【魔術師編】8①
ジェラルドの屋敷は一等地……どころか、もはや都市全体の中心にあった。この都の王様がいるみたいな場所。
城、とまではいわないが、かなり広い屋敷だ。屋根のデザインなど少し変えれば、きっと都立の学校みたいになる。
しかも、明らかに異質なのが屋敷の前に立っている石像だ。屋敷の敷地内ではなく、一等地の広場の中央に、問題の石象がある。
「ジェイド・G・アルトマリン伯爵……という方が、この街の創始者らしいです」
ナクアが問題の像の人物の名前を読み上げた。
口には出さないが、俺は早くも嫌な予感がしてきた。こういう場所に、こんな風に決まったポーズをして、自分の生きている内にこんなのを創らせる。
こういうヤツは、間違いなくアホだ。
俺なら恥しくってぶち壊すね。しかもなんだ、このポーズ。仁王立ちならわかるが、槍を振り回して剣を握ってキマッた顔をしてる。まるでプラモデルのポージングみたいだ。俗に言うガ○ダム立ちである。足とか簡単に折って倒しちゃいそうだ。
もうこれだけでジェイドという人物が想像できた。権力、名声、この二つが間違いなく好きだ。
後は金だろうが、もうすでに持ってそうだな。
「これが僕の父だ。後で紹介するよ」
「この人が、ラルの父親?」
イメージが全然違うぞ。どういう事だ。
いや、そうだよ。まだジェラルドの父親だ。きっと正義感とか生真面目な性格の人かもしれない。このふざけた石像だって周りの連中が勝手にやったって可能性もあるわけだ。きっと早とちりだ。
馬を降りると仕えの者だろう、給仕服の恰好の連中が寄ってきて、馬を預けるように言ってきた。
ジェラルドも馬から降りたので、俺達も降りて彼等に預けた。いい馬だったよ、バリオス。次会う日があるかどうかわからないが、達者でな。
バリオスは最後に俺の顔を舐めて去っていった。馬の舌って長くって紫色で気持ち悪いね。もう会いたくないよ。
屋敷の中はもっとすごかった。
多分、現実世界でもこんな豪邸はそんなにない。アメリカのハリウッドセレブとかならありそうだけど、勝手なイメージだな。
オークの木の柱に落ち着いた藍色の壁が良く映えている。床だってどこの博物館だって言いたくなるほどの光沢だ。迂闊に傷つけたくないな。
それに気になるのは天井にぶら下がってるシャンデリアみたいなヤツだ。宝石みたいな石が魔道具の【フレアラ】みたいに光ってる。でも人間が魔道具を使うのか疑問だ。
「凄い量の宝石です……」
「え、あれって本物の宝石かよ」
「全て金剛石ですね。宝石は魔素ではない純エネルギーを蓄えています。ああして人間は魔素に頼らない魔法の類似品を使ってるんですね」
「本人たちがそれでいいって思ってるならいいんだろうけどさ……。それよりも、コストが莫大な事になってないか?」
「なってるでしょうね……」
いろいろと釈然としないな。魔道具なら石ころでも同じ効果があるのに、宝石なんて高価なモノを使ってまでの同じことをするのか。
するとナクアがコソコソと話しかけてきた。
「そういえば前に話しましたか? 宝石というのがエネルギーの塊だという事を。大智が今装備している【フェイクスタイル】もそれを利用しています」
「いや、どうだったか。憶えてないって事は今初めて聞いたんだろ」
「そうですか。じゃあまた今度ご説明しますね」
なぜかナクアが嬉しそうだ。よくわからないが、そんなに説明が好きなのか。
まあ、そうだな。ナクアは勉強が好きって感じがする。対して俺はというと、苦手なんだよな……そういう覚える系。数学とかは良いんだよ、パズルみたいでさ。
でも文系はダメだ。歴史とか英語もダメだ。記憶する類は頭に叩き込んでも嫌がって覚えた事を吐き出しちゃうタイプだ。
俺達がコソコソと話している間に、執事服を着た筋肉達磨みたいな老紳士がジェラルドと話していた。
「若様、お帰りなさいませ。御客人ですか?」
「ノール、突然で悪い。実は――」
「わかりました。処々への通達はわたくしにお任せください。御客人方には、すぐに部屋を用意させていただきます。そちらで着替えていただきましょう」
「わかった。では後を頼む。――ガイア、ナフカちゃん。あとはノールに任せる。僕も身支度を済ませてくるよ」
「……え? あ、ああ。わかった。えっと、また後で、でいいのか?」
「そうだね、今後の話もするから」
いきなり世界観が違ったので話しかけられても頭がついてこれなかった。なんというか、これが身分の差というヤツか。
こうしてみるとジェラルドは貴族なんだと実感させられる。生まれの出来から違うと思い知る。
