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Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【魔術師編】
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【魔術師編】10  Death of Fate



 時はさかのぼり、瓦礫の街【ミッドガルド】。


 そこに住まう者たちが絶望するまでの、およそ半時の事である。




 ◇ ◇ ◇




 崩れた家々が並ぶ中で、まだ破損の少ない家の中。


 隻腕の魔血種ロインは、とある男と机を挟んで話をしていた。



「どういう事なんだ。ビルゲイン。ニールが居なくなった前日、お前が【囲いの家】を覗きみていたと聞いたぞ」



 ビルゲインと呼ばれた男は、麦酒の入った樽のコップを呷っていた。偉丈夫で角が一本の魔血種である。


 顔に傷が三本あり、急所を隠す鎧や篭手を常に装備している。傭兵さながらのような出で立ちの男だった。



「……ロイン、どうでもいい話をするんじゃあねえよ。俺は今、疲れてんだよ。見りゃわかんだろーが」


 フォークで指したソーセージに噛み付くと、不味いものでも食べている顔をしながら麦酒で流し込む。

 興味もなく、早く出て行けと手で追い払う仕草をする。


 しかしロインも引き下がれない立場にあった。



「ニールだけじゃあない。お前が着てから、もう三人目だ。そりゃあ、お前はスゲエよ。馬を確保したり、麦や鉄を手に入れたり……盗賊みたいな事をしてるってのはわかってる。だけど、それじゃあ納得しない奴も居るんだ」


「納得しない奴って誰の事だよ。お前か? それとも化物寸前の【囲いの家】の連中か?」


「……否定はしない。けど、本当の事を教えてくれ」



 ロインは高潔だった。

 だが周囲も環境も、それを許してはくれなかった。


 ビルゲインが率いる盗賊団の行為を容認せねば【ミッドガルド】に住む者達は今の生活も保てなかった。




 この世界は決して不毛の土地ではない。土地を耕せば穀物は育つ。鉱山を掘れば鉄も手に入る。森もあれば湖だってある。絹の布だって作れる。


 だが圧倒的に平和ではなかった。


 そして人魔戦争以降、それはさらに極まった。



 不死者という存在が世界に現れてからというもの、世界中どこの国も対処に必死だ。



【アスハーラ平原】での戦争以来、大きな戦争をしたのは【ミッドガルド】くらいだ。それも大戦ほどの規模ではなかった。その戦争だけでも人間は悟ったのだ。これ以上の殺し合いは際限なく、人も資源も浪費するのだと。



 戦死者は不死者となり、不死者は人を殺す。そして敵味方問わず、不死者は際限なく増え続ける。



 この戦争を最後に、人間は戦争が出来なくなった。


 やれないほどに、人材も、食料も、備品も。供給量を圧倒的に上回って足りない。



 足りない。物がない。食料もない。安全な場所もない。



 魔血種の彼等はさらに苦渋を強いられている。昨日まで一緒に生活していた隣人が、途端に命を狙う存在に変わるのだ。当然、いままでと同じ生活は許されない。



 命からがら町や村から逃げ出せてもそれで終わりではない。生きる為には、日々の飯の種も、街の巡回に使う馬も、獲物を捕らえた肉を乗せる馬車も、服を作る布も、狩りに使う武器も。全部必要だ。



