【魔術師編】6④
思ったよりも夕方は早く訪れ、外は夜になった。昼間、雨が降ったのが嘘の様な空模様だった。
ここから見える窓には、そんな風にみえた。でも想像すれば地面はきっとぬかるんだままだろうし、川は増水している事だろう。
見えないからと言って見えるものが全てではないと、そんな話を思い出しながら呆けていた。
それを実感して自分がやっと落ち着いたのだろうと思えるようになると、今度はジェラルドとの一件を思い出してため息が出た。
アレは最低だ。自分でもわかってる。気づいていたさ。
ジェラルドにとって――いや、誰にとっても「英雄」とか「アイドル」とか「スーパースター」って奴等は憧れの的だ。
自分にとって憧れの存在は称賛したいし、誰かと共感もしたい。また、それを貶されたり、馬鹿にされると腹も立つ。
俺は、ジェラルドが英雄って奴に憧れを持っている事に気づいていながら、突き放してしまった。
自分でそれらしい言葉を嘯いておきながら。
なにが「たまたま」だ、何が「偶然」だ。全部自分で蒔いた種だろうが。
なのに、八つ当たりみたいになって、ジェラルドから逃げた。
ジェラルドからすれば「いきなり怒って出ていって意味わかんねえ奴だ」と、なるだろう。俺だってそう思う。
己の小ささを改めて実感させられた。大きくなったつもりだったんだろうか。最近、助長し過ぎたかもしれない。謙虚さがない。
きっと魔素濃度が高い所為だ。なんだか思ったことをすぐ口に出してしまう様になっている。
……いや、元からかもしれない。なんでも何かの所為にしてしまうのも悪い癖が抜け切らない。
「成長か。全然してないよな……。どうすりゃあ前に進めるんだ」
無意味な質問が空を漂い、行く宛も無く消えてしまった。
ヒントなら教えてもらっていた。ジャック爺さんが言っていた。己を知る事。それ以上は自分自身で答えを得る事。
だがヒントだなんて言われても謎しか残らない。己のちっぽけさなら十分理解した。でもその先がどうやっても見つからない。答えがわからない。
部屋の扉が開く音がした。何かと思えばナクアが帰ってきた。いつの間に出ていったのかも気付いてなかった。
「大智、夕食を貰ってきましたよ」
「夕食……? お前ひとりで食べてきたらよかったじゃないか」
「そんな訳にはいきません。それに美味しいと思いますよ。一緒に食べましょう」
ナクアの優しさが辛い。へこんでる時にこういう事をされると惨めさが倍増になる。
そういえばジェラルドに夕食を一緒にと言われていたが、完全にすっぽかした形になってしまった。
二重から三重に罪悪感が増してきた。
「……ジェラルドの奴、怒ってたか?」
「はい? なぜですか?」
「……いや、勝手に機嫌悪くして出ていってしまったし、夕食の約束も無視したし」
「それは、いささか気にし過ぎでは?」
そうだろうか。俺はそんな風には考えられない。やっちまった失敗をどう返上すればいいか、それしか考えられない。
しかしなんだ。この思考を邪魔するように変な臭いの原因は。
「それは?」
「パンと羊乳のスープです」
「ようにゅう……ああ、羊の乳か」
なんだか、独特の臭いがするな。見た目はシチューに見えるんだが。いや、とろみ加減が違うな。ジャガイモのでんぷん質で固めた感じじゃない。
羊の乳なんて口にした事はなかったが、美味いのだろうか。具は人参と何かのごろっとした芋が入ってる。
パンは、堅焼きの丸パンだ。表面はきつね色だが、中は少し黒っぽい。ライ麦パンみたいな感じ。
パンを一口齧って、スプーンを口にいれた。
うまい。と、思える。だが、美味しいとは口から出なかった。
「……なんだか、普通の食事って感じだ。人が食べるべきモノって気がする」
「……。そうでしたか。十分美味しいと思うんですが、大智は舌が肥えてるんですよ」
そうなのだろうけど、今回はたぶん、食事をする気分じゃあ無いからだ。空腹感がない分、食事の味が精神的な要因に著しく依存している所為だろう。
だから普段よりも生活的で美味い物を食べているのに、変な気分になってしまう。
「フラガさんが心配してましたよ。大智が寝込んでると聞いて」
「別に寝込んでない。考え事してただけだ」
「あの人、大智の化けた姿に本気になってますよ。この食事も彼が持って行こうとしていたのを私が取っただけです」
「……それは、ヤバいな」
そんな事気にしてる場合じゃないのに、そっちの方が気になってしまった。あのフラガという男、惚れた女には一途なのか。結構なことだが、今回は勘弁してもらいたい。
何せ中身が男だ。こんなに敬遠してるのに、まだへこたれないとは恐れ入った。いや純粋に恐いわ。
「とりあえず今日はゆっくりしましょう。明日朝一で出発して夕刻には【アルト】に入るらしいです」
そうか、明日には【アルト】か。馬の力は偉大だな。
そっか。明日までだ。明日までの我慢が済めば、フラガから、それからジェラルドからもオサラバできる。