「ではお美しいお嬢様方、こちらへどうぞ。わたくし、ジェラルド様に仕えさせていただいております執事のノールと申します」
「はい、よろしくお願いします」
「……あ、うん。よろしく」
ナクアの方が堂々としていて自然体だった。物怖じしないというか、雰囲気に溶け込む奴だ。こいつは雰囲気に乗っかるタイプだったのか。
部屋に案内すると言われたが、客室に通される前に肖像画が目に入ってきた。階段を上がって必ず見える位置にあるのが、相変わらず意識が高い。
しかも油絵って……大きい絵だし、これも相当高いんじゃあないのか? この世界にも画家はいるんだろうが、もうジェイドって人が成金に思えてきた。
「この立派な髭のダンディが領主のジェイド……伯でいいのか。隣の美女は?」
「エメリアという名前らしいですよ。位置を察するに奥方でしょう」
「……エメリア?」
うーん? なんだろう、その名前。また既視感みたいなのが頭の中で信号を発したのだが、なんだったかな。
こう、脳みその検索機能にヒットした感じ。昼間『一槍一刀流』を思い出した時にも似てるな。そう言えば昼間に何を話していたかな。
俺が小説で書いていた主人公の友人ポジションのジュリアスの事だった気が――
……ジュリアス? エメリア? なんだか関連がある気がしてきた。
(碧い髪に泣きボクロ。見覚えはないんだが、コイツってもしかしてあれか?)
ウンウンと脳みそ内の宇宙を巡っていると俺はやっとエメリアの正体に行き着いた。
エメリアってジュリアスの彼女役だ。ちょっとした思い付きだけで設定を生やした人物で、登場回数たったの一回。はっきり言って思い出せたのが奇跡みたいな人物だ。
隆也とフィがイチャイチャして、友人ポジのジュリアスが誰も相手がいないのが不憫だったので、意味もなく作った設定だ。「俺って優しいなあ」などと自分に言い聞かせてバカみたいに酔ってたのだ。今思い出すと……まったく面白くない。意味もなく設定足すなんてさ、二流、三流を通り越して落第だ。
でもジュリアスの蛇足みたいな女が、何故かジェイドの奥さんみたいな立ち位置にいる。
これってどういうことだってばよ?
「他人の空似か?」
「何か気になることでもありましたか?」
「知ってる奴に似てる。そんだけ」
「どうかいたしましたか?」
ノールが遅れてついていく俺を気にして声を掛けてくれた。
「いや、そこの奥さんの絵。エメリアさん。知り合いに似てるというか、名前も一緒だったからつい気になって」
「エメリア奥さまに、ですか? そうでしたか。しかし残念です」
「残念?」
「はい、エメリア様はもうすでに他界しておりまして。せっかくの再会も、叶わないと思いますと――」
「いや、大丈夫です。一方的に知ってただけの関係なので、気にしないでいいです」
そういえばジェラルドの奴、一槍一刀流は「我が家の秘伝」とかいってたな。ジュリアスとジェラルドってもしかして、親戚とかなのか?
ジュリアスの本名が思い出せないからわからない。もういっそ聞いてみるか。
「ノールさん、ジュリアス――さんって知ってる?」
「ええ、もちろんですとも。わたくしがアルト家に仕え始める前からご存知でした。あの方の武勇は方々に聴き及び、英雄リューヤの右腕とまで謳われた豪傑ですからね。アルト家の次男にして歴代きっての槍と剣の達人でした。……本当に惜しい方を失いました」
「失った……て、それどういう意味だ?」
「はい、あの大戦【人魔戦争】のアスハーラ平原にて、名誉の死を遂げました」
「……そ、そうなんですね」
どうなってんの? どういうことよ。
予想外の真実に動揺してしまった。
落ち着け。なんで死んでるんですかジュリアスさん。隆也ほど強くはなかったが、俺なりにかなりかなり強くしたつもりだ。
一対一なら絶対に負けないくらいの描写はしたんだぞ。それが人魔戦争で死んだ? そもそも俺、そんなの書いてない。
いや、まて、思い出せ。自分の小説の粗さを考えてみろ。大戦中、隆也にばかり集中していてジュリアスの描写は一度もしていない。およそワードにして三十ページに渡る長期戦闘があったにもかかわらずだ。
……つまり放置していたのだ。これでは戦闘中、生きてるか死んでるかなんてわからない。
自分の中では完全に生きているつもりだった。しかしこの世界はパソコンに打ち込んだ部分しか採用されていないのか。ジュリアスの死がそれを理解させてくれた。
それにしても、あんまり小説後の歴史を深く考えてなかったが、そうか……。隆也の友人ポジ、死んじゃってたのか。ショックだ。
「……そうか。死んじゃってたのか」
「……。お知り合いだったんですね」