 ロインには、そのどれもが手に入れられなかった。


 ビルゲインが来てから、街の生活は大きく進歩した。だからロインも街の人間も、彼に感謝はしている。



 だがビルゲインは悪人だった。


 それを止める事を、ロインはできない。自分もその恩恵を手にしている一人である為に、守るべき者達が必要としている為に。



「いつまでも俺の視界にいるんじゃあねえ。辛気臭え、飯が不味くなる」


「……本当に、ニールや、他の奴等のことは知らないんだな?」


「あのな、もう帰ってくれ。今日は機嫌がわるいんだ。あのクソ女……次に会ったらひん剥いて吊るしてやる」


「じゃあこれだけ最後に聞いてくれ。もう【囲いの家】には近寄らないで欲しい。みんなが不安がるんだ」



 配食所のテーブルを後に、ロゼッタの待っている家に戻ろうとロインは立った。

 その去り際、ビルゲインは八つ当たりの気分で言葉を吐きつけた。



「……そんなに化物共が大事かねえ?」

「俺達も、同じ魔人だぞ」

「同じじゃあねえよ、冗談じゃあねえ」



 ロインは否定されて、しかし言い返すのも無駄だと決めて、立ち去った。



「……同じ、なんだよな」


 一人帰路に着くと、つい思い出した言葉に対して、不安が口からこぼれた。


 ガイアとナフカ、あの奇妙な旅人が居なくなってからまだ一日だ。

 彼等は煙のように現れて、立ち去る時もそれは同じだった。


 街の不死者を全て片付けていくという所業を成して、彼等は消えた。


 一日もとどまらず黙って街を去ってしまった大智たちを、不思議とロインは恨んではいなかった。


 どころか、ロインや、瓦礫の街の住民からすれば、奇跡のような人物にも思えた。まるで神が我々、哀れな魔血種に救いを下さったのかと、都合のよい解釈をするほどに。


 神の所業だと思えば、不死者をたやすく葬れるのだと納得もできてしまう。




「……『ジュディスの加護あれ』か。本当に神の使いだったら、まだ加護を与えて下さるんだろうか」




 家の前までロインが戻ると、ロゼッタが外で待っていた。

 ロゼッタはロインに近寄ると、何か言いたげにして指を差した。


「あっちで、人が待ってる」

「こんな時間にか?」


 ロゼッタは首を縦に振って、それで言うべき事を終えた風にしていた。

 ロインは頭を撫でて、それで満足した風に見せた。


 実際はロゼッタの口数の少なさに、ロインは少なからず不安を抱いていた。


 親の愛を知らないままに育ち、自分も長く一緒に居てやれない。一人ぼっちで過ごすことも多いし、同性で同い年くらいの子といえば、近くても一人しかいない。


 その一人というのも【囲いの家】の目を隠した少女ただ一人だ。



 このままではロゼッタは自分無しでは生きていけないのではないかと、ロインはいつも不安にも思う。



 ロインの悩みは多い。

 そんな彼を待ち受けていたのは、一つの災悪だった。



 ロインを訪ねた人物は巡回を終えて帰ってきた仲間の一人だった。


「ロインさん、ついて来てください。怪しい奴がこっちに向かって歩いてます」

「怪しい奴?」



 言われるがまま案内され、高台までやって来た。

 仲間の一人が指を差した先には、北より現れた謎の人影。


 陽も暮れてから時間も経つのに、何の迷いもなく歩き続けているその姿は異様だった。長い獲物を握り、真っ直ぐに歩いている姿は次第に、ハッキリと見えてくる。



 月明かりに照らされて見えたその姿は、鉄の甲冑を着た何者か、だった。

 手には槍を持っている。三叉の刃が上下に取り付けられた、変わった槍だ。

 腰には剣を携えているように見える。



 何者かが、歩いてこの地まで現れた。その足取りには迷いはなく、悠然としていた。



「何処かの兵士でしょうか? アスハーラの方から来たみたいですが」

「この前も、同じように旅人が来ただろ。今回はロゼッタじゃなく、俺が出迎えてやろう」

「……大丈夫ですかね?」

「いきなり殺されることはないだろう。それに、相手は一人だ。無茶な事もできないさ」




 ロインは自分が殺されないという自負があった。状況判断としてもそうだが、魔血種としての能力がそれを後押ししていた。


 魔血種は超能力の様な技を持っている。それは大智が魔技と教わった技であり、個人の持つ魔素本来の特性を、そのまま顕わしたものだ。


 ロインは、温度を操作する能力を持っていた。その中でも冷気を操る事に長けていた。失った右腕を氷で再現し、自在に操ることすら可能であった。



 街の入り口で待っていると、甲冑の姿は克明になりつつあった。ロインは注意してその人物を見ていると、不信感が際限なく膨れ上がっていった。


 銀の甲冑は傷一つなく、泥の汚れが一切なかった。腰の剣は宝剣なのか、装飾の凝った一品であった。


 さらに古い【アルト】の紋章が入った腰布を巻いている。兜は邪魔だったのか、捨てた様だった。



(この兵士、いや身分のある騎士なのだろうか。だとしても、なぜ一人で――)


 ここで、ロインはある違和感に気が付いた。


 それは、遠目で見てもわからなかった事だ。



(なんだ、アイツ。顔が、隠れているのか?)



