【魔術師編】6⑤
お互い湿った雑草の上で腰を落とした。
「あんまり長話にしたくないんで、掻い摘んで言うとだ。俺がこっちの世界に来て初めて助けてくれたのが、アイツなんだ」
「つまり、ナフカちゃんは恩人ってことなのか?」
「いや、違うか。どっちだろうな。厳密には同一人物なのか、別人なんだか、ちょっと俺もどう説明していいのか」
「何か複雑な事情でも?」
「……昼に言った記憶を喰う化物の話、覚えてるか?」
ジェラルドはうなずき、次の言葉を待った。
俺は、続きを言うのをためらった。どうしてかはわからないけど、口が堅く閉ざされた。
何を戸惑っているのか自分でもわからないが、深呼吸をして息を吐くのと同時に言葉を載せた。
「俺は、恩人を見捨てて逃げ出したんだ」
そこからは、まあ告白というか、懺悔だ。
自分の可愛さあまりに逃げ出して、でも寂しいのが嫌で、他に誰も居ないことに気がついて、戻って、必死になって何とかしようとしたら、何とかなってしまっていた。
奇跡みたいな話で、ナクアは無事だったけれど、記憶がなくなっていて、今は記憶の断片にある故郷を目指して旅をしている。
それだけの話なのに、俺が辛い訳じゃないのに、話すのが辛かった。
「……幻滅しただろ?」
「いや、ナフカちゃんの言ってたことを思い出した。というか、怒ってた意味がわかったよ」
「アイツが怒ってた? なんで?」
そもそもアイツが怒ってるところ見たこと無いぞ。なにやらかしたんだ。
「『ガイアはとても普通の人間なので勝手に持ち上げないでください』てさ。今の話を聞いて理解できたよ」
またか。心配されてた上に気遣われてた。そういうの、なんでわからなかったんだ。
そもそもアイツ、俺に対して過保護すぎませんかねえ。惨めとか通り越して恥かしいからやめて。
でも、せっかく気を使ってくれてるのに、その優しさを無碍にもしたくない。一番いいのは初めから俺がしっかりしていればいい話だ。……それが出来れば苦労はない。
「キミは自分の負いきれる以上の責任を果たそうとしているんだよ」
「……それって、お前には無理って遠まわしの嫌味か」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど、そう聞こえるね。うん、ごめんなさい」
「確かに出来るかどうかわからないし、不安ばかりだけれど。自分でやった不祥事は自分で片をつけるべきだ」
それに、もう逃げたくない。ちょっと逃げ出しそうになってたけれど。でも最後まで突き通したい。
一度、何かに到達しようとした。何が待っているのかわからないけれど、必死になって手を伸ばしたら、願いは叶った。全部ではなかったけれど、半分くらいは叶った。
だから今度は初めから、ずっと立ち向かうべきなんだ。そうすればきっと、今度は半分以上の願いが叶うはずだ。
まあ理屈だけなのだけれど。
「でも、そうか。そういう事情があれば、魔族の女の子でも助けちゃうのか。いや、君達はそれ以上の絆があるんだろうね」
仲良しデュエットにでも見えるのか。と、冗談交じりの言葉が飛びだしそうになったが一度口を結んだ。
少し気になった事があった。
「なんだ。魔族と仲がいいなんて、別にいいじゃないか」
「異世界の住人はどうかわからないけど、この世界じゃ人間と魔人は敵だ。常に会い争っている」
「俺は人間で、ナフカは魔族だ。でも仲良くなれたぞ。これっておかしい事か?」
「常識の話さ。この世界では魔人は絶対悪で、魔人を殺せば英雄になれる」
「……お前、本当はそう思ってないんじゃないのか?」
思っていたことを口にした。
だってジェラルドは全然そんな風に思ってない。天然のクセに、勘が鋭いクセに、魔人の話だとボロが出るみたいに不自然さが際立っている。
「どうしてそんな風に思ってるのに、俺達が仲がいいだの言っていられるんだ。普通は危惧する」
「あー。なるほど。つまりこれは、次は僕の番ってことかな」
「隠し立てするといいことないぞ」
ジェラルドが始めて難しそうな顔をした。何を語り出すのかと思えば、最初に出てきた言葉は念押しだった。
「この話は他言無用にして欲しい」
「初めからそのつもりだ。それに魔人と仲良い奴に何を心配してるんだ」
「それもそうか。――実は子供の頃、何も知らずに魔族を助けようとしてね。それを父に見られたんだ。
本来、魔族を助けるなんてご法度だし、裏切り行為だ。でも、助けようとした魔人が悪者を演じてくれてね……。そのお陰で僕は事無き得たけれど、その魔人は捕まって、【魔壺の谷】に落とされた」
