒はしているが、多少諦めた態度で俺の隣に座った。
それから最後にジェラルドが乗り込みフローラ姫の隣に座った後、馬車は走り出した。
「この際なんでお姫様が同行してるのか知らんけど。どういう状況よ。不死者の群が【アルト】に向かってるって聞いたけど、それ以外は何も聞いてないんだ」
「なるほど。ジェラルドが言っていたのはこの娘か。なかなかに礼儀がなっておらぬ様だ」
「構わないわ。いや、モーガン。それにジェラルドも、少し黙ってなさい」
フローラ姫が手の平を見せて二人の意識を止めた。
本当に洗脳でもしてるんじゃあないだろうか。
「気にしないで。私の権能に【支配】というのがあるだけよ」
「……権能ってなんだよ。特殊能力みたいなのか?」
「権能はその通り、権利よ。神としてその役割を代行する能力。人には与えられない過ぎたる力。まあ、それ以上は知る必要はないわね」
よくわからないが、神様特権みたいなものか。というか、やっぱり洗脳じゃあないか。
そういうのを、神子はみんな持っているのだろうか。やっぱり関わりたくないと思ったのは正解のようだ。
だが洗脳を使えるのならどうして俺達にしないのか、よくわからない。また特別な理由でもあるんだろうか。
「で、お前が説明してくれるのか? さっきの話」
「ああ、そうね。モーガン。喋って良いわよ」
フローラ姫が右手の平を向けると、モーガン卿は思い出したように口を開いた。
「失礼しました。お二人とも、先ほどは大変無礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
「……この落差よ。もう良いから、早く事情を聞かせてくれ」
違和感しかないんだが、一つずつ聞いていたらキリがない。事情が差し迫っている話が優先でいいだろう。
「はい。監視塔より追加で報告が上がりました。【旧ミッドガルド】が完全に崩落。現在、巨大な穴となって、跡形もなく崩れているそうです。その後、突如現れた不死者と思わしき者達が【アルト】に向かっているとのことです」
頭の中で情報がうまく処理できなかった。
いきなり、ミッドガルドが崩壊したと聞かされて、不死者が現れたと。
それが意味するところはロイン達の死である。それを理解するのを、心が拒んでいた。
「……大智、大丈夫ですか?」
「ちょっと、胃に落として消化中」
心臓が音を出して聞こえてくるのがわかる。だから鼻から息を大量に吸って落ち着かせた。一度二度、それを繰り返すと少し冷静さを取り戻し、まだ真相はわからないじゃないかと自分に言い聞かせた。
「何か事情を知ってそうだな」
「……まあ、ちょっと縁があったんだ」
この話はすべきだろうか。あんまり気は進まないが、ナクアが話を切り替えた。
「それにしても、不思議なのは不死者が群を成して【アルト】に向かっていることです」
ナクアの疑問はもっともだ。確かに、不死者とは何度も遭遇したが、一丸となって同じ方角へ進むような事はなかった。
一部、魔素濃度の高い場所に集まるという特性はあるようだが、アルトにそんな場所があれば、もうとっくの昔に異常事態が発生したはずだ。
「それに関しては、ジェラルドに調べてもらった謎の魔物が関係していると思われる」
「謎の魔物?」
「兜のない銀の甲冑が不死者の先頭に立っていたそうだ。それが、原因だと思われる」
嫌な予感がした。だが他に考えられる可能性が思い当たらなかった。
【始祖の眷属】、赤子地蔵と同じ存在。俺がこの世界にきて早々に襲ってきた不死者……【始祖の因子】を得た不死者のうちの一人。
考えたくなかった。忘れていたのではない。忘れようと他のことで悩み続けていただけだ。
赤子地蔵を思い出す。
あんな化物を、俺は世に何体も解き放ったまま、放置してきたのだ。無視を決め込み、目の前にあることだけに集中してきた。
だって仕方が無いじゃないか。俺にはナクアを故郷に送る責任と義務がある。だけれど何もわからない状況で、どうやって自分の後始末をつけるんだ。
余裕なんてどこにもない。答えの出ない答案ばかりが目の前を過ぎ去って、結果心の部屋へ山積みになっていく。
さらにそれを言い訳をする。それがまた、頭痛の種になる。
「さて、【始祖】持ちの。貴方この件について何か知ってる?」
「ガイアは関係ありません」
「蜘蛛女には聞いてない。黙ってなさい」
「ガイア、答える必要はありません」
ナクアとフローラ姫に顔を睨まれた。
コイツ等の眼光にさらされていたら逃げ出したくなる。
……でも、もしまた逃げたら、俺はまた自分が嫌いになるかもしれない。もう既に嫌いなんだけど、それでもマシな人間にはなりたいと思ってる。
逃げずに、立ち向かう事の大切さを、俺は知ったハズなんだ。だから今回も、逃げないで立ち向かいたい。
「……この件は俺の責任だ。多分、その兜のない鎧は【始祖の眷属】だ」
「それは、自分が【始祖の因子】を渡したという告白ととって良いのかしら?」
「ああ」
「ふうん? へえ、そう。よく言ったなオイ」
フローラ姫はドスの聞いた声で俺の首を掴んで顔を近づけた。
「堂々と、いけしゃあしゃあとよく言った。褒めてやろう。だが人の忠告は聞くべきだったぞ。私は今ので決めた」
「決めたって何を?」
首を掴む手を放して腕を組み、足を組んで堂々と言い放った。
「【アルト】には兵を送らない」