 顔が見えない。どころか、あるべきものがない。明らかに不自然な造形。


 止まる事無く近づく鎧が、形態を変化していくのに気が付いた。


 まるで鎧から鋭利な刃物が次々と生えていく様だった。


 鎧自体が、まるで生きている様だった。否、様なではない。


 鎧の形をした化物が生きていたのだ。



『怨讐を果す。彼奴の恩恵を受けし畜生共よ。皆殺しである』



 地獄の底から響いてきた声、ロインの耳に届いた。


 それだけでロインは戦う意思を根こそぎ奪われた。足がすくんで尻から落ちるように、地面に座り込んでしまった。


 それがロインの命運を決めた。



 風切り音。刹那の後、一直線上に走る真空の刃が走り去り、背後の瓦礫に一閃の斬撃が怒号を上げて着弾した。


 ロインはすぐに理解した。



(逃げなければッ‼)



 ロインは走り出した。街に入って、逃げられると思った。


『何処へ行く。貴様の死に場所は、ここだぞ』


 先に走り出したロインを意図も容易く追い抜き、その合間に剣戟が二本同時に、ロインを襲った。

 無意識に、身を守るように氷の壁を生み出すが、氷は簡単に切り裂かれ、胸を突き刺された。


 ロインが状況を飲み込むまでに、既に壁へと磔にされ、身動きが取れなくなっていた。



『……。妙な技よ。貴様、魔族か』



 鎧は知らなかった。目の前に居る存在が魔人だという事を。


「ロインッ! な、なにが……」


 周囲が騒然とし始めた。住人たちが音を頼りに駆け付け、集まり始めていた。その中には、ロゼッタも含まれていた。


「逃げろッ! コイツは、化け物だ‼」

「お兄ちゃん!」

「行け‼ 行ってくれ‼ 誰かその子を連れて早く逃げてくれ!」


 ロゼッタは誰かに手を取られ、しかし連れていかれまいと必死になってロイン目掛けて走り出そうとしていた。

 その様子を鎧の化物は見惚れていた。




『……良い。良い。魔族。魔族、魔族! 良い。良いではないか!』



 鎧が狂瀾する様に一人歓声を上げた。



『さあ! 私と共に――怨讐を果そうではないか! 人間に歯向かう愚か者どもよ!』




 鎧は剣を抜き、地面に突き刺した。その周囲を広がるように、暗黒のドームは瞬く間に瓦礫を、人を、街を飲み込んだ。


 通常の理解では及ばない恐怖が【ミッドガルド】を襲った。




◇ ◇ ◇




 しばらくすると、暗黒の空間は幕を開けた。


 そこに残っていたのは、上から押し潰された様に踏み砕かれた街の残骸。


 そして悠然とした態度を崩さない、銀の鎧の化物だ。



『さあ、我が同胞達よ。いざ、進軍の時だ』


 号令と共に、瓦礫によって潰され、湧き出してきた魔血種達の不死者達が銀の鎧に集まってくる。

 不死者となった魔血種達は、付き従う様に銀の鎧の後を歩いた。



 後に残っているのは、僅かに死に損なった者達だけだった。




 ロインは、生きていた。生かされていた。あえて、殺されなかった。


 ロインにとって理解の出来ない状況のまま、銀の鎧は歩き出した。


 ロイン他、生き残った者達を手に掛ける事もせず、不死者となった魔血種達を引き連れて、真っ直ぐ南へ――都港【アルト】へ向かった。




 生き残った。ただ、それがとても残酷なことだった。

 一瞬で、何もかもを失った。


 自分たちの住む場所を、いままで築いてきた物を、大切な人々を。




「……。そうだ、ロゼ、ロゼェ‼」




 途方に暮れるしかなくなったロインだが、ロゼッタの姿が見えない事に気が付いた。


 生き残った誰もが、返事をしない。言葉を失っていた。


 生きているのに、生きた気がしなくなっていた。心が死んでいた。


 誰もが絶望し、うな垂れていた。



 ロインは自分の妹が居た場所を探した。それだけがロインにとっての希望だった。


 瓦礫がひしめく中、ロインは自分の妹が生きている事だけを信じて、ロゼッタの痕跡を探した。

 その想いがロゼッタの姿を見つけた。瓦礫が右足を挟み、ロゼは悶えていた。



「ロゼ!」

「……お兄ちゃん。いたい、いたいよぉ」