「魔人が助けた? 何かの間違いじゃあなくて?」
「随分と前のことだけど、嘘じゃあない。十年も前の話だけど」
「十年前っていくつだよ」
「確か、五つだったかな」
「……え、いま十五なの?」
てっきり同い年くらいを想像してた。俺の三つ下とは思わなかった。全然そんな風に見えない。威厳も威風もあるし、部下からも信頼されている。
そんなことを考えていたら、人間の出来の違いを思い知らされた。どう張り合っても勝ち目はなさそうだ。考えるのはよそう。
「あー。まあなんだ。そりゃあ小さい子供相手に手をつけるのが嫌だったんだろう」
「どうして?」
「どうしてっていわれても、魔人だって人だ。子供は殺したくない。当たり前だろ?」
「……それは、確かに当たり前かもしれない。けれど、じゃあ人間と魔人の差ってそもそもなんなんだ?」
「ジェラルド?」
なにか、急に熱っぽくなってきたと思うと、急に奴は口から吐き出すように言葉を並べ始めた。
「子供を殺したくないというのは、人間の良識だ。魔族にもそれがある。あったんだよ。
彼は確かに、僕に走れと伝えてくれた。それで自分がどうなるのかも良く理解していた。彼は子供を――僕を救ってくれたんだ。
でも人間には子供を助けた魔人を許すことはなかった。魔族を見れば悪と決め、抹殺するのが最優とされ、実行できれば人々から英雄と称えられる。
僕には、それが良いとは思えない。あれではただの暴力だ。でもそれが常識なんだよ。敵を倒す為なら、それが例え魔族の子供であっても、人間はその手を止めることはない。
どちらが正しい? 力無き者を踏み潰す者か。己の命の危機さえ顧みず子を救う者か。勝ったほうが正義とか、負けたほうが悪か。そんな話じゃあないんだ。
理解が出来ないんだ。
僕を助けてくれた人が不幸になって、その人を貶めた父が英雄と称えられるのが……納得できないんだ!
僕は間違ってるか? 教えてくれ、キミなら知ってるんじゃあないのか? 魔族のナフカちゃんと仲の良いキミなら!
この世界の常識に囚われていないキミなら‼」
思ったよりも深刻な悩みだった。子供の頃のトラウマの所為で、よくわからなくなってるんだろう。アタッチメント障害と似てる気がする。
俺も昔そうだと言われた事があるから詳しく聞かされた事がある。あんまり覚えてないけど……。
ジェラルドの状態を察すると、自分は人間なのに魔族に助けられて、人間は魔族を助けずに間違った行いをした。でも自分は人間で、魔族の敵という常識がある。
真面目な性格が災いしたのか、どこかで善と悪の繋がりが狂ったまま、過去の記憶を処理できないでいる――と、こういう解釈だろうでいいだろう。
じゃあ恐ろしく簡単だ。正しいと思える魔人の味方をすれば良い――と、俺が言えば、ジェラルドは簡単に納得して俺達に手を貸してくれるだろうな。
それって、なんだか卑怯な気がする。精神支配をする詐欺師みたいで、ゲスっぽい。そういうのは嫌いだ。
だいたい今の話はジェラルドから聞いただけで、その事件の全容を俺は知らない。事情の知らない人間が何を説得しても間違いだと思う。
それに親が子の心配をするのは当然有り得る話だ。ジェラルドの主観が強すぎて、親の気持ちが全くわからない。
他人の俺が口を挟むべきじゃない事は明白だ。だが今のジェラルドは異世界の人間で、魔族と寄り良くしている俺の答えを求めている。
どう言葉を返せばいい。どう言っても間違いだと思える。こういう時、あのジャック爺さんなら緑色の小さな賢人みたく、優しい言葉で導くんだろう。
ああ、その通りだ。そうするか。
「……他人の言葉を借りるけど、自分で答えを得るしかないんじゃないか?」
「え? そ、そんな。魔人の味方をしている君だから、いや、異世界からきたキミの答えならきっと正当なものだと――」
「それじゃあ俺のいう事を鵜呑みにするだけだ。それはジェラルドの正解じゃない。他人の考えだ」
そもそも俺は人間も魔族も、現実の世界で言うところの人種の差みたいなものだと思ってる。それをジェラルドに押し付けるのは簡単だが、それが正しいとは限らない。
だって、ジェラルドの世界では人間と魔族は絶対の敵だ。相容れないなら、争い続ける事が正解かもしれない。魔族がナクアみたいに人畜無害とは限らない。もっと凶暴で人間以上に恐ろしい奴がいるかもしれない。俺が魔人は良い奴等だと言ってそれが全員とも限らないし、もしそうだったら俺は嘘をついたことになる。
