【魔術師編】6②
馬に乗るなど初めてだったが、初めての馬がコイツでよかった。まるでスクーターみたいだ。
楽だし、細かい操作がいらないし、障害物を自分で避けたり、言葉で大体伝わる。なにより早い。最高時速70kmはあった。
バイクの方が早いが、無い物ねだりだな。
夕方になる頃、目的地の休息所についた。というか、村だった。人数も結構いるし、柵もしっかり建っている。【封魔の森】の村もこの位の規模だったな。
あとで聞いた話だが、この大きさで村落と呼ぶらしい。この規模の村が割と点在していて、全てが【アルト】の騎士の拠点兵舎があるらしい。
村に入るとき、少しだけ気を張っていた。前回の【封魔の森】では散々だったからな。それに今回も周囲から見られている。
他の連中は堂々として気にも留めない。そのまま村の奥まで進み、ひと際大きな家をも通り過ぎた。そのさらに先に、立派な建物があった。馬小屋が隣接していて、みんなそこで馬を降りた。建物の入口には兵が立っており、天聖術士なのか短杖を腰にもっている。
「ジェラルド様、この方々は?」
「気にしないでくれ。訳の多い客人さ。でも助けてくれた恩人でもある。丁重に頼むよ」
「ジェラルド様の恩人ですか? わかりました」
中に案内されると、現実世界のログハウスを思い出す。山のペンションみたいな木造の家だ。絨毯に暖炉、しっかりとした大きな机。
話を聞くと二階もあり、恐らく兵舎も兼ねているのだろう。毛布などもあるらしい。人が生活するために用意された部屋かと思うと、なんだか安心する。
少し感動した。思えば、こっちの世界に来てからベットという単語を一度も耳にしていなかった。
疲れを感じないこの体だが、布団に潜ってみるのも悪くないだろう。
「じゃあ皆、明日に備えてゆっくりしてくれ。各自、住人たちに迷惑にならない様に十分気を付けること。以上だ」
ジェラルドの一声で三人がバラバラに行動し始めた。俺達もどうすればいいか考えようとしたが、ジェラルドがすぐに俺達に話しかけてきた。
「とりあえずお茶でもしようか。それから、空いてる部屋なら何処でも好きな場所を使っていいよ」
「助かるよ。あー、気になったんだが、外で立ってた奴も術士なのか?」
「そうだ。目安として町を守るのに二十人、この程度の村なら十人って所かな」
「……それほど人数がいるように見えなかったんだが、巡回中か?」
「それもあるけれど、実際は人手不足だ。でもそれは何処も一緒だ。残念ながらこの村に居る天聖使いは五人だ」
「半分しかいないのか。それって大丈夫なのか?」
「まだマシさ。【アルト】は【天聖神教】と直接契約していて、聖騎士団から人を派遣してもらっているんだ。だから【アルト】領内は他と比較しても不死者や魔人の数が少ない」
駐在軍みたいなものか。対不死者用の軍隊が他の国か地域にある……いや、武装宗教団体があるのか。そういう言い方をすると凄くテロリズムを感じるな。
「てっきりお前らが聖騎士だと思ってたけど、違ったのか」
「僕らは天聖術が使えるけれど、聖騎士とは別さ。自領の守護をするだけの領主貴族とその部下だ。まあその部下も二人死んでしまった。僕の責任だ」
少し後悔の念が入った言葉だったが、それを臭わせない程に彼は堂々とした顔付だった。肝が据わっているというか。非難は受けて立つという気概をしている。
芯が強い。心が鋼で出来ているみたいだ。俺には考えられないな。
「その通りですね」
空気を読まないナクアが茶化してきた。
「おいやめろ、みっともない。責任感じてる人に塩を塗るな」
「姉さんもこの位であって欲しいです」
「いや、無理だ。小心者に期待するな」
本心だったのだが、ジェラルドが笑って言い返してきた。
「いや、あの戦い方を見たら、誰もキミが小心者だなんて思えないよ」
「慈悲の欠片も無い拳でした。口内に必殺拳とか、お姉ちゃん怖いわー」
「凄いよね。あのパンチ。あんな巨大な魔獣を一撃で葬るなんてさ」
「撲殺の女王と名乗ってはいかがですか?」
コイツ等、好き勝手言ってやがる。俺をダシに楽しんでるんじゃないだろうか。
「で、アレはどんな手品なんだい?」
「あれって?」
「あの魔人の不死者。どうやって一撃で倒したんだ? 天聖使いでもないんだろう?」
頭から冷や水を浴びせられたような気分になった。
いくらなんでも話題の飛び方が急直下過ぎた。でもお陰で目が覚めた。
ここに来ても、まだ腹の探り合いがまだ続いていることにやっと気が付いた。ナクアは、気づいていたから毒づいたのだろう。
状況を整理しよう。
どうやらジェラルドは、自分が戦っていたのが魔獣ではないという事を知っているようだ。
そして【賢奴の赤旗】で倒した事を手品と言っていることから、彼は【死の神器】の存在を知らない、または疑っている可能性がある。
それからこれが一番マズイのだが、ナクアの予感ではジェラルドには魔族だと気付かれているかもしれない。
冷静になって一度、周りを見渡して誰も居ないのか確認した。
誰かが俺達を取り押さえる準備でもしているのかとも思ったが、どうやらそうではなかった。
妙だ。天聖技を使う騎士の男が、怪しい人物……それも得体のしれないどころか、魔族かもしれない奴らと一緒に御茶をするか?