 足は瓦礫に潰され、既に骨まで砕かれていた。


「ロゼ、今、助けてやるから‼ 我慢してくれ!」


 酷いありさまでの救出となった。


 他に手を貸せる者は居ない。皆、自分たちが生き残っただけで、それ以上の何も出来なくなっていた。


 ロインは一人で助け出す事を決め、覚悟を決めた。


 氷で鋭い刃を作る。それで右足を切断し、ロゼは気を失った。その後、凍らせて止血をする。この場で出来る、最善の応急処置だ。


 何とか一命は取り留めたが足を失った妹には、もう長くは生きられないかもしれないと、絶望が脳裏に過ぎった。


 この世界には都合よく足の不自由な子供を、ましてや魔血種を助けたいと思う者は居ない。


 現実の過酷さに、押し潰されそうだった。ロインには、そこが限界だった。



「……おい。お前、生きてんのか?」


 声を掛けたのは、ビルゲインだった。この男も、暗黒のドームに押し潰されそうだったが、死を逃れた一人だった。


「……ビル? おまえも生きてたんだな……」


「おい、何をぼさっと突っ立ってる気だ。どうするか決めてくれよ、お前がリーダーなんだぜ」


「……この状況でか? どうするって、どうしようもねえだろ。もう、疲れたよ」


「諦めんのかよ」



 ビルゲインはロインの胸倉を掴んで持ち上げて立たせた。掴んだ手を放し、代わりに肩を叩いた。



「立てよ。まだ終わりじゃねえぞ。まだ俺達は死んでねえ。こんな所で終われねえんだ。全員を集めてお前が言え。俺じゃあ奴等はいう事を聞かねえんだ」


「……何をするつもりだ」


「【アルト】を襲う」



 ロインの眉間が跳ね上がった。



「正気かお前!?」


「正気じゃあやってられねえよ。俺達、住む場所も明日の飯の種すらも失っちまったんだぞ」


「死ぬつもりか!?」


「そんな訳ねえだろ。ちゃんと策もある。この街を襲ったあの銀ピカは南へ向かった。アイツは今、【アルト】に向かってる。あの化物が街を荒らしている間に、街の人間を、お高く決まった連中を、蹂躙してやろう」


「バカじゃないのか⁉ そんないい加減な話に乗れるわけがないだろう!」


「バカはテメエだよ。このままどうするんだよ? こんな場所で、野たれ死にしたいのか? ロゼちゃんには治療が必要だろうぜ。血も大量に失ってる。飯を食わせなければ三日と持たずに死ぬぞ? いや、貧相な体してんだ。二日が限度かもな」



 ロゼッタが死ぬ。それはロインの中では己の死と同義だった。


 自分の生きがい、自分にとって本当に大切な存在、ロインにとってはそれがロゼッタだった。


 苦渋の選択を迫られていた。




(生き残る為に、それしかないというのなら……俺は――やるしか、ない)




 ロインは、それしか道がないのだと、自分に言い聞かせて己の手を汚す事を決めた。






(ハハ、天から金でも降ってきたみたいだぜ)


 ビルゲインは真摯な顔付きの裏で、ほくそ笑んでいた。

 いつかその時がきっと来ると、ずっと前から待ちわびていたのだ。


 ビルゲインにとって【ミッドガルド】が崩壊したことなど、どうでもよかった。拠点など初めから他にあったし、ここへ居を作ったのも使える手駒が欲しかったからだった。


 その派生で【囲いの家】の魔人をさらって、魔素の暴走を意図して発動させてから殺す事もした。少々ロインが鬱陶しくなっていたが、都合よくそれも今回の一件で無に帰った。こんな具合で、大よそ彼の頭には人を利用し潰す事しかなかった。



 ビルゲインの本来の仲間、盗賊達は人気のない山の洞窟に身を潜めている。仲間を招集して【アルト】へ攻め込む算段をする。


 そう考えるだけで彼の頭は理性を抑えるのに必死だった。


 巨大な都を犯して蹂躙してやりたい。自分を呪ったクソ野郎どもが数多くいるあの街を、自分の手で握りつぶしてやるのだ、と。


「しかもあんな怪物が先鋒とは、夢にも思ってなかったぜ」


 ビルゲインの中で最高のシナリオが幕を開けていた。




「精々派手に暴れまわってくれや。化者共」




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