「――は?」
ちょっとまて、どういうことだ? 意味がまるでわからない。
「ちょっと待てよ! 【アルト】はノースケットの国の一部なんだろ? なのに、自国の領土が危機なのに助けに行かないのか!?」
「これはお前の件だ。自分でそういっただろう?」
それは、その通りだ。
確かに、フローラ姫のいう事はもっともだが、それでも民を思い遣る心があるのなら、そんな投げ遣りな判断をする筈がない。
「人が、死ぬんだぞ。わかっているのか?」
それどころか、奴は言った。
「構わないわ。ふふ、それに【アルト】が滅ぶのも実は悪くないとも考えていたの」
耳を疑った。それが国民の命を預かる上の者の言葉か。
もうこいつはそういう奴なんだと思うことにした。おおよそ、善性のようなモノは欠片もないのだと。
「別に理由もなく滅んでほしいわけじゃあないのよ。ねえ、ジェラルド?」
「なんだ、なんか事情があるのか?」
ジェラルドは聞かれたことに対し、洗脳が解けていないのか、口を動かす事はなかった。
いや、口をつぐんでいる。フローラ姫が言えというのに、ジェラルドはそれに対抗しているのだ。
いったい、どんな事情なんだ。
「実はね、ジェイド伯は、ノースケットから独立して、自国を持とうだなんて企んでいたのよ。嫌よね。自分の領土だけが潤ってるからって調子に乗って。本当、強欲の化身よね」
それは、明白な裏切りではないか。確かにそんな風にされたんじゃあ、勝手に滅びろと言われても、仕方がない気もする。
「……それが、滅んでほしい理由か」
「ええ、そうよ。最近なにかと誘いを断るし、勝手に聖騎士団と交渉なんてするし、他の貴族を買収して票を動かすし。正直ウンザリしてたのよ」
色々と積み重ねがあるらしい。出会って一時間も共にしていないのに言うのもなんだが、アレは自分大好きな性格をしている。だから色々と問題はあろう。
「それでも、その街に住む人たちには関係ないだろう。その人たちが死ぬかも知れないとわかっていて、助けようとは思わないのか?」
「まったく、これっぽっちも。そもそもあの男の恩恵を受けている連中だと考えるだけで胃がもぞもぞするわ」
だから死んでよしと言い捨てる。
これはもうダメそうだ。嫌いな人間を好きになれだなんて、そんな訳の通じない話をここで繰り広げても時間の無駄だ。
話し込んでいたのか、既に馬車は港まで到着していた。
「出なさい」
モーガン卿もジェラルドも、一緒になって馬車を降りた。俺達もそれについて降りようとした。
「それにしても、貴方のその【イデアの指輪】どこで手に入れたの?」
「イデア? 【フェイクスタイル】の事か?」
本来の名前でもあるのか。するとフローラ姫はナクアに向けて言葉を投げかけた。
「ねえ蜘蛛女」
「……なんですか、ゲス女」
「……記憶は消えても同じ呼び方するのね」
「知りませんね」
「返しまでそっくりとは……。まあいいわ。辞典の方の百の四番目。イデア関連があるから読んでおきなさい」
なぜ奴がナクアの辞典の事を知っているのか。その助言が何を意味するのか。
訳も理由もわからなかったが、それもおざなりにされて馬車から降ろされた。
「ジェラルド。お前の武運に期待する」
「ありがとうございます。モーガン卿……。また会う事があればいつかお会いしましょう」
「お前の事だ。戦死する事はあるまい。だが、アルトが滅べば私の家に来い。貴君ならばいつでも歓迎する」
ジェラルドは目を伏せ、感謝の意を示した。さぞかしモーガン卿に好かれている様だ。まあ、人に好かれそうな性格してるし。
俺には無縁の相手だと割り切って通り過ぎようとすると、声を掛けられた。
「ガイア女史、ジェラルドから聞いている。【封魔の森】の民を土葬をしたそうだな」
「あ? ああ。まあ……。それが?」
「今どき、そんな風習を知っている者は歳を取った我々くらいだ。だのに、キミはどうしてそんなことを知っているんだ?」
言われて初めて気がついた。
確か十五年前まで不死者なんて存在していなかった。それ以前には当たり前の様に土葬や火葬は行われていただろう。けど今は違う。不死者に土葬は無意味だ。そんなことをしても不死者は眠ってはくれない。
「まあ、隠す必要もないけど。俺は異世界の人間だからな。お陰でこっちの常識は知らないんだ」
「では貴方とも、またお会いすることもあるだろう」
モーガン卿が俺なんかに握手を求めてきた。何か裏でもありそうな気がしたが、疑ってもしょうがない。出された手を握って応じた。
「驚いたな。貴方の手はまるで金剛石で出来ているようですね」
「……女にいう台詞じゃあないだろ」
まあ中身は男で、魔族みたいな風体なんだけど。
「拳で不死者を葬ったという話が嘘ではないとわかった。アルトの命運を、貴方にも預けます」
そう言って、モーガン卿は何と清々しいことか、期待した笑みで俺達を見送った。彼の考え方はフローラ姫とはどうやら違っているようだ。
武人と言うのは彼みたいなことを言うんだろうなと、思えた。
◇ ◇ ◇
ジェラルドたちは船に乗り出し、ノースケットから出港した。
「モーガン。分かっているわね?」
「時期と疾走でございましょう。いつまでも何も知らぬ童とは違います」
「よろしい。じゃあ兵の準備を。収穫の時間です」
フローラ姫はしたり顔でジェラルド達を見送った。