そもそも村まで案内するだろうか。
まさか、お茶に何か入れているのか?
ナクアはまだ一口もカップをつけていない。警戒しているのだろう。
俺なら、まあたぶん大丈夫だろう。毒キノコを食べてクシャミで治るのだ。きっと平気だろう。
「……――。うん。変な茶葉だ」
苦いタイプではない。渋い紅茶に干しぶどうを潰して淹れた感じ。素人が入れた紅茶みたいにマズイ。エグ味を感じる。
「すまない、入れ方が上手くなかったかな」
「……毒が入ってないってわかったからいいよ」
「随分な言い草だね。で、答えは決まったのかい? あ、先に言っておくけど、想像に任せるって答えはもうやめてくれよ」
それ、言おうとしてた。流石に手札がない。
「……質問ばかりでずるいですね。今、貴方が考えている予想を聞かせてください」
ナクアがいい具合のジャブを入れてくれた。確かに、その答え如何によって冴えた返答を出来るかもしれない。
「なるほど。確かにね。ナフカちゃんの言うとおりだ。と言っても、僕には天聖の術技以外で不死者や魔族を葬る方法を知らない。本当にあの伝説の『聖獣と守護者』だったらあり得るかも知れない。でも、ナフカちゃんは違うよね?」
「……その根拠は?」
「聖獣の特徴は獣人であること。獣人には耳と尻尾がある。ナフカちゃんは、そのどちらも無いよね。それにその赤い目、魔素を目視できる魔族の特徴と一致する」
「病気の話をお忘れですか? それに私が魔族の疑いがある事と、ガイアが天聖技以外の方法で不死者を葬ったことと、関係がありますか?」
「無いね。だけど妙な話があるんだ。僕等の任務のことなんだけどね」
自分達が何処で何をしてきたのか。
興味はなかった。一体何の関係があるんだと突き放したかった。だが――
「【封魔の森】の民との連絡が途絶えたことによる安否確認、それと目撃された謎の魔物、その調査だ」
――【封魔の森】という単語を聞いた瞬間に、脳内の危険信号の全てが黄色を飛び越して赤一色になった。
「……調査結果は?」
「住人が全員死んでいた。その死体が全て、不死者にならずに死体の状態で土に埋まっていた。ガイア、キミの使う奇妙な技と同じ方法だ。謎の魔物というのは、何かしら関係があるんじゃないのか?」
やばい。これは完全にヤバイ。流れ出した冷や汗が滝のように流れているのがわかる。
状況が積んでる。投了目前だ。これはもう、さっきのような都合のいい勘違いで乗り切れるような場面じゃあない。
緊迫してきた空気の中、ナクアが太ももの服を摘んで、小さな声で耳打ちしてきた。
「……すでに魔法の準備は出来てます。良ければ合図してください」
もう既に殺し合いの準備が始まっていた。いや、完了していた。
やめてくれ、そんなことしたら危惧していた一大事が実際に起きてしまうではないか。
なんで助けた相手を自分達の手で殺めなくてはいけないんだ。
しかし、このまま何の具体策も無ければ、ナクアの突破作戦に乗っからなくてはならなくなる。
「落ち着け、まだ何とかなる」
「どう落ち着けと?」
「まずは……そうだな。とりあえずこっちこい」
「――むぐ」
頭を掴んで胸に押し込んだ。とりあえずナクアを落ち着かせる。俺も安心する。
緊張状態が長いとストレスが溜まる。そういう時は誰かと互いにボディタッチをするといいと聞いた事がある。とりあえず落ち着け。だって何か見落としているだろ。そう思って、状況をもう一度整理した。
何かあったはずだ。つい数分前の違和感を。
それを思い出して、周囲を確認する。
これだ。この状況がおかしい。
なぜ、誰もいない。
彼は一人で俺達に話し合いをしている。ジェラルドほどの指揮官なら慢心はないハズだ。なら周辺を固めておくのは自明の理だ。
それどころか、ジェラルドは武器も構えていない。いや、天聖技を使うのなら武器は必要ないのかもしれない。だが、お茶を一口運ぶその姿は、全くの無防備だ。
(敵意がないのか?)
希望的観測だが、脳裏にとある可能性が浮んだ。
きっかけは、瓦礫の街【ミッドガルド】にいた聖人のような少年、ロインだった。
彼は人間の時に幼い妹が魔血種になった。彼はそれを見捨てずに一緒に村を出た。その話を聞いていなければ、こんな馬鹿な賭けなど考えもしなかった。
「……一つ聞かせてくれ。それさえ確認すれば、ぜんぶ話せるかもしれない」
「なにかな?」
もしかしたらジェラルドという男は――
「ナフカが魔族だと疑っていて、殺さない理由は何だ?」
ジェラルドはなんの迷いも無く答えた。
「君達が、僕たち人間を助けてくれたからだ」
――かなりのお人好しだ。




