【魔術師編】7②
街に入ったのは太陽がほぼ沈んだ時だった。あまりの人の多さに驚いた。
いる。普通に生活している。市場を開いて、買い物をして、酒場を開いて、飲んでいる者達がいて――。
とにかく、人が人らしく生活していた。
「いい場所だ」
「人がいっぱいいますね」
「まだ検問所前だよ。ここはまだ【アルト】の前だ」
ジェラルド達は街の中央に向かっていった。この街の城壁は二枚。手前の壁は普通に灰色の岩だったが、内側の一枚は以前に聞いたあの鉱石だった。
【緑剛石】だ。深い緑色の鉱石。魔素に対してレジスト効果があるとか、ナクアから聞き及んだあの鉱石だ。しかし、神殿で見たほどの色濃さではなかったな。やはりあの神殿が異常なんだろうか。たぶん、そうなんだろうな。
そのまま一枚目の城壁にたどり着き、兵が見張っている門の前まで来た。
「ジェラルド特調査隊、ただいまを持って帰還した」
「任務お疲れ様です! おや、後ろの二人は?」
「偶然出会った旅人だ。助けてもらった恩人でもある。特別に通してくれ」
「特命ですか?」
「それで構わないよ」
「わかりました、どうぞ」
なんと顔パスである。そんな簡単でいいのか。
いや、そんな訳ない。きっとジェラルドの立場が凄いからだ。
それにここは本来の検問所じゃあないだろう。大勢の人が往来するにはここの門は狭い。甲冑を纏った兵士しか訪れていないからな。騎士専用の通路だとわかった。
本来の平民が使ったりする門は別にあるのだろう。
しみじみしながら後ろを付いて行くと前を歩くド新人女が検問兵に話しかけていた。
「もしかしたら『聖獣』と『守護者』の方々かもしれないですよ」
「なッ!?」
(おーい、ジェラルドさん。お前の部下に口の軽い女子がいるぞー)
何を自慢げにしているんだ。キミは別に凄くないだろ。でもこういう人って現実にいるんだな。
まあここに長居するつもりも無い。噂なんて蔓延するだけすればいいさ。興味ないし。
一枚目の城壁を抜けた後が【アルト】という都の本番だった。
この世界に来て初めて活気のある街の雰囲気。笑い声やら怒声やら、全部大声で聞こえてくる。人の足音が多すぎてどこからでも音が鳴っている。人の営みそのすべてが混ざり合うと「がやがや」と言う風に耳が認識する。この感覚は都会のそれだ。
「すげえ」
「人がウジ虫みたいですね!」
「その感想はどうなんだよ」
「嫌いではないんですが、いささか多すぎます。間引きましょう」
「お前、やっぱ怖いわ」
ナクアも本気でそんな事は言っていない。この雰囲気に心を躍らせているように見える。つまり、はしゃいでいた。
ここまで来るのに、コレほどの人口密度の場所には来たことがない。この喜びはその反動だ。
「フラガ、僕らはこのまま中央の貴族街に行くよ。兵所への任務記録は任せた」
事前の話で、俺達はジェラルド宅に招かれる事になっていた。フラガ達とはここでお別れだ。
フラガの奴は然として命令を聞き入れていたが、物凄く悔しい顔を偶にしている。俺とジェラルドが話している時も恨めしそうにこちら……というかジェラルドを見ていた。
もう何を考えているのか想像にするのは容易い。もうこの隊、不安要素しかない。まあ特別任務専用の隊なので、すぐに解体されるだろう。
それにもう一人、ド新人女子。コイツも怖い。口が軽いし、たぶん変な噂が広がったらコイツの仕業だと考えよう。
……残りのもう一人の男は、なんというか影薄かったな。印象にも残らない。まあ人が5人そろえば一人はいるタイプか。
「が、ガイアさん! やっぱり少しお話が――」
俺達が行こうとした矢先、フラガがどもりながら言い出した。うんざりした気分になる。このイベント、本当にやらなきゃいけない事なのかと文句を言いたい。
誰に対しての文句なのかもわからないが、受けなければいけない場面らしい。早いところ決着をつけてやるか。
「なにさ?」
「あ、あの! もしよろしければ、今度、一緒に御茶でも――」
「断わる」
「では、お話でも――」
「何が話したいんだ?」
「ご、ごしゅみのこととか――」
「漫画、ゲーム。これ言ってわかるか?」
「――……なんでしょう、それは?」
「じゃあな」
さあ残念騎士男の残念な告白タイムも終わった。さっさと去るとしよう。