俺だってこの世界の魔族全員を知ってる訳じゃあない。だって適当に書いて投げ出した話だから。
自分で答えを得ろ。なんて、人に説教できる身分じゃないのはわかってるけど。
そもそも俺自身、わかってないことが多すぎる。大人ぶって背伸びしてるだけだ。
「ま、人の言葉を借りてる時点で、俺も猿真似だけどさ。ジェラルドは、自分で答えを得られるさ。俺よりもずっと立派なんだから」
それにしても、大分話が長くなってしまったな。もういい加減お開きにすべきなのではなかろうか。もう夜も半分終わってる気がする。
しかし今の返答ではジェラルドも納得がいかないだろう。
そう思っていたが、ジェラルドは憑き物が落ちたみたいな顔をしていた。
「本当は、そうじゃないかとは思ってたんだ。キミが言ってくれたから、ちょっと自信が持てたよ」
そう言って、奴はいつもの天然顔になった。ただ、俺には今の言葉がジェラルドのやせ我慢に聞こえた。考え過ぎかもしれないが。
「それにしても、キミはまるで、賢人の神祖『ハーレイ』みたいだ」
「誰だ、そのバイクみたいな名前の奴。しかも神かよ」
「別名を隠者とも呼ばれる思慮深い神祖さ。右手に聖なる杖を、左手に暗き夜を照らすカンテラを持って、迷い人に正しい道を指し示す。カンテラは持ってないけど、今のキミはハーレイ様みたいだ」
「…………へえー」
なんだか、聞いただけで凄い既視感を覚える。いや、俺の出会った爺さんはジャックという名前だ。あれはただの旅する老人だ。たぶん……。
もしくはハーレイという神の熱い信仰者なだけかもしれないし。きっとそうだ。コスプレというか真似とか、人気のある神様なら可能性あると思う。いや、それを考えたらかなり罰当たりだな。それに俺の出会ったジャックは馬を引いてたし、神さまっぽくない。
あと俺の事を魔に連なる者と言って同輩とも言っていたし――ちょっと待て、よくよく思い出したらあの爺さん、自分が魔人なんて一言も言っていない。
考えることが多すぎる。いい加減、脳みそが疲れてきた。
「もういいだろ。十分話したし、もう遅い。部屋に戻ろう」
ジェラルドも了承し、兵舎には並んで帰った。なんだかんだで仲良くなってしまったな。
「今夜はジェラルドの事知れてよかったよ」
「こちらこそ、ガイアのお陰で気分が晴れた。それにキミは普通かもしれないけど、普通じゃないってわかって気に入ったよ」
「……矛盾してないか?」
「さあ? ハーレイ曰く、人は常に矛盾を抱えているって言葉を残してる」
確かに、あの爺さんならよくわからない含蓄を言いそうだ。
兵舎に到着して扉を開くとナクアが待っていた。ホラー苦手なくせにコイツの方がホラーみたいだ。
「……お前」
「どこ言ってたんですか?」
「あー、ちょっと内緒の相談」
「そうですか。とりあえず心配しました。何かいう事は?」
「寝てると思ってた。ちょっとくらいなら大丈夫かな、と」
「今度から大智を逃がさないようにくっ付いて寝ることにします」
「……お前、相当寝ぼけてるな」
本名が出てるぞ。しかもジェラルドに聞かれてるし……いや、異世界の人間だってもう知ってるから、聞かれても平気か。
そもそも大智って名前が女名とは思ってないだろうし。
「ナフカちゃん、大丈夫?」
「フカー……」
立ったままうつらうつらしている。これはマジかもしれない。変なことになる前に連れて行こう。
「あ、そうだ。最後にこれだけ聞きたいんだ」
「重要な話か?」
「いや、どうだろう。『ニール』って何のことかわかるかい? 昼間の盗賊が魔獣に対して口にしてたそうだ」
「……いや、知らないな。悪いな」
部屋に戻ってナクアをベットに寝かせて、俺は床に座り込んだ。
(自分で答えを得るべき、か。ある意味、突き放しておいてよかった)
早速、俺はジェラルドを裏切り始めた。そんなつもりはなかったけれど、結局は同じだ。
『ニール』とは、瓦礫の街で隔離された家で聞いた名前だ。
それに、昼間の盗賊たち。最初は仮面をしてわからなかったが、俺が叩き割った相手。
角が生えていた。――つまり魔血種だ。
魔血種の住まう瓦礫の町【ミッドガルド】と距離は近い。どう考えても関係ないとは思えない。
それに街にいた馬や馬車。
魔血種たちの技術力がいかほどかは知らないが、たぶん、作ったり飼育したりするのは無理だ。もともと廃墟の街で、馬をどこから手に入れたんだと疑問もある。
「……どういうことだよ、ロビン」
芽生えた不安が、疑惑となり、不信をも引き起こす。