そう決めこむと、なんだか間違っている様なきがしてきた。その間違いというのが具体的に何なのか、把握しきれなかった。だからまた悩むことになってしまった。
一時間が過ぎ、ナクアが本を読み始めた。
一時間が過ぎ、別の本をまた読み始めた。
更に一時間が過ぎ、ナクアはあくびをして「寝る」と宣言し、蜀台の蝋燭を消した。
俺は……ナクアがひとしきり読書をして真夜中になっても、収まりが悪いままだった。ジッとしていても昼間の事が気になるし、他にもよくわからない事で気になっているし。寝ても座り込んでも悶々と脳みそが考え事をやめない。いっそのこと外に出ることにした。
ナクアは寝てるのかフリなのかわからないが、今はよだれを垂らして枕を汚している。たぶん、熟睡状態だろう。
静かに部屋を出て村の中に出ると、自分が空想世界に居るという事を実感、というより再確認した。
コンクリートの建物も無ければアスファルトの道もない。道を照らす電灯もないし、車だってない。
娯楽もパソコンもバイクも無ければ、大好きだった漫画もゲームもない。
今ここに有るのは、土と木と味気がない飯、馬糞の匂いに、夢も希望もない現実だ。
「何を黄昏てるんだ、俺。眠れず、疲れず、死なず、今ここに居るのか実感ないのに、よく言うよ」
チートみたいな不死身があるんだから、まだイージーゲームだ。だけれど、クリア条件がわからないという最大の問題がある。
俺は果たして帰れるのか。
そもそもの話、そんな事を考える前にナクアを故郷に連れていくという責任を果たすのが先だ。
それを終えない限り、俺は俺を許したくない。だから最優先で故郷を探すのだ。
「……ん?」
遠くから風を斬る音が聞こえてきた。規則正しく、リズムを感じる。
念のため、杖を持って音の方へと進んだ。
しかし音の正体を見た途端、別段気にしなくてもいいと安心した。
ジェラルドが鞘のままの剣を素振りしていただけだ。
「来たね。ガイア」
驚くことは無かった。待ち構えていたみたいに音を出していたのだ。呼んでいたんだろう。
「……本当に来ると思ってたのか?」
「夕方から寝てたなら、今頃起きてもいい頃だと思ってからさ。その通りだったろう?」
「ちょくちょく正解からズレてるんだが。まあ、いいか」
それよりも、第一声を取られてしまった。まさか遭遇して会話しなければいけない場面になるとは思わなかった。
振り切れないじゃあないか。――と、頭で認識した時、ずっと悩んでいた正体がわかった。
俺はまた、逃げようとしていた。
前は戦うことから。今はジェラルドから、だ。
謝ればいい話だろうが。なんで謝らない。昼間は変にムキになってごめんって言えばいいだけなのに。
頭を下げようとしてジェラルドに近寄ると、先に頭を下げられた。
「ガイア、昼間はすまなかった。許して欲しい」
「……へ?」
一体何がどうしたんだ。理解が追いつかなかった。
「ナフカちゃんから聞いたんだ。ガイアは、この世界に連れて来られただけで、本当は帰りたがっている。と」
「……なんで。そんな――俺はまだ一言も、帰りたいなんて、そんなこと言ってない」
いや、言ってないだけで、思っている。聞かせていないだけで、そうするとも言ってないだけで。
ナクアには、わかっていたのか。
気づかない内に、俺は気遣われていた。
自分の記憶も無くて、自分の身内は誰も居なくて、頼れる存在も居ない状況で、あまりにも孤立した状態で……。
俺はそんな奴に助けられていた。
だらしないにも程があるぞ。何を自分は『可愛そうな悲劇の主人公』になったつもりで悩んでるんだ。女々しい。
「僕が無神経だった。キミが望んでもないのに、戦っていたなんて、考えもしなかった。普通は、みんなそのはずなのに、キミがあまりにも強かったから、勘違いしていた」
「いや、そんなこと無い。むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方だ。昼間は、あんな逃げ方して悪かった」
先に言われてしまったが、俺も逃げずに言うべき事を言った。……不思議と簡単に言えてしまった。
「キミが謝るような事は――」
「いいや、俺が謝るべきなんだよ。いや、違うか。これ多分お互いが自滅し合ってる。だから、そうだな……今回はお互い悪かったってことで」
「――そうか。そういう考えも、まあ悪くないかな」
ジェラルドの引っ込みがつくと、俺もなんだか憑き物が落ちたような気持ちになった。
少しだけ、心が晴れたようだ。
「ちょっと、話いいかな? できれば、聞きたい事があるんだ」
「いいよ、少しくらい。何が聞きたいんだ」
また任務の話か、魔族の話かと思ったが、内容はもっと別の事だった。
「キミは、どうして魔族――ナフカちゃんと一緒に行動してるんだ?」
夜話が長くなりそうだ。少しって言ったのに。
※注釈
ガイアは永遠にナクア様が勘付いたタイミングを知る事はないでしょう。
ナクアがガイア君のホームシックに気が付いたのはジャック爺さんから思い出の母の味を食べた時です。