……いや、さすがにこれでは可哀想すぎるか。うん、ちょっといくら何でもぞんざい過ぎる。もしも俺にも好きな人が現れた時にこの扱いでは、ハートブレイクで立ち直れないかもしれない。まあ、変な気は起こさなかった事に免じて、少しくらい情けを掛けてもいいだろう。
「まあ、あれだ。どっかで本当に良い奴に会った時まで、その情熱は取っておけよ。見た目だけ良い美人じゃなくて中身の良い奴。じゃないと酷い目に遭うぞ」
終わったぞ、とジェラルドに伝えて俺達は城門に進んだ。
「キミは優しいんだね」
「そうか? 本当にやさしいんだったらもうちょっとマシな言葉選ぶだろ。こう、きっと良いことありますよ! ってな感じで」
「忠告、という意味で、かな。しかしキミは男より男らしいね」
「まあ、うん。そうだね」
女らしいなんて言われたら逆にショックだよ。まあジェラルドからしたら俺は女なんだけどさ。【フェイクスタイル】の事、言ってないし。
「ガイアは元から優しいですよ」
「ナフカはキャラが自由でぶれ過ぎだ」
「そうですか?」
「……ま、人間なんてそんなもんだろうけどさ」
時と場合、精神的な状態だったり、会話の流れだったり、雰囲気だったりで、その人の見え方なんて全然違う。人の顔は二次元ではなく三次元的だという話を思い出した。
前から見れば無精ひげのロン毛パンクミュージシャンも、後ろから見れば黒髪の長い乙女かもしれない……みたいな感じでな。
同じ人間でも、人によって態度も変われば、長い年月で心情も変化する。
同じカードの裏表、正か逆か。
ジャック爺さんが言ってた「人は簡単に悪を成せるし、善も行える」というのはそういう意味を込めていたのかもしれない。いや、考えが深みに入って来たな。少し関係ない所に思考が流れてきた。
しばらく馬に乗っていたが、道が迷路みたいに入り組んでいた。施設が増え続けていった結果の街なんだろう。地区別けとか整理などされていたのか疑問になるほどだ。
そんな街でもジェラルドの案内のお蔭で難なく二枚目の城壁までやってきた。
こちらは貴族街って言われるだけあり、小奇麗な連中が多い。それでもマリーアントワネットの時代は連想しないけど。
ちょっと服に色の華やかさが目立つだけだ。ど派手なドレスやら金ぴかの紳士がいる訳じゃあない。清潔感があって、背筋がピンと張ってるとか、そういうちょっとした差だ。
「うん? あれは?」
木の塔……物見櫓みたいなのが立っている。鎖が取り付けていて、上に滑車がついている。引っ張ると上に吊るされるような格好だ。
鎖の先には、何故か鉄の輪がある。大きさは、そうだな。人の首が嵌まる程度だ。
下を見ると、鉄の開閉式の蓋で何かを閉ざしているが、その広さは、どこかで見た覚えがある。
「ジェラルド。アレは?」
「公開用の【魔壺の谷】だよ。街の住人が魔血種になった場合、絞首して落とすモノだ」
「……。……そうか」
絶句してしまった。というかショックだった。いままで華やかに見えた街に、忌むべき嫌なモノが存在する。
ナクアには記憶がないからわからないだろうが、俺はもう最悪の気分だった。そもそも、なんだ、あの吊るしは?
「でも、どうして態々こんな周囲に見えるような大道具が必要ななんだ?」
「見せしめだよ。魔血種とはこうあるべきだっていうね。【アルト】にはここの他にあれと同じ物を三つ常設してある。もちろん、普通の【魔壺の谷】も他所にもたくさん設置してある」
ジェラルドは平然と語っていた。何も感じてなさそうに。
不思議だ。これは憤慨してもいい晒し刑だと俺は思ったが、あの真面目で魔族に一抹の義理を持っているジェラルドが、何も感じていない素振りだった。
「……常習による麻痺なのか」
いつもと同じ。常識的な行い。繰り返す事によって刷りこむルール。
初めてこっちの世界で食べ物を食った時と同じだ。日常的な行いに意味を忘れ、その行動を繰り返すこと。
それを別の形で実感した。そう考えれば、この仕組みは実に合理的な催しものだ。
「……狂ってるのはどっちだろうな」
「ガイア?」
街の人間――この世界の常識か、それとも異世界からぽっと現れた俺なのか。
この件はあまり関わらない方が良いのかもしれない。たぶん、この世界で間違っているのは俺の方なのだから。