「いや、一方的に知ってただけだよ」
「では、そういう事にさせていただきましょう」
いや、事実そういう事なんだが、ノールさんが変な勘違いをし始めた。
それにしても、人魔戦争から十五年間の歴史が俺の設定を狂わせている様な感じがする。いや、もともと俺の書いてた頃とは既に全然違うんだよな。
不死者とか天聖術とか、魔素とか神話とか。誰か詳しく説明してくれ。
……それに、今更だけど隆也とかフィって何をしてるんだろう。気にしてもしょうがない事だけど、今になって気になり始める。
そんな俺の疑問は誰も知る由がないので心の部屋にそっと置いておくことになる。
その後、案内された客室に入るとメイドたちが待っていて、お湯とタオル、それから多数の服などを一式用意していた。
「あの、ノールさん……これは?」
「お化粧直しをさせていただこうかと思いました。いささかお二人は、御当主様に会うには相応しくない状態でしたので」
「あーなるほど」
いや、なるほどじゃあないぞ。マズイ事になった。このままではナクアが魔族だとばれるぞ。いや、俺だって指輪を外されたりするとレッドカードだ。肌に触れられただけでもイエローカードを出される状態なのに、服を変えさせられるなんて絶対に正体がばれてしまう。
「すみません。着替えるのは構いませんが、席をはずしていただけないでしょうか? 全員です」
「いかがいたしましたか? 何か、特別な理由でも?」
「私は契約でガイア以外に肌を晒さない事になっています」
「……――は、畏まりました。出過ぎた真似をしてしまいました。ご無礼をお許しください」
「構いませんよ。では行ってください」
執事のノールだけはわかったような顔ぶりで女中達を下がらせた。この部屋には俺とナクアだけになった。
「ふう。褒めてもいいんですよ?」
「文句なしだったよ。でも今のなんだ?」
「聖獣と守護者の設定を少々。まあ詳しい契約の内容は彼等には知らないみたいですね」
「……みたいですねって。まあ上手くいったからいいか」
とりあえずナクアのボロマントを脱がしてお湯とタオルで泥やらをぬぐった。面白い事に身体を拭いているとバイクをピカピカにするみたいにキレイになっていく。白いタオルが今や真っ黒だ。
白い髪も同じく拭いてやると、くすんだ白が驚くほどの美しい純白の髪になった。意外と美人……は言いすぎだな。没落貴族のお嬢様くらいが関の山か。
面白いからポニテにしてやろう。うなじが素敵な健康女子っていいよね。
香水も置いてあったので使ったら変な臭いが全部消えた。うん、今のナクアにならハグされても殴らない自信があるぞ。
「いま、すごく背筋が凍ったのですが、何を想像したんですか?」
「俺、性欲枯れてんなって」
「絶対そんな感じでは無かったです。『どう料理してやろうか』って殺気を感じました!」
「ばれたか」
「バレバレです!」
しかし不老不死になってから本当にそっち方面に一切興味がなくなってしまったな。まさかこんな事で不死化が性欲を断ち切る理論を実証してしまうとは。
「ところで大智、これは何を着てもいいんでしょうか?」
「用意されてるんだから、たぶんいいだろ。でも触手の隠れる奴にしとけよ」
「あー、確かにそうですね」
それから自分の方に集中した。鏡も置いてあるのでいろいろ見えてしまう。なんだか自分の体が女体に見えるって気味悪いので素早く済ませた。
ささっと汚れを落として用意されてた服を着ようと思ったら、女性モノなので実際には着れない事に気が付いた。
「そういえば外見は変わっても、肉体は男のままだしな。ま、再生能力のお陰で常にきれいな服だし、別にいいだろ」
という事で俺は元の狂信者みたいな服を着ることになった。まあ何か言われたら俺も「守護者としての服だ」みたいなことを言っておけばいいだろ。
嘘って便利だ。ちょっと嘘がクセになりそうだ。
……いや、悪い癖になりそうだから気を付けよう。
それからナクアの赤い目を隠すのに触手を使うのはまずいので、救急箱の中にあった包帯を使った。
支度を終わらせ部屋を出ると沈黙を保った執事ノールが待っていた。
「お待ちしておりました。おや、その杖は?」
「あ、しまった。癖でつい……」
何するか知らんが屋敷の中までずっと杖を持ってるのはさすがにおかしいだろう。なんで忘れてたんだ。
「いえ、御身をお守りする身であれば武器は必須でしょう。わたくしも勉強させていただきます。日々常駐の心構えですね」
「あー、うん。じゃあそれでお願いします」
癖って怖い。ウソつくのはやっぱりいけない事ですよ、ナクア様。